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工場見学 

「あ〜、案内を務めさせてもらう、陸上自衛軍特技科第七生医班の者だ。とりあえず、今日一日よろしく」
これといって特徴の無い顔立ちの中肉中背の男は、居並ぶ速水、瀬戸口、舞、壬生屋に向かって面倒くさそうにそう言った。対する速水たちも、さほど興味がなさそうに、おねがいしま〜す、などと答える。どこか、しらけた雰囲気があるのは否めない。
戦争中とはいっても、一応は教育カリキュラムというものがある。それは、何も軍事教練だけに限ったことではない。社会科見学というものも、とりあえず用意されているのだ。
高校生にもなって社会科見学も無いだろう、という意見もあろうが、そこは単位制度のカラクリがある。
社会科見学はフィールドワーク扱いで、通常の授業に比べ単位が十倍に計算されるのだ。半日四時間ほど潰されるが、その結果得られる単位時間は四十時間。ほぼ一年の単位を一日で取得できてしまう。
そうして制度上空いた時間を、戦闘教育や訓練、職務に転用するというわけだ。戦争のお蔭でまともな教育期間を得られないがために行われている、学校教育制度苦肉の策のひとつである。
そういうわけで、学兵たちはあまり真面目にこの授業を受けてはいない。勲章の授与式といっしょで、退屈なだけの空虚な時間だ。
速水たちとて、例外ではなかった。だいたい、行き先は近場にあるクローン工場だし、案内を務めるのは自衛軍の士官だったりするし。
それでもクラス全員揃っていれば遠足気分で何かと話が弾むかもしれないが、いつVコールが鳴るかわからないということで四人ずつに別れての工場訪問だ。
しかもこの面子、速水にちょっかいを出そうとする瀬戸口、それを阻まんと目を光らせる舞、それとは別に瀬戸口を監視する壬生屋、と、中々に緊張感の漂うメンバーであるし。
ちなみに、この次は来須、萌、滝川、森という面子が来る予定。こっちはこっちで、割と処置に困る面子ではある。
「一口にクローン工場といっても、幾つかの手法と段階を経て、様々なものを生産している。例えば、君たちが戦場で外傷を負ったときにお世話になる生体凝固剤。あれなども、医療用部分クローンの一種だ。ただし、ここではそういったものは生産されていない。ここは、まさしく人間を生み出す工場だ」
カツカツと小気味よい靴音を響かせ先導しつつ説明を述べる案内人に、一行はゾロゾロとやる気なさそうに付き従う。
途中、速水とスキンシップをとろうとした瀬戸口の背に舞の9mm拳銃が突き付けられたりしたが、まあそれもいつもの光景だ。案内している方は、気が気でなかったが。
「クローン生産は、まず元となる細胞の選別と解析から始まる。一応、原則的には大抵の細胞からクローンを作ることは可能だが、まあ、完成度というか安定性というか、そういう部分で考えると、やはり生殖細胞が最も優秀。次いで神経細胞、脳細胞と続く。ふつう、クローン生産に際して両親となる者に生殖細胞の提供を要請するのはそのためだ。ただし、例えばブルーヘクサだとかアドヴァンスドヘクサだとかいう特殊なクローンを生産する場合、貴重なオリジナル・ヒューマンの冷凍保存細胞を使用する場合もある」
またも速水にちょっかいを出そうとする瀬戸口の首筋に、怜悧な輝きを煌かせる迷刀鬼しばきの抜き身の刃が当てられた。
5121小隊、日常風景のひとつである。
そんな日常について行けない案内人は、背筋に冷たいものを感じつつ一行を第一の部屋に案内した。
「今君たちの前にある培養層で製造中のものは、同調感応能力強化第六世代クローン、通称ののみタイプだ。ちなみに、この部屋のものは培養開始から一週間。まあ、まだ基幹細胞の塊に過ぎない」
案内人の言葉に部屋を覗き見れば、高さ2メートルほどもある円筒形の培養槽が立ち並んでいる。その中には、巨大なプラナリアのような奇怪なモノが浮いていた。
これが、あの愛くるしいののちゃんみたいになるのかねぇ、と少しだけ興味をひかれつつ首をかしげる一同。
ようやく普通に見られる類の反応を目にした案内人は、内心ホッとしつつ軽く笑みを浮かべ、一行を次なる部屋に案内する。
「さて、こちらの部屋にあるのは培養開始一ヶ月後。だいぶ人間らしくなってきただろう?」
先ほどの部屋と同じように、ここにも培養槽が並んでいた。
ただし、その中にあるのは、のっぺりとした輪郭だけとはいえ、確かに人間の姿――少々小さめなのは、ののみタイプだからだろう――を備える物体だ。
このままいけば、次は――
速水、瀬戸口の興味、若干アップ。
舞、壬生屋の目、若干座り気味。
そして、第三の部屋。
「この部屋には、開始二ヶ月前後のものが置かれている。シルエットもはっきりし、だいたい完成した姿がわかるようになってきたころだ」
ごくり。
二人分の、唾を飲み込む音が響いた。
この部屋のカプセルの中に浮かんでいたのは、細部こそはっきりしていないものの、ほぼ完全な状態のののみタイプであったから。
しかも、培養中であるが故に、当然全裸で浮いているわけである。
速水・瀬戸口の男性陣が生唾呑み込んだからといって、どうして非難できようか。
もっとも、舞・壬生屋の女性陣には別の意見があるらしく、オート拳銃のスライドを引くカシャリという乾いた音と涼やかに鯉口を切る音も響いていたが。
しかし! しかしである!
ここで退ける男がいるだろうか?
男なら、いやさ『漢』ならば、胸にはロマンの欠片が欲しい! 瞳にはロマンをいつでも映したい!
「つ、次ぎ行きましょう、次!」
「俺も本腰を入れるとするか! 次だ、次!」
「あー、見学はこの辺で終わりにしようかと……」
やけにヤル気になっている速水と瀬戸口に圧倒されつつもそう言う案内人に、二人の漢が詰め寄る。
「めー、です! 大事な授業ですから、僕も頑張らないと!」
「こうなったら、もう、隅々まで探検しないと!」
「いや、この後は、もう起動を待つばかりの完成品しかないのでな、あまり勉強にはならんと思うんだが……」
迷わず速水の後頭部にサイティングされている9mm拳銃と、瀬戸口に向けて一分の隙も無く大上段に構えられた日本刀に大汗流しつつ、案内人は言外に漢たちを諌めようとするのだが。
「うん、それいい感じ! すぐ見に行きましょう!」
「人から言われることを学ぶだけが勉強じゃないだろ! もっと観察しなきゃな!」
かえって火に油を注ぐ始末。
こうなっては是非も無し、案内人は真剣な表情で尋ねる。
「どうしても、見たいのか」
これ以上無いくらい真摯に頷く速水と瀬戸口。
ちなみに、その背後には今まさに躍り掛からんと身構える乙女が二人。
その二人に目配せをしてから、案内人は重々しく頷いた。
「わかった、こちらに来るがいい」
頭上にクエスチョンマークを浮かべる舞・壬生屋はとりあえず捨て置き、案内人は速水・瀬戸口の両名を最後の部屋に通した。
慌てて後を追おうとする舞たちを、案内人は両手を広げて押し留める。
「……どけ。芝村の地獄に落ちたいか?」
スゥ、と目を細めてのたまう舞の迫力に押されつつも、案内人は首を横に振った。
「駄目だ。被害は少ない方がいい」
乙女二人は、再び頭上にクエスチョンマークを浮かべつつ、首をかしげた。


さて、表の様子などお構いなしに部屋に突入した漢二人はというと。
「暗いな……灯りはどこだ?」
持てる感覚の全てを駆使して室内灯のスイッチを探していた。
「え〜っと……あ、これかな?」
やがて、ようやくそれを探り当てた速水が呟き、パチリとスイッチを入れた。
そして、目の前には総計二十基の培養槽。
しかも、培養槽は重い唸りを上げてその役目を終えようとしている。
今まさに、新しい命が生まれようとしているのだ。
生唾を呑み込み、速水と瀬戸口は熱い視線を投げ掛ける。
その先には、一糸纏わぬ二十体のクローンが。
「あ……」
二十人のクローンたちが、一斉に口を開いた。
「アニキィーーーーッ!!」


悲鳴が、聞こえた。
怪訝な顔をしつつも、尋常の事態ではないと悟った舞が案内人に問う。
「い、いったいあの部屋には何があったのだ?」
案内人は、肩を落とし力無くかぶりを振りつつ答える。
「ああ、出来立てホヤホヤの若宮タイプが二十体ほど。別に、この工場はののみタイプ専用というわけではないのでね……インプリンティングされなければよいのだが」
二人の漢たちの末路を思い、一同がため息をつく。
と、そこへ一人の武官が隣室から転げるように飛び出してきた。
「どうしたのかね?」
問い掛ける案内人元に、武官は怯えた様子で告げる。
「た、大尉! 隣接する最終調整室を覗き見た壬生屋タイプが妄想、もとい、暴走を!」
言うが早いか、隣の部屋から壬生屋そっくりのクローンがゾロゾロ現れて、顔を赤らめつつ四方に駆け去っていく。
「ふっ、不潔ですぅーーーーっ!!」
「ふっ、不潔ですぅーーーーっ!!」
「ふっ、不潔ですぅーーーーっ!!」
「ふっ、不潔ですぅーーーーっ!!」
「ふっ、不潔ですぅーーーーっ!!」
「ふむ。ひぃ、ふぅ、みぃ、の……五体か。結構手に負えんな」
大汗流しつつも冷静に勘定し、案内人は舞と壬生屋に向き直る。
「あー、このように、工場には予期せぬ危機があるものなのだ。『好奇心猫を殺す』今日のところは、それを教訓にしてくれたまえ」
それだけ言うと、案内人は踵を返しダッシュで逃げ出した。
もの問いたげにジト目でねめつけている壬生屋(本体)がいる以上、ここに留まるのは非常にマズイと思えたからだ。
まあ、それでなくてもこの場にいたいとは思わなかっただろうが。
「好きですっ! アニキにメロメロでありますっ!」
「た、助けてくれぇーーーーっ! 俺は師匠だ、アニキじゃなーーーいっ!」
「無論、本気でありますっ! 自分は嘘が下手ですから、嘘も何もありませんっ!」
「ゆ、許してぇーーーーーっ!! 嘘だと言ってくださいぃぃーーーー!!」
「不潔ですっ! 不潔ですっ! ジゴロとバンビがマッスルまみれで、ああ、もう、不潔ですぅーーーっ!!」
阿鼻叫喚の地獄絵図。
頭を抱えつつ、舞は壬生屋に提案する。
「……帰るか」
壬生屋タイプを作った責任者をしばき倒したいという思いが無いでもなかったが、とりあえず壬生屋は頷く。
「そうですね。じゃあ、帰りましょう」
二人とも、もはや馬鹿な男二人を拾って帰ろうなどという意思は無いようだった。