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ふぃじかる☆アンデッド 

「ああ、今日も疲れたなぁ」
仕事帰り。もう既に深夜零時を回っているが、それも慣れてしまった。
思わず口をついて出たように疲れ果てていたが、その疲労ですらコックピット回りの調整が上手くいった日は心地よい。慣れというのは、恐ろしいものだ。
愚にもつかないことを考えながら、速水は星空を見上げた。灯火管制のためか、星々はやたらとキラキラ輝いて見える。
空は、幻想的なんだな。
そう思いつつ、速水は、ぼぅ、と夜空に見とれる。
キラキラ、キラキラ、キラキラ、テカテカ、キラキラ……
「ん?」
速水は、首を捻った。
何か、変な光が混じっていたような?
もう一度、見上げてみる。
キラキラ、キラキラ、キラキラ、キラキラ、キラキラ、テッカテカ、キラキラ……
「うわぁっ!」
よくよく目を凝らすと、実にテッカテカでブリリアントなビルダー・シャインが混じっていた。
プレハブ校舎屋上で『ポージングの訓練』をしていた若宮のワセリン反射光である。
速水が叫ぶのも、むべなるかな。
しかし、その叫び声がいけなかった。
「うおっ!?」
ちょうど屋上の端の方で肉体を誇示していた若宮は、速水が上げた驚愕の叫びに、思わず足を滑らせてしまったのである。
慌ててバランスを取ろうと試みるが、願い虚しく若宮のマッスル・ボディが宙に舞い。
「うわっ! こっちに来るぅ!?」
よける間もあらばこそ、みるみる巨体が降ってくる。
光り輝くフライング・マッスルプレスが炸裂し。
そして、速水は、死んだ。


「うぅ〜〜〜ん?」
可愛らしい唸りを漏らしつつ、速水は目を覚ました。
ここはどこ?
ぼんやり周囲を眺め回せば、どうやら整備員控え室のベッドで横たわっていた模様。
いや、僕って死んだんじゃなかったっけ?
確か、お花畑の向こうで死んだお婆ちゃんが手招きしてたような気が。
僕は、若宮さんに押し潰されて……
ハッとして、速水は自分の体を眺め回した。
どこにも傷は無い。
ちょっと鍛え方が足りないかなぁ、と思う足もそのままだし、細過ぎかなぁ、と内心気にしている肩も何ともない。
でも、肌にかすり傷すら無いというのはどういうことだろう?
……マテ。
ちょっと待て。
服はどこにいった?
全裸、ではない。
一枚だけ、最後の一線ビキニパンツだけは身に着けているが。
ってビキニパンツ?
若宮さんじゃあるまいし、僕はこんなモノは穿きません!
慌てて、周囲を確認する速水。
「うっっっわぁぁぁぁぁっっっっ!?」
叫んだ。
熊本県下に響き渡れとばかりに。
そりゃもう、イヤってくらい叫んだ。
だってそうだろう?
目覚めた時にビキニパンツ一丁の若宮が同じベッドにいたら、誰だって腰を抜かす。
「ふわぁ……どうされました、十翼長?」
その大声に目を覚ました若宮が、目をこすりながら問う。
「どうしたもこうしたも、なんで若宮さんが僕の隣に寝てるんですかっ!?」
「いや、寂しいかと思いまして添い寝を」
ズザザザザッ!
速水は、若宮に『冗談ですが』と言う暇さえ与えず、それこそ瞬間移動でもしたのかと思われるぐらいのスピードで部屋の隅までスッ跳んだ。
と、途端に眩暈が。
「いかん! 自分から離れてはいけません!」
若宮、叫びつつルパンダイブの要領で速水めがけてジャンプ。
これ以上脱いだらさすがにヤバイのでジャンプだけだが。
跳びつき、抱きつき、まとわりつく。
すると、血の気の引いていた速水の顔がいきなり元気爽快なツヤを取り戻した。
「気をつけてください。十翼長は、一度御死亡なさっているのですから」
困った顔で注意する若宮に、速水は驚きを隠せず問い質す。
「や、やっぱり僕は死んでるんですね? これは、悪しき夢なんですよね!?」
若宮、ゆっくりと首を横に振る。
ちなみに、ベッタリ速水に抱きついたままだ。
「いえ、さすがにそのままでは問題があると判断しましたので、不肖わたくしめのマ法をもって復活していただきました」
「魔法?」
いいかげん離れてくれないかな?
このマッスル感が堪らなくイヤぁ……
とか思いつつ、速水は鸚鵡返しに聞き返した。
「はい、いいえ、マ法です。この比類なきマッスルによって時空間の法則を捻じ曲げマッスル以外には不可能なことをマッスル故に真実にしてしまうというマッスル技のひとつであります。ちなみに、ポージング技能1レベルでポージング、2レベルでビルダー・スマイル、3レベルでパンプ・アップを使用可能です」
「どこに死者蘇生の要素があるのぉーーーーっ!?」
速水の疑問をキッチリ無視し、若宮は真剣な面持ちで忠告する。
「ともかく、今は自分のマッスルで十翼長の生命を支えているわけですから、あまり離れないようにしてください」
「あまりって……どれぐらい?」
涙目で鼻をすすりつつ問う速水。
若宮は、ひぃ、ふぅ、みぃ、と指折り数えてから、極々軽い口調で答える。
「まあ、30cmぐらいですか。近付けば近付くほどマッスル効果は高まりますから、出来るだけ密着しておいた方がよろしいですな」
言いながら、若宮はガッシリと速水を抱き押えた。
若宮から速水へ、ビクリ、ビクリ、と筋肉の躍動が直に伝わる。
ねっとりと熱をもったビルダーな肌の温かみが怖気を誘う。
なんだかニチャニチャしてるのは、ワセリンなのか、それとも汗か。
ピタリと重なり合う頬と頬。
ビルダーな息遣いが、イヤというほど速水の理性を蝕む。
「ひ、ひぃーーーーっ、ひぃぃぃーーーーーーーっっ!!」
正気を失ったかのように(※註:たぶんその通りだ)悲鳴を上げる速水に、若宮は思い出したように説明を付け加えた。
「ちなみに、そのビキニパンツで十翼長と自分の間に肉体的な絆を作っておりますから、決して脱がれませんように」
「いやぁぁぁぁっ! 『肉体的な絆』っていうのが、とっても、いぃーーやぁぁーーーーっっ!!」
泣き叫ぶ速水。
さすがに少し可哀想になったのか、若宮は慰めるように言った。
「まあまあ、十翼長のマッスル、もとい、生命エネルギーが安定するまでの、少しの間ですから」
「少しって……どれぐらい?」
涙目で鼻をすすりつつ問う速水。
若宮は、ひぃ、ふぅ、みぃ、と指折り数えてから、極々軽い口調で答える。
「まあ、ざっと十年ほど」
「殺してぇーーーーっ! いっそ殺してぇぇぇーーーーーーっっ!!」
尚敬高校に朝が来る。
しかし、速水の明日は遠かった。
そりゃもう果てしなく。


(補足)
後日、必要期間に関しては若宮の数え間違いであったことが判明。
十時間程度で速水は解放された(もっとも、精神に受けた被害は甚大で復帰まで数日を要したが)。
ちなみに、その事実を指摘したのは来須であったが、いかなる計算でそうなるのか、また、何故そのような事実を知っていたのかについては、彼は固く口を閉ざした。