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宴席 

「……おめでとう、速水くん。……同郷の人間として、この勲章を君に渡すことができるとは、誇らしい限りだ。君は郷土の英雄だよ」
なんだか、この前生徒会連合章もらった時にも同じ台詞聞いたなぁ、とか思いつつ、速水厚志はあくびを噛み殺していた。
火の国宝剣章受章。
このためだけに午前中を潰されるというのがなんだが、まあ、発言力が増えるのはいいことだ。臨席するクラスメートと共に退屈な式典を過ごし、ようやく式典から解放される。
と、思ったのだが、立ち去ろうとする速水を県知事が呼び止めた。
「ああ、待ってくれ、速水くん。君のために宴席が用意してある。是非とも楽しんでいってくれたまえ」
速水は、任務があるからと断ろうとも思ったが、臨席したクラスメートの勧めもあり、無下に断るのも失礼かと思い直して県知事に従った。この御時世に宴席を設けてもらえるなんて、と、クラスメートたちはちょっぴり羨望の混じった視線で速水を見送る。
ただ一人、瀬戸口だけは悲痛な視線で速水を眺めていた。
それを見咎めた舞が、頭上に疑問符を浮かべつつ尋ねる。
「どうしたのだ?」
「ああ、あいつが心配でな」
力無く答えて俯く瀬戸口。
舞は、少々首を捻りつつ呟く。
「ふむ、あやつはぼんやりしておるから宴席には向かぬか? しかし、そういうことにも慣れてもらわねば……」
我がカダヤともなれば、宴席のひとつやふたつソツ無くこなせるようでなくては困る。芝村はそういった儀礼にこだわりなどもってはいないが、芝村に関わる他勢力の中には儀式を重んじる輩もいるのだ。そういった連中を、上手く操るためには宴席が必要となる場合も多い。
ちょっと先走った感のある舞の思いを知ってか知らずか、瀬戸口はキッパリと首を横に振った。
「慣れたら、おしまいなんだよ、あそこは……」
「いったい、何があるというのだ?」
怪訝そうに問う舞に、瀬戸口はとても言い辛そうにボソボソと答える。
「……にくりん」
「は?」
「肉林だよ」
「な、なぬっ!?」
舞姫、とりあえず絶句。


想像を絶する世界。
速水が通された部屋に広がる光景は、まさしくそのようなものだった。
「おめでとうございます、速水十翼長」
語尾にハートマークでも付きそうな調子で音頭をとったのは若宮康光戦士。
ちなみにビキニパンツ一丁だ。
たちまち、周囲の人々が唱和する。
「おめでとうございます」
大音量だった。
低くて渋い、ついでに言うと野太い声の合唱だった。
ちなみに、やっぱり着衣はビキニパンツオンリーで、語尾にはハートマークだの音符だのがついているような気がする。
両の眼に蓋をしてクルリと回れ右する速水の肩を、若宮がガッシリと捕まえた。
「どこに行かれるのですか、十翼長殿。宴の準備が出来ております」
「いや、僕は……」
歯切れ悪く断りを入れようと努力しつつ、速水は恐る恐る振り返る。
もしかして、若宮のあまりのマッスルぶりが見せた幻覚だったのかもしれないと、淡い期待を寄せながら。
もちろん、世の中そんなに甘くない。
そこにあったのは、やはり、想像を絶する世界。
言うのもおぞましければ想像するのはもっとヤなんだが、それでも敢えて視覚化するならば。

廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下
廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下廊下
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁速水壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉若宮筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉靴下筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉中村筋肉筋肉兄貴筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉男色筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉来須筋肉壁
壁筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉筋肉壁
壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁窓窓窓壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁壁
外外外外外外外外外外熱視線外外外外外外外外外外外
外外外外外外外外外外壬生屋「ふ、不潔ですっ!」外

ま、こんな感じですか?
「イヤですっ! ムリですっ! 僕には耐えられません!」
ジタバタする速水だが、若宮の膂力には敵わない。
「何をおっしゃいます、十翼長。火の国宝剣を受章したあなたは、立派な我々の同志、いやさ、ブラザーですとも。それが世界の選択であります!」
敬礼代わりに、ビシィッ、とポージングを決めてみせる若宮。大胸筋がテッカテカに眩しく輝いている。
「こんな世界選択した覚えはありませんっ! 金輪際選択する気も無いですっ!」
もう本気でイヤになるくらい逃げ腰の速水を、若宮はにこやか過ぎるビルダーな笑みを湛えつつエスコートする。
「ささ、皆が十翼長をお待ちしております。ご遠慮などなさらずに」
「だっ・かっ・らっ! イヤだって言ってるじゃないですかぁーーーっ! 離してぇーーーーーっ!!」
もとい。ぶっとい腕でガッシリと速水をホールドした。僧帽筋が、三角筋が、上腕二頭筋が、これでもかってなくらいに暑苦しいパワーを誇示する。
若宮は、軽々と、そして高々と速水を抱え上げ、明らかに常軌を逸するほど白い歯を見せ、ニカッと爽やかっぽく笑った。
あくまで『爽やかっぽい』だけで決して爽やかではないのがポイントだ。
「さあ、参りますぞ。まずはマッスルダイブで御座います」
「や、やめて! やめてくださいぃ〜〜〜〜〜っ!!」
「まあまあ、怖いのは最初のうちだけです」
どうやら、コワイことになるらしい。
「ひぃぃぃぃぃーーーーーっっっ!!」
叫ぶ速水を、若宮は筋肉の群れに放り投げた。
待ち受けるマッチョたち(と趣向が違うのが若干名)。実に男性的なエキスが充満しているって感じ。
オイリーでマッチョなテッカテカの集団が、まるで統一意思でもあるかのごとく踊るようにポージングを決める。
死を呼ぶ舞踏の方が、なんぼかマシだ。
速水は泣きながら、そんなどうにもならないことを思い、そして、墜ちた。


「い、いや、しかし、それはまずかろう! 我らはまだ高校生だぞ! いや、その、そういう問題ではなく……ええい、我がカダヤでありながらっ! 酒池肉林など、私が許さん!」
今にも宴会場に突撃せんといきり立つ舞を、瀬戸口は静かに押し留めた。
「違う。『らちにくりん』だよ」
「は?」
「拉致肉林って言うんだよ、あれは……」
四代目絢爛舞踏の頬に、つぅ、と一筋の涙が流れる。
絢爛舞踏を目指すなら、高い体力は必須。
これは、試練だ。
せめてそう思え。
……強く生きるんだぞ、俺のバンビちゃん。

「やぁーーーっ、めぇーーーーっ、てぇーーーーっっっ!!」

その日、速水厚志は、肉林に溺れた。


(補足)
なお、速水厚志は以後決して体力を上げるべく訓練に励むことはなかったという。

(補足2)
後日、何者かの手により『拉致監禁〜爛れし筋肉樹海! 衝撃のマッスルプレイ〜』なる一文が発表された。
ために速水厚志の悪い噂が流れ、火の国宝剣章で稼いだ発言力は根こそぎ消えたとのことである。
合掌。