戻る

神の手 

夢から覚めると、手酷い現実が待っていた。
読者諸氏には、そんな経験はお有りではなかろうか?
田代香織戦士にとって、状況はまさしくそのようなものであった。
「なっ、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁっっっ!」
どこかのドラマで殉職する刑事のごとく叫びを上げてみる。
そりゃ、叫びたくなりもする。
格闘戦最強の誉れも高き「神の手の娘」田代香織。
その手に青き光が宿ったときには、そりゃあ驚いた。だが、今回ほどではなかったはずだ、とも思う。
名高き神の手は、今、とっても、その――猫、だった。
毛皮、ふかふか。
鉤爪、出し入れ自在。
肉球、ふんわりぷよぷよ。
大量の猫に纏わり付かれて嬉しい悲鳴を上げている夢を見てはいた――ちなみに香織ちゃんズ・トップ・シークレットなので他言は無用だ――が、手が猫になっているなど尋常の事態ではない。
神の手の娘改メ猫の手の娘?
マニアック過ぎて涙が出てくらぁ……
一体全体、何がどうなってこういうことになったのか。一人で考えていても埒があきそうに無い。だいたい、俺考えるのニガテだしな。やはり、誰かに助けを求めるべきか。
田代は、助けを請うべき相手を思い描く。
まず最初に浮かぶのが、同じ一番機を担当する整備士仲間だが。
遠坂圭吾。何しろボンボンであるがゆえにボロボロ秘密を漏らす悪癖がある。却下。
岩田裕。論外。ギャグのネタにされるのがオチだ。却下。
そうなると、次に付き合いがあるのは――
整備主任原素子。却下だ、却下。色恋沙汰では無いとはいえ、何を好き好んで奥様戦隊に相談せねばならんのか。
続いて二番機整備士。
田辺真紀。悪い選択ではないような気もするが、何しろ運が悪い。少々、賭けの要素をはらむ。とりあえず却下。
新井木勇美。論外。何が悲しくて、歩く広告塔に話題を提供する必要があるか。却下。
三番機はどうだ?
森精華、狩谷夏樹。どちらにも、話をした途端鼻で笑われそうな気がする。却下。
ヨーコ小杉。何だか「いいじゃないデスカ。手が猫デモ」とか説得されそうな気がする。却下。
指揮車整備士の中村光弘。どうにも、異常な代償を要求されそうな気がする。却下。
無職、茜大介。わざわざ弱みを握らせてやる必要はない。却下。
テクノオフィサー、全滅。
「うっがぁぁぁ〜〜〜っ! ウチの小隊にゃ、マトモなヤツはいねぇのかっ!?」
自分のことはとりあえず棚に上げて絶叫する田代。
いや、まだだ。まだ終わらんよ。
ラインオフィサーがいるではないか。
一番機パイロット壬生屋未央。不潔です、とか言われるんだろうな、きっと。何がどう不潔なのか良く分からないが。却下。
二番機パイロット滝川陽平。口が軽く、思い切り笑われそうな気がする上、役に立ちそうに無い。却下。
三番機パイロット速水厚志。現在ジャイアント速水。却下。問答無用で、却下。
同じく三番機パイロット芝村舞。下手に芝村に秘密をさらして、研究室送りになりたくはない。却下。
オペレーター瀬戸口隆之。どうにもあの軽さ、人間的に信用できない。却下。
同じくオペレーター東原ののみ。役に立たない上、無邪気に言い触らして回る姿が目に浮かぶ。却下。
司令官善行忠孝。だから、奥様戦隊はダメだって。却下。
指揮車運転手加藤祭。絶対、ゆすられるな。却下。
指揮車銃手石津萌。呪われそうな気がする。却下。
スカウト。
若宮康光。奥様戦隊は論外だってば。却下。
来須銀河。
……うむ。いつもクールで取り乱すことの無い来須であれば、相談するだけの価値は有るだろう。
よし、さっそく相談に行こう。
と、その前に手を隠す算段を。
いつもはめてるライダーグローブ……物理的に入りません。
っつーか、今この手は天然ニャンニャングローブ?
しょうがない。少々行儀は悪いが、ポケットに手を突っ込んで歩くか。
そう結論付けて部屋を出ようとする田代。
まずは猫の手でドアノブと格闘しなければならなかった。


どうにか部屋から脱出することに成功した田代は、お目当ての来須を探した。ややあって、戦争中の癖が抜けないのか単なる趣味か、授業中だというのにグラウンドはずれでトレーニングに励む姿を発見する。まあ、授業中なのに、というのはエスケープ常習犯の田代にとってはさしたる問題にも思えない。
「あー、ちょっといいか?」
躊躇いがちに声を掛けた田代に、来須はぶっきらぼうに答えた。
「……言え」
この落ち着き。これこそが、いざというときに頼りに出来るんダヨナ。
そう思いつつ、田代は話を切り出した。
「実は、手が大変なコトになっちまってよぉ」
それを聞いた来須は、少しだけ顔をしかめた。
いつか、こういう日が来るとは思っていた。そして、問われて答えぬのは、やはり彼女に酷だろうとも思っていた。語らねばならないのか、この力のことを――
「……お前の手に宿るのは、かつて人や動物や、植物だったもの」
「……いやたぶん、主に動物だと思うんだケドよ。ごく一部の」
「かつて大切にされたものだ」
「た、大切にされていたのか」
「あまりにも強すぎるか、純過ぎる故に人の境界線を越えた者が扱えるようになる」
「イヤなモン越えちまったような気がするぜ……」
「全ての死者の代理人として、地上世界に……運命に介入するためだ」
「なんつーか、ごく一部しか代理できそうにないんだけど」
「お前は強すぎたのだ。多くの死者の魂がお前を代理人として歴史を変えようとしている」
「俺、弱くてイイです。っていうか、歴史がイヤな方向に変わりそうなんだけど」
「……教えよう。どうやって武器にするかを」
「いやまあ、武器にするったってツメ出すぐらいしかないと思うけど」
と言いつつ、猫の手を突き出す。
「……!」
来須銀河、とりあえずスウェー。
「な?」
「…………」
バックステップ習っときゃよかった。などと思いつつ上半身ひねり。
「どうしたらいいと思う?」
「……目に見えるものだけが真実ではない。音に聞こえるものだけが真実ではない。真実は自分の思いや声で、たやすくかき消される。重要なのは、沈黙すること。そして見えたことを、そのまま認識することだ」
要するに、猫の手を認めろ、と?
それだけ言うと、来須は踵を返した。ロケットジャンプを使えないのが口惜しい。
「いや、待ってくれって! なんとかならないのかよ、これ!?」
「……」
「……」
「…………」
「…………」
「お前は、強いな……俺は、お前とは戦いたくない」
「誤魔化すんじゃねェッ! ここまで知ったからには、責任もって何とかしろよぉっ!!」
「……いいだろう」
幾らか考えてからそう答えた来須は、プレハブ校舎に向き直った。
「……話がある」
大声で呼ばわれば、プレハブ校舎の窓がガラガラと開いて全員注目。
「作戦会議が必要だ」
言いつつ、逃げ出そうとしていた田代の手を取り皆に示す。
『私も励むとしますかじゃあ頑張りましょうよーっしやるかぁ任せるがいい僕もがんばらないとね俺の力を見せてやろう俺も本腰入れるとするかがんばるからねまかせてほなきばるでー上等だ本気を出させてもらうわよ私も奮発しましょうフフフわかりましたじゃあ頑張ります頑張っちゃうもんねー私もやる時はやります僕も頑張らないとな頑張るでスがまだすばーいやってやるよ私も頑張りましょう張り切っちゃおうかしらナオゥ!』
少々聞き取りづらかったが、授業中にも関わらず全員快諾。生徒も教師も猫もジャイアント速水も。ちなみに、授業中教室に入れないブータとジャイアント速水及び授業が無かった芳野先生はプレハブ校舎脇からのご登場だ。
「わかりました。即刻会議を執り行いましょう」
善行の宣言を受け、第一回「田代香織猫の手対策会議in一組教室」開催。
来須により教室に連行されながら、田代は放心したように呟く。
「なんで、こんなことになっちゃったんだろう?」
「それは、ほら、香織ちゃんの拳も規格外なワケだし。それに、本来戦神っていうのは、毛がふかふかでニャーと鳴くものらしいし」
ジャイアント速水、バケモン仲間が出来て嬉しそう。
「国語です! こんな時こそ、国語によって育まれる豊かな心が必要なんですっ!」
いや、芳野先生。今から育んでも遅いと思うんだが。
「思い出して! 貧窮と困難のどん底にあっても、なお人の心を捨てない感動を」
悪かったな、どん底で。
そう思いながらも、とりあえず田代は曖昧な記憶の中から幾つかの言葉を思い出そうと努力する。
そう確か、こんな感じ。
働けど働けど我がコブシ楽にならざり。
ジッと手を見る。
猫の手だった。
「うっがぁぁぁぁぁぁっっっ!!」
田代は、暴れた。
破壊活動でもして気を紛らわせていないと、気がおかしくなってしまいそうだったから。
もっとも、ハッと我に返ったとき壁に向かって「爪研ぎ」している自分に気付き、余計に気が滅入る結果に終わったが。
その様子を眺めつつ、加藤祭は一人算盤を弾く。
怪奇、猫の手の娘――どれくらいの集客力を見込めるだろうか。
規格外が集う見世物小屋5121。
興行開始まで、そう長い時間は必要無いように思われた。