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規格外 

それは、めでたくも竜を許し平和が訪れたある日の出来事。
ある朝目が覚めると、毒虫になっているようなことこそなかったが、大変なことになっていた。
「それで、いったいどうしたというのだ?」
扉の向こうからは、苛立ちを抑えた様子の舞の声。
「えぇっと、それが……」
扉を開けられぬようシッカリとドアノブを引っ張りながら、速水は返答に窮していた。
「はっきりせぬか、たわけ」
ああ、怒ってる。怒ってるよ。どうやって誤魔化そう?
「と、となりの塀に囲いが出来たってねぇ」
毎度思うことだが、第六世代は他に誤魔化し方を知らんのだろうか?
「……それで?」
ヤバイ。マジギレ寸前。ニアイコール生命の危機?
そう悟った速水は、やむを得ず事情を説明することにした。
「大きくなっちゃった……」
妙に情けない速水の言葉に、舞はガックリと力が抜けていくのを感じた。そんなことで閉じ篭られても困るというものだ。
「身長が伸びたのか? まあ、育ち盛りであれば気付かぬうちにそういうこともあろう」
「そうじゃなくて……大きくなったんだ」
歯切れ悪く、そう繰り返す速水。あまりの情けなさに、舞の堪忍袋の緒が先刻とは別の意味で切れそうになる。
「そなた、我がカダヤとしての自覚はあるのか? その程度のことで、いちいちうろたえるでない」
その剣幕に、いかな絢爛舞踏とて抗えるはずも無い。
「わかったよ、じゃあ、開けるけど……笑わないでね?」
涙混じりにそう言って、速水は扉を押さえる力を緩めた。遠慮がちに、静かに扉が開く。
「ま、まさか大きくなったというのはっ!?」
ここに到って変な方向に想像が飛んでしまったらしく、舞姫赤面。舞姫の壬生屋化、着々と進行中の模様。
しかし、事実は小説よりも、レディスコミックよりも奇であった。
「な、なぬっ!?」
舞姫、とりあえず絶句。
部屋にたたずむ速水は、そりゃあ大きかった。
はちきれんばかりに大きくなっていた。
大きな男の二倍ぐらいはある。
全体的に。
身長約4メートル。
ジャイアント速水の誕生である。


何とか隠し通したい、という意向が無いでもなかったが、なにしろ部屋から出るだけでも一苦労。そもそも、身に付けるべき服が無い。食事は、まあいいとして、トイレとかお風呂とか、このままでは生活に支障をきたすことは明らかであった。
然るに、舞はやむを得ず5121小隊の面々に相談を持ちかけることにした。速水はぐずったのだが、我が従兄弟殿に相談するよりはマシであろう、と言われれば頷くより他無い。
とりあえず速水を部屋に残し尚敬高校へ。
「皆の者、聞け!」
舞は、そこら辺を歩いていた連中にまとめて声をかける。既に、隠密裏にとか極秘裏にとかいう感覚は無いらしい。
ちなみに、舞の下へ集まってきたメンバーは、新井木、滝川、ののみ、岩田。
あんまり役に立ちそうに無い。
「速水が巨大化した。作戦会議をするぞ」
ナゼ作戦会議?
「やっぱヒーローに巨大化は付き物なのかなぁ?」
「当たり前だろ。お前、バーンとでっかくなってガーンとやっちまうんだよ」
「ふぇぇ、あっちゃん、おっきくなってやっちゃうの?」
「フフフ、さすが速水君、スバラシイィィィ! しかし! 残念ながら委員長がいません! 従って会議は却下、却下ァァァ!」
「そなたら、真面目に考える気はあるのかっ!?」
怒る前に、相談するメンバーを選んでください、舞姫。
「委員長がいなければ呼んで来い! 教員も全部、すぐにだ!」
あまりの剣幕に、三人はカクカクと首を縦に振って走り出した。
なお、ただ一人クルクル踊っていた岩田の姿が、その日はそれ以降見かけることが出来なかったことを付け加えておく。


「それで、みんな来ちゃったんだ……」
もはや、全てに絶望したかのように、速水はそう呟いた。
第一回「速水厚志巨大化対策会議inあっちゃんち」開催。
ちなみに、部屋が手狭であったためジャイアント速水は腰蓑代わりの毛布一枚を持たされて下宿の前の空き地に放り出されている。一応、一人では寂しかろうということで、ブータが付き合ってくれてはいる。
行き交う人々の視線が痛い。
ついでに言うと、自分の部屋から時折投げ掛けられる、クラスメートの視線も痛い。
「なんで、こんなことになっちゃったんだろう?」
膝を抱え、シクシクとすすり泣きながら愚痴る速水。それを聞いたブータは、何を言い出すのやら、とでも言いたげに、器用にも肩をすくめた。
「ああ、驚くには値すまい」
ブータは、落ち着き払って言った。
「何しろ、規格外だからな。猫類の規格外であるワシがこうなのだ、人類の規格外ともなれば、そりゃそうなるわい」
「こんな規格外、いやぁぁぁ」
イヤイヤしながら泣きじゃくるジャイアント速水。身長4メートルというスケールを無視すれば、それなりに可愛いかも。
「まあ、そう言うな、生ける伝説よ。じきに慣れるだろう」
「って、僕はずっとこのままなの」
「絢爛舞踏よ、お主……ワシが縮んでいるところを見たことがあるか」
ふるふるとかぶりを振るジャイアント速水。可愛い。でも、デカイ。
「で、あろう。もちろん、そのような真似は出来ぬ。お主も同じじゃろうて」
ひいぃぃぃん、と可愛らしい泣き声を上げる速水。でもでも、サイズがサイズだけにやっぱりちょっとコワイものがある。
その様子を眺めつつ、加藤祭は手許の算盤を弾く。
「む? 何をしているのだ?」
見咎めた舞が尋ねれば、加藤は真顔で答えた。
「いや、速水君の集客力やったら、どんくらいもうかるんかなぁ、て。ちなみに、往来の市民の反応も考慮済みや」
「たわけっ!!」
舞姫、さすがにご立腹。
「そんなもの、勘定するまでも無かろう。本州からもファンが押し寄せるに決まっておる」
……5121小隊改め見世物小屋5121の看板役者ジャイアント速水。
デビューの日は、そう遠くあるまい。