戻る

恐慌戦士〜フィアフルソルジャー〜 ――エピローグ.戦士

久し振りに、パイロットキャビンの中で目を覚ました滝川は、撤収作業の喧騒から逃れるように野戦整備場の隅に腰を下ろし周囲をぼんやりと眺めていた。
と、背後に気配を感じ、ゆっくりと振り向く。
「軍曹……」
少々力無い感じで呟く滝川に、軍曹は気安い笑顔を作って声を掛けた。
「浮かない顔ですな。どうかされましたか」
滝川は、どう言ったものか、と幾らか考えあぐねたが、軍曹に隠し立てしても仕方の無いことだと気付き、おどけ気味に身振りを加えつつ答えた。
「アイツらの戦い見てるとさ、何か、俺ってダメだなぁ、とか思っちゃって……それだけ」
「ご自分を卑下するものではありませんな。あなたは立派に戦い、そして勝ち抜いたではありませんか」
何を言い出すのか、といった塩梅の表情でそう言う軍曹に、滝川は伏せがちに視線を泳がせて言葉を返そうとする。
「でも……」
だが、軍曹はゆっくりとかぶりを振って、酷く真剣な面持ちで滝川を遮った。
「兵の力が腕力で表されるのなら、プロレスラーに勝る兵はおりますまい。銃の腕だけで戦えるのなら、射撃競技の入賞者でも集めればよいのです。しかし、現実はそうではありません」
不意に優しげな顔になって、軍曹は諭すように言葉を継いだ。
「退かない勇気、負けない心、万難を排して目的を遂げる不屈の意志こそが、戦士たる条件です」
滝川は、その言葉に胸が軽くなるのを感じた。
力では、まだまだ速水たちに及ばない。
でも、俺はもう、何故戦うのかを知っている。
何のために踏みとどまるのかを知っている。
そのために振り絞る勇気が、この胸の内にあることもわかった。
だったら、それに関してだけでも胸を張っていいのかもしれない。
技術の方は、これから学べばいい。幸い、5121には良い手本が沢山転がっているのだから。
「後は、もう少々規律を覚えるべきですかな。まあ、そちらは向こうの小隊の教官にお任せするとしましょう」
滝川の顔に少しずつ自信が戻るのを確認した軍曹は、そう付け足してから軽く笑った。
そして、話を本題に移した。
彼が滝川の許に訪れたのは、大尉が滝川を呼んでいたからなのだという。
滝川は、乞われるままに軍曹の後に続き大尉の許へと足を運んだ。
「うわ……何事っすか?」
滝川は、思わず気おされたように声を出す。
無理も無い。
連れていかれたその場所には、大尉ばかりか中隊の面々が勢揃いしていたのだから。
大尉と、松葉杖をついた中尉、各小隊の少尉たちに、整備長、気さくな伍長。門川で腕と肋骨を折った兵士も、第二分隊の曹長たちと共に立っていた。
更に、その周囲には野次馬といった雰囲気の民間人すら集まっている。
訝しむ滝川に、大尉が笑みを浮かべつつ語り掛けた。
「ああ、来たか、十翼長」
「はい。あの、これは、いったい……」
「まずは、姿勢を正せ」
そう言われ、反射的に直立不動の姿勢をとる滝川。
幾らか軍人らしくなったな、などと思いつつ、大尉はゆっくりと口を開いた。
「俺のお下がりで済まないが」
大尉は、そう前置きしてから胸に輝く勲章を外し、ことの成り行きが理解できず目をパチクリとしばたかせる滝川の胸に着ける。
「おめでとう、ゴールドソード。たとえ歴史が君の名を残さずとも、我々は君を忘れない」
「えっ、いや、その……俺、そんなつもりじゃ」
慌てて勲章を外そうとする滝川を押し留め、大尉はチラリと部下たちに目配せした。軍曹が頷き、四海に響き渡るようなお馴染みの大声量で号令をかける。
「全員整列! 気を付け!」
さすがは正規の軍人、と見とれてしまうような見事に統制の取れた動作で小隊の面々が一瞬にして隊列を整える。
大尉が一歩後ろに退き、やはり直立不動の姿勢をとる。
その様子に、何事か、と振り向く5121の面々を気にもかけず、大尉が軍曹の号令を引き継いだ。
「滝川陽平十翼長に、敬礼!」
一斉に捧げられる、挙手の敬礼。
滝川も、条件反射的に敬礼を返した。
顔は見事に紅潮していたので、あまりさまにはなっていなかったが。


「いったい、何があったんでしょうね?」
不思議そうに呟く善行に、傍らにいた若宮が満面に笑みを湛えつつ答えた。
「滝川十翼長は、戦士になられたのですよ。あの目をご覧になったでしょう。十翼長は、もはや恐てればかりの兵士ではありません。今や、恐るべき戦士と言うべきでしょう」
善行は、少し眼鏡を押し上げつつ、小さく首を傾げる。
「Fear Full SoldierからFearful Soldierに、ですか。洒落にもなっていませんね」
簡素な授与式が終わり中隊の面々に揉みくちゃにされている滝川を眺め、善行は僅かに笑みを浮かべて頷いた。
「なるほど。そうかもしれません」
まったく、今日という日は信じられないことばかり起こる。
それでも、常識を覆されるというのも、悪いことばかりではない。
そう思っている自分に気付き、善行は苦笑した。
「少し考え事をしたい。このまま小休止を取ります。若宮戦士、どの程度がよいと思いますか?」
「三十分というところですか」
「では、そのように。待機組が心配するといけません。連絡をとるよう、原主任に伝えておいてください」
そう言い置いて、善行は指揮車の中に身を隠す。
若宮は、生還祝いのパーティーを手配してくれるよう依頼するため、原の許へと向かった。
あるいは、祝うべきは一人の戦士の誕生か、などと思いながら。