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翼持つ騎士と翼無き戦士 ――3.V3コール

狩谷の戦績は、上々だった。
上々、という表現では語弊がある。
無茶苦茶、というのが、数字のみを追った場合に得られる正直な感想だろう。
いかに最新鋭の機体を駆っているからといって、配属から十日足らずでアルガナを取得した者など、前代未聞もいいところだった。
これに最も近い数字を叩き出したのは、同じ5121小隊の速水・芝村ペアが駆る騎魂号。この時も、僅か三週間でアルガナとは、と衆目を集めたものだ。
狩谷の戦績は、異常としか言いようが無かった。
だが、狩谷と同じ戦場に立った者は、等しくこう言っただろう。
戦績が異常なのではない。異常なのは狩谷夏樹そのものであり、騎翼号なのだ、と。翼無き戦士と翼持つ騎士こそが、常軌を逸しているのだ、と。紅蓮に塗装された巨大な騎士は、天使か悪魔か、どちらかと契約を結んでいるに違いない、と。
その活躍たるや、依然トータルスコアでは狩谷を凌駕する絢爛舞踏に最も近い男速水をして、僕の出る幕が無いね、と言わせしめるほどだ。速水の乗機である士翼号は蒼碧の塗装を施され、こちらはこちらで常識外の戦果を上げているのだが。
三番機には速水に代り壬生屋が舞と組んで搭乗していたが、活躍の機会はほとんど無いと言ってよかった。たまに、舞のミサイルが近づき過ぎた小物を潰す程度のこと。接近戦に長ける壬生屋の技は、三番機への配置転換以来全く出番が無かった。
いやが上にも、5121小隊の士気は盛んになる。そして、その無敵の評判は各戦区からの出動要請を激増させる。その期待に悉く応え、小隊の士気と評判は益々上昇するのであった。
幻獣も、そのことを気取っていたのだろうか。5121小隊討つべし、という気運でも高まっていたのだろうか。
ともかくも、その日はやってきた。
一蓮托生、愛機に文字通り命を預けねばならない日が。
影法師が身長の倍以上にも伸びるくらいに日が傾いた頃鳴り響いた警報は、201V3。
20分以内に幻獣の攻勢があることを告げる悪夢の鐘だった。


V3コールを耳にした狩谷は、迷うことなく出撃準備に取り掛かった。すぐに出なければならない。そうするとウォードレスを着ている暇が無いのだが、狩谷にとってそれはたいした問題ではないように思えた。
「騎翼号の暖気を。規定ギリギリで構わない、15分でホットに」
淡々と整備士に告げつつ、狩谷は手近なところから騎翼号に連結されている整備用ケーブルを引き抜きに掛かる。
そういう判断を下すのはパイロットの務めではない。一階に陣取っていた原が越権行為を嗜めようと口を開くよりも早く、二階の反対側から怒鳴りつけるような勢いで森が言葉を返した。
「無茶言ってる暇があったら、ウォードレスを装着しに行って下さい!」
だが、やはりコックピット調整を行っていた速水が横から顔を出し、落ち着き払った声で言う。
「いや、狩谷君の判断は正しいよ」
二階デッキから身を乗り出し、速水は階下の原に告げる。
「トレーラーの準備を。走りながら暖めればいい」
「二人とも……!」
激昂のあまり言葉を詰まらせる原に、速水は静かに言った。
「守護天女じゃ、防ぎきれないよ。今、戦場には僕たちが必要なんだ。思い上がりではなくて、ね」
忌々しげにひとつ咳払いをして、原は低く抑えた声で言い返す。
「機体がもたないわ。整備班長として、それは許可できません。まして、ウォードレス非着用なんて、許せるわけ無いでしょう?」
「原主任」
速水は困惑半分、呆れ半分といった按配の表情で、聞き分けの無い子供を諭すように言う。
「Vコールが鳴った以上、今はラインオフィサーの判断が優先だよ。司令がここにいない以上、階級上は僕の判断がイコール決定です」
「だったら、善行司令の指示を待つべきでしょう」
もはや恫喝に近い口調の原に、狩谷はあくまで冷静に応じる。
「もう、コールはしてあります。V3コールであるということをお忘れなく。一刻一秒を争う事態です」
フッと皮肉げな笑みを浮かべて付け加えた。
「大丈夫。それほど弱くは無いつもりですよ」
睨み合う原と狩谷。速水は、そんな二人の間に走る緊張などどこ吹く風と、自分の出撃準備を進めている。
原が何度目かになる拒絶の言葉を口にしようとした時、その背後から落ち着き払った声が掛けられた。
「やれやれ、仕方ありませんね」
気が昂ぶっていたせいか、原は彼をもうやめたはずの呼び名で呼んだ。
「忠孝!」
少しばかり遅れて姿を現した小隊司令に、原は、あの二人をどうにかしてくれ、とでも言いたげな困惑した表情を見せる。しかし、善行が口にした言葉は、原の期待をものの見事に裏切るものだった。
「出撃を許可します。但し、テクノオフィサーは前線の15km手前で待機。そこからは、徒歩行軍。指揮車、スカウトもすぐに追います。到着まで、無理は避けること。いいですね?」
「了解」
「わかりました」
速水と狩谷はそれだけ答えると、無駄口を叩いている暇は無いとばかりに慌しくコックピット周りのスタンバイに掛かる。
その様子を眺めつつ、善行は軽くため息を吐いた。言葉も無くこちらに投げ掛けられる原の視線が痛い。
だからといって、そのまま放置しておくわけにもいかない。善行は、さも当然のような振る舞いで原に作業を促した。
「どうしました? トレーラーの準備を」
「……」
無言で善行を更に一睨みし、原は顔を背けるように勢いよく踵を返した。そのまま、淡々と整備兵たちの作業指示にあたる。
原が言いたいことはわかる。せめて一時間、何故待てないのか。また、速水と狩谷を危険な状態で戦場に送り出しつつ、自らは万全の準備を整えるまで戦場に出ないというのは卑怯ではないのか。
――しかしね、素子。
善行は、眼鏡の奥に隠した瞳でハンガー周りを立ち回る原を見やった。
指揮官は、必要と思われるあらゆる命令を下さなければならない。彼らの言う通り、戦場には彼らが必要なんだよ。たった今。
あらゆる感情は指揮官の仮面で隠し、善行は司令としての自分を演じることにした。
「三番機は通常通り。ただし、出来るだけ急いでください」
その言葉を、聞いているのかいないのか。部隊創設以来の長きに渡る酷使を考慮しての判断だが、整備主任として指摘すべき間違いは無いのか。いや、それよりも――
善行は、軽くかぶりを振ってウォードレスの装着に向かった。反論が無かった以上、三番機に関する判断は正しかったのだろう。そして、反応が無かった以上、彼女は許してはくれないのだろう。これまでのことと同じに。


「出遅れたか」
噛み潰すように、狩谷は呟いた。
結局、戦闘区域に到着したのはV3コールより30分後。充分尋常の速さではないのだが、それでも遅かった。
5121小隊のトレーラーが停止したまさにその時、緊急インターセプト部隊守護天女は壊走を始めるところであった。
「遅れ過ぎてはいないよ」
平静な声でそう応じつつ、速水は士翼号の調子を確認する。無茶な暖気のおかげで血圧計をはじめ種々の計器が異常を示していたが、実際の行動に影響が現れるまでは幾らか余裕がある。
「15分はもつね。そっちは?」
「20……いや、25分はいける。戦い方次第だ」
幾分強気な狩谷の答えを聞いて、速水は笑みさえ交えながら言った。
「間を採って20分だね。それで、片を付けよう。フォーメーションは?」
「いつも通り、側面から突っ込む。速水は正面から牽制・狙撃してくれ」
「了解。気を付けて。今日はナビ無しだからね」
結局、オペレーターも間に合わなかった。指揮車も補給車も間に合っていないのだから当然と言えば当然だが。生身で前線の15km手前まで付き合わされた遠坂と田辺も、すぐに後方に退避する手筈になっている。当然の処置だ。もしも戦線を突破された場合、非武装のトレーラーではどうしようもないのだから。
今回の戦闘は、掛け値無しに人型戦車二台のみによる厳しい作戦になるのだが。
「問題無い」
無愛想に答えて、狩谷は騎翼号を跳躍させた。無理をさせている機体への影響を考えゆっくりと歩かせようかとも思いはしたが、僅か10分あまりで守護天女を退けた相手に、力をセーブして勝ち抜けるはずも無い。オペレーターがいないため遠間からでは正確に敵を把握できないが、数体浮遊しているのはスキュラと見て間違い無いだろう。
その直中に、進んで飛び込もうというのだ。正気の沙汰ではない。
――死ぬ気か、僕は?
速水の援護はある。恐らく、これ以上頼りになる援護は熊本中探しても見つからないだろう。
しかし、指揮官不在、オペレーター不在というのも揺るがぬ事実だ。撹乱と討ち漏らしのフォローを行うスカウトもいない。
戦場で一番欲しいのは、一撃必殺の刃でも百発百中の銃でもない。
目だ。
側面を、背後を、頭上を、己を取り巻く全てを見渡せる、人外の目だ。
今自分が置かれている状況を把握できないことほど怖いことは無い。
その一番怖い状況下で、更に万全の体勢を整えていても酷く危険な行為を行おうとしている。
――死ぬ気か?
もう一度、自問してみる。
数度の跳躍を経て、紅蓮の騎士は敵の影を間近に捉えていた。不器用に直立する異形の巨人、ミノタウロス。
今ならば、まだ間に合う。思いなおすなら、今だ。
騎士が、捧げ持つ長銃を構える。敢えて焦らすように、そのまま左にスッとずれる。
走り出せば止まれぬぞ?
止まった時が死ぬ時だぞ?
翼持つ騎士とて、永久に走り続けることなど出来ないぞ?
死ぬ気なのか?
――いや。
狩谷の意に従い、騎翼号の指がトリガーを引き絞る。焦らしに焦らされた火を噴く筒は、雷の如き咆哮と炎をもって歓喜を表した。
轟音一閃、狙い澄ました一撃がミノタウロスの分厚い表皮の合間を縫って脇に吸い込まれる。人型戦車兵装の中では威力に劣るジャイアントアサルトとはいえ、非装甲の関節部に直撃すればたまったものではない。肉を潰し骨を砕き、弾丸は仇敵の右肩を半ばほど吹き飛ばす。ミノタウロスは怨嗟の咆哮と共にミサイルを撃ち出すが、半ば衝動的なものであったのだろう、見当違いの方向に飛んで大地を揺るがせただけだった。
騎翼号の上体が微かに前方に倒れる。同時に、右の足がスルリと宙を滑り、左の爪先が力強く大地を抉る。
「信じよう。信じているとも、騎翼号。お前は僕のすべてを託すに足る紅蓮の騎士!」
ついに狩谷は声に出して叫び、騎翼号は流れるように疾走を開始した。歓喜に震えるが如く血圧計の針がグンと上がり、上気するが如く機体温度が急上昇する。
騎士は叫びはしない。ただ剣をもって敵を討ち、主の想いに答えるのみ。
騎士に言葉は要らない。火の槍を捧げ害を砕き、己の誓いに応じるのみ。
疾風の勢いでミノタウロスに駆け寄った騎翼号は、相手に構える隙も与えず右肩の傷口に大太刀を叩き込み、そのまま胴の半ばまで刃を埋めた。さすがに、一刀両断とはいかない。太刀を握る手はそのままに胸板に前蹴りを叩き込み、無理矢理に引き抜く。もはや叫びを上げることも出来ず、ミノタウロスはもがくように崩れ落ち実体を失っていく。
もっとも、その様子を狩谷は見ていなかった。仕留めたと確信した時には次の機動に入っている。仕留められるか否か、その判断は攻撃を繰り出す時に既に出来ている。
前方に盛大な火の華が咲き、中空にあった影が揺らいだ。速水のジャイアントバズーカ。それを食らって墜ちないところをみると、やはり影はスキュラか。
「丁度いい!」
瞬間、腰を落とし、すぐさま右足で大地を蹴り抜く。翼持つ騎士は、その名に恥じず高々と舞い上がった。空中で身を捻り、ジャイアントアサルトを片手保持で一射。さすがにこの体勢で有効打を与えることは出来ないが、外殻に一撃食らわせることにより怯ませることは出来る。その瞬時の隙があれば、降り際に主眼を唐竹に割ることなど造作も無い。
斬。
着地。強烈なGが狩谷の身体を充分な緩衝機能を備えているとは言い難いシートにめり込ませる。
息吐く暇も無く、片膝と太刀を持つ左手を地に突いた状態から飛び起きるようにダッシュ。今度はシートの背に押し付けられる。
「くっ…ぁ…」
立て続けにGの猛威に苛まれた狩谷は、声にならない喘ぎを漏らす。これでよく首を痛めないものだ。
2秒も経たないうちに、騎翼号が駆け去った跡に空中要塞が墜ちる。自重で自身を潰しつつ、消滅。
どうにかGの見えざる巨腕から解放された狩谷の目に、前方に待ち受ける一群が映った。
ミノタウロス、ゴルゴーン、それにキメラが2体ほど。
「面倒ッ!」
ミノタウロスの射線だけをかわして、狩谷は目の前の敵全てが射程範囲に収まるようジャイアントアサルトを構えた。大太刀は傍らに突き刺し、両手で安定した射撃姿勢をとる。
ミノタウロスは、ヨタヨタとこちらに向き直りつつある。ジャイアントアサルトのセレクトレバーをフルオートの位置に合わせつつ、意識はゴルゴーンのミサイルに集中。キメラのレーザーは、当るに任せる。ある程度の光圧は装甲で凌げるのだ。一から十まで全ての攻撃をかわす必要は無い。
一拍、二拍、間を置いてゴルゴーンの背からロケット状の寄生幻獣が飛び出す。ただ敵にブチ当たり弾けるためだけに存在する名も無い悪魔。
「当るものか!」
鋭く言い放ち、身を捻りつつ上体を沈めミサイルをやり過ごす。ややあって、背後に轟音。
改めて膝立ちの姿勢でジャイアントアサルトを構え一斉射。マガジンが空になるまで撃ち尽す。
キメラ2体消滅。ゴルゴーンに深手。ミノタウロスにも多少のダメージ。
「充分だ!」
ジャイアントアサルトを投げ捨て、立ち上がりざま地に刺した太刀を左手で逆手に引き抜く。起立の勢いを活かし、そのまま猛然とダッシュ。ゴルゴーンのお株を奪うかのような突進から、体当たり気味に逆手に持つ太刀で一閃。その動きは、騎士というより忍者をイメージさせるような鋭さであった。
ゴルゴーン、沈黙。
怒りに燃える目で、恫喝するように騎翼号を見据えるミノタウロス。怒号と共に放たれたミサイルを、騎翼号は倒したばかりで未だ非実体化していないゴルゴーンの骸を盾に身を伏せかわす。
死したりとはいえ仲間に己が兇器を振るう羽目になったミノタウロスは、怒りの咆哮を上げて突進して来た。対する狩谷は、騎翼号を立ち上がらせ大太刀を両手持ちで下段に構え待ち受ける。
と、ゾクリとする感覚。
慌てて背後を顧みれば、2体目の空中要塞スキュラの威容が見て取れた。
「くそ! 間の悪い!」
叫びつつ、狩谷は方針を転換。大太刀を突きの構えに、前方より迫るミノタウロスに真っ向突撃勝負を掛ける。
右か、左か。
どちらの豪腕を振るう?
いや、右を使わせねば。増加装甲は、左肩にしか装備していない。
微妙なステップで、狩谷は上手く間合いを詰める。丁度、ヤツの攻撃範囲に入ったその時に、ヤツが左足を踏み出しているように。
激突。
上手く間合いを合わされたミノタウロスは、案の定、左足を踏み出した体勢から身を捻り、腰を入れた右フックで騎翼号に殴りかかる。
「よしッ!」
ガッ!
左肩の展開式増加装甲が、ミノタウロスの渾身の一撃を受けて悲鳴を上げる。だが、あらかじめ想定していた、言わば打たせてやったパンチだ。狩谷としても、充分に防御の手立てを講じていた。拳の圧力に抗わず、上体を回転させて上手く衝撃を逃がしてやる。さすがに無傷とはいかなかったが、ミノタウロスの豪腕を受けたにしては被害は軽微。
そして、ダッシュから上体を捻った勢いをそのままに、右手一本に持ち替えた大太刀をカウンター気味にミノタウロスの分厚い胸板へ叩き込む。首尾良く大太刀はミノタウロスの胴を貫通し、串刺しに捕らえることに成功した。
とはいえ、相手は幻獣の中でも抜群にタフなミノタウロスだ。まだ、その命の炎は消えていない。太刀を握り続ければ、そのまま強烈なパンチの餌食になってしまう。
だが、狩谷は太刀を手放さず、太刀を引きつつ腰を落とし、ミノタウロスの身体を中心にぐるりと回転して体を入れ替える。
そこへ、目算通り。
空中要塞スキュラの放った強烈なレーザーが浴びせられた。想像を絶する光圧に、強健をもって知られるミノタウロスの体躯が圧し焼かれる。もちろん、狩谷の騎翼号はその影に隠れ大太刀一本の被害で当座の危機を乗り切ったのであるが。
「さて、ここからか」
呟きつつ、狩谷は右肩に装備した予備の超硬度大太刀をスラリと引き抜く。それから、左手にジャンプ。直後、2発目の遠距離レーザーが先刻まで騎翼号が立っていた場所を通過する。冷や汗を流しつつ、前方にジャンプ。先ほど投げ捨てたジャイアントアサルトを回収し、右にジャンプ。腰のペイロードからマガジンを取り出して交換。更に左前方にジャンプ。
慎重にタイミングを計りレーザーを悉くかわしつつそれだけのことをすると、狩谷は、ふぅ、と息をついた。
戦闘を続けていると、時折こういう時間に遭遇する。淡々と、黙々と、作業が進められるだけの静かな時間。静かではあるが、やはり死と隣り合わせで、極度の緊張を強いられる時間。それは、空虚な時間ではない。何故なら、その時間は後に続く爆発的な命の遣り取りの準備期間に過ぎないのだから。こちらが武装を整えている間に、向こうも戦力を集結し体勢を整えていることだろう。だからこそ、動き出すタイミングを見誤ってはいけない。
「行くか!」
鋭く一声上げて、狩谷はスキュラに向けて突進を開始した。
狩谷は、戦闘中よく喋る。指示を出したり、情報を伝えたりという意味ではない。独り言だ。
瀬戸口などには、何をブツクサ言ってるんだか、と笑われているし、壬生屋に到っては、気が散って迷惑です、と顔をしかめている。だが、狩谷にはその行為を止めるつもりは無かった。
別に、独語癖があるわけでもない。普段は、全く無いとは言わないが、極々人並み程度の頻度でしか独り言など漏らしてはいないはずだ。
だが、戦いの場では、別だ。
騎士は、喋れない。
騎士は、叫べない。
ただ銃を構え、剣を振るうだけ。
だから、狩谷が言葉にするのだ。
物言わぬ騎士に代り。
物言えぬ友に代り。
時に高ぶる叫びを。
時に悔恨の唸りを。
時に不敵な嘲りを。
時に悲しき呻きを。
時に雄々しき歌を。
狩谷が口にせねば、誰が述べ得るのか?
出来はすまい。誰も。翼持つ騎士の魂と触れるのは、狩谷だけに許された特権なのだから。
「行くぞ、紅蓮の騎士! 僕の翼!」
昂然と宣言し、狩谷は騎翼号を駆る。その意志に応えるが如く、騎翼号の計器がレッドゾーンを振り切って常識外の数値を叩き出す。
無謀とも思える戦いの再開。しかし、狩谷は微塵ほども負けるなどとは考えていなかった。


「スキュラ6、ミノタウロス8、ゴルゴーン8、キメラが19……信じ難い戦果です」
報告する瀬戸口は、己の声が震えていないかどうか自信が無かった。無茶苦茶だ。たった2機で、戦術指揮も誘導も無しで、どうやればこれだけの相手を殲滅できるのか。
「しかし、ガンカメラは嘘をつかない」
善行は、落ち着いた声でそう応じ、視線を二体の巨人に向ける。
蒼碧の侍士翼号には、傷一つ無い。紅蓮の騎士騎翼号も、僅かに左側面を小破したのみ。失ったものは、ジャイアントバズーカが2本と超硬度大太刀が1本、それから幾ばくかの弾薬。
掛け値無しの大勝利である。
撃破の内訳が、また凄かった。狩谷夏樹千翼長、撃破数37。速水厚志千翼長、撃破数4。敵中に突撃した者と援護を買って出た者の差はあるにしても、狩谷の戦果は速水のそれを大きく引き離している。天と地ほどの差と言ってもいい。
この日を境に、トップエースの称号は速水厚志から狩谷夏樹に引き継がれたのであった。