撤退する

翼持つ騎士と翼無き戦士 〜another end ver.2〜 
 ※第一話において加藤が選択を誤らなかった場合

常にも増して重く感じる身を車椅子に乗せ、狩谷夏樹は尚敬高校の坂を登った。努めて気にしないように自分に言い聞かせてはいるが、どうにも昨日の一件が気に掛かって仕方が無い。
加藤のお節介は今に始まったことではないし、それが彼の癇に障ることもしばしばではあった。邪な医者に騙されていたことは気の毒と言えば気の毒だが、まあ先走りした加藤に非が無いとも言い切れないだろう。
――担当医を変えてもらわなきゃな。
とりあえずはどうでもいいことを考えつつ、プレハブ校舎前へ。ふと、何かしら違和感を覚え周囲を見渡し、すぐにその原因に思い当たる。あまり面白い理由ではなかったが。
いつもならあれこれ理由をこじつけてプレハブ校舎の階段の前に待ち受けている加藤の姿が今日はない。
ただそれだけのことだ。
少し待ってみようか、という思いがチラリと脳裏を掠めるが、その必要は無い、と慌てて考えを打ち消す。だいたい、お互いどんな顔をして会えばいいのか。少し時間を置かなければ、軽はずみな失言を漏らしそうで怖かった。
たまたま速水が通りがかったので、彼に頼んで二階まで連れていってもらった。二組教室に向かう前にチラリと一組教室を覗いてみるが、やはり加藤の姿は無い。
まさか、あの雨の中突っ立っていて風邪でもひいたのか?
だとすれば、本当に馬鹿なヤツだ。そう思いつつ、二組教室に入った。
やがて、ホームルームが始まる。どうにも、加藤のことが気になって落ち着かない。
いつも通り連絡事項が伝えられる。大半は、目新しい情報ではない。最後に付け加えられた言葉を除けば。
「それから、狩谷君」
不意に話を振られた狩谷は、幾らか怪訝そうに訊き返した。
「なんでしょう?」
「君に、軍令部より出頭要請が来ています」
「出頭要請?」
身に覚えの無い狩谷は、鸚鵡返しにそう言った。
坂上は、軽く頷いて指示を与える。
「授業は結構です。すぐに、熊本駐屯地の沢村技術大尉の下へ出頭してください」
熊本駐屯地?
それに、大尉だって?
それは、自分たち学兵とは一線を隔する存在――自衛軍のために用意された場所であり、階級だった。
「はい、いいえ。待ってください。何故、自衛軍に?」
あからさまに警戒の表情で問い質す狩谷に、坂上は原稿を読み上げるような口調で答えた。
「君の足に関することです。正確に言うと、君の足を治療してくれるということです」
「治療?」
狩谷の顔が、引き攣ったように歪む。
「馬鹿な……僕の足は、もう治ることはない」
それは、昨日加藤にも言い聞かせたことだ。脊髄破損、神経断裂。自然治癒の見込みは無い。定期的な薬物投与を行わなければ、下肢の代謝さえもままならない。引き裂かれた神経幹は今も中枢神経を刺激し、特殊な経口麻酔を常用しなければ日常生活を営むことすら困難だ。
「直せますよ」
複雑な表情を浮かべる狩谷に、しかし坂上は事も無げに言葉を返した。
「最新のクローン技術をもってすればね。無論、単純ではあっても簡単なことではありませんが」
クローン技術……想像できないでもない。奇しくも、加藤に彼女の努力が無意味であることを伝えるために言った。もう一度背骨が出来ない限りは無理だ、と。逆に言えば、背骨がもう一度出来れば治療できるかもしれないということ。最新のクローン技術ならば、それは可能なのだろうか。そこまで手を加えるとなると、もはや治療と言うより修復と言った方がふさわしいのかもしれないが。
しかし、そうなるとひとつの疑問が脳裏に浮かぶ。
「何故、僕なんかのために」
素直に疑念を述べる狩谷に、坂上はいつもの全てをわかりきったような口調で答える。
「何か誤解があるようですが。別に、狩谷君個人のためにどうこうという話ではありません。クローン移植技術のモニターですよ」
「モニター?」
虚を突かれたように呟き返す狩谷に、坂上は軽く頷いた。
「そうです。例えば、熟練した兵士が戦場で大きな傷を負う。中には、再び戦場に立つことが不可能なほどの傷を負うものもいる。そうした時に、別の人間を兵士として一から鍛え上げるよりも、熟練兵を『修理』して再び戦場に送り出した方が効率がよい場合もある。時間的にも、金銭的にも、ね。少々人道からは外れるような気もしますが」
なるほど。ようやく話が見えてきた。とはいえ、素直に喜んでよいものか……要するに、人体実験をさせろ、ということではないか。
「そのための、モルモットになれ、と?」
狩谷が幾ばくかの不快感を示すことは想定していたのだろう、坂上は眉ひとつ動かさず事前に用意していたかのように回答を述べ上げる。
「そういうことです。悪く言えば、ね。しかし、技術部は狩谷君の足程度の損傷なら100%直せると断言しています。今回の要請は、より高度な実験へ進むための臨床試験への参加要請に過ぎないのです」
この際だ、気になることは全部聞いておこう。ひとつしかない身体を提供する以上、その程度の権利はあるはずだ。そう思って、狩谷は次の質問を口にした。
「何故、自衛軍の負傷兵ではなく、僕が?」
「直しやすいからでしょう。それに、狩谷君が勇名を馳せる5121小隊の隊員であることも幾らかは関係しているでしょうね」
坂上は少しだけ眉をひそめて続けた。彼としても、軍技術部の身勝手な理由で生徒の大事を左右されるのは気に食わないのだろうか。
「結局、今回の臨床試験は中央高官へのデモンストレーション的側面が強いのですよ。だからこそ、有名小隊の軽度負傷者である狩谷君は実に望ましい被験者ということになります」
下半身不随を軽度負傷と言って良いものかどうか。まあ、医者や一般の見立てとクローン技術者のそれとでは、基準が異なっても不思議ではないのだが。
「我々にとっても喜ばしいことです。有能な兵士のハンディキャップが無くなるということは、ね。無論、心情的なものもありますが」
それを最後に、教室が静まり返る。皆、何と言ってよいものか判断を付けかねていた。何を言っても、要請がある以上熊本駐屯地に出向かないわけにはいかないのだが。狩谷本人は、どう思っているのか。クラスメートの関心は、そこにあった。
幾つかの表情をめまぐるしく浮かべてから、狩谷は深いため息をついて答えた。
「……わかりました」
加藤は、この話を聞けば何と言うだろう?
あるいは、これも加藤の差し金なのか……いや、いくら加藤でも、自衛軍まで動かすことは出来ないだろう。嫌な仮定になるが、たとえ彼女が貞操を差し出したとしても、軍までも動かすことは出来ない。そう考えるのが妥当だ。
ふと、狩谷はこの治療を加藤に今教えてやれないことを残念に思っている自分に気付き、心の中で苦笑した。
――まあ、色々と当り散らしてしまったからな。
だから、気になるのだろう。そう誤魔化して、狩谷はさして多くもない手荷物をまとめた。
自分を誤魔化していることがわかるのが、非常に腹立たしい。もう少し、単純で愚かになれないものだろうか。


昼休み。
5121小隊は、狩谷の話題で持ち切りだった。当然と言えば当然だ。仲間内から、形はどうあれ最新鋭のクローン技術に関わる者が出るなどと言うことは、そうあることではない。それが絶望的と思われていた仲間の念願を叶えるものであれば、尚更大きな話題となる。つい先日滝川陽平十翼長を突然の心臓発作で失い重苦しい雰囲気であった小隊にもたらされた、久し振りの明るい話題であったことも関係していたのかもしれない。
もっとも、何事にも例外というものはある。
その例外に気付いた若宮は話の輪から離れ、何事か考え込んでいる風の善行委員長に声をかけた。
「いや、しかし最近のクローン技術の進歩というのは、凄いものですな」
当り障りのないよう、軽く話題を振ってみる。
善行は、チラリ、と若宮に視線を走らせてから、すぐに左手で眼鏡を押し上げ視線を隠した。
「そうですね。今に、我々は死者すらも甦らせる術を手に入れるのかもしれません」
そう答えてから、苦笑を浮かべつつ付け加える。
「あまり、ぞっとしない未来予測ですが」
森やヨーコといった面々と話の輪に加わりつつも、耳聡くその言葉を聞きつけた原は、秀麗な眉を少しだけ引き攣らせた。だが、それも一瞬のことで、すぐににこやかな笑顔を取り繕って、あれこれと話に花を咲かせる。
横手から投げ掛けられるもの問いたげな善行の視線は、キッチリと無視。下手をすれば自分の命を危険に晒しかねない情報を漏らす気にはなれなかったし、そうでなくとも今更あの男に何を教えてやる義理も無い。
しばらく無駄話に精を出した後、昼食に向かう皆の列から離れ尚敬高校の校舎へと足を向けた。恐らく、彼女と二人きりで話をしたい人間がいるはずだったから。
「余計なことは、言わなかったようですね」
案の定と言うべきか、影から現れた坂上に、原は引き攣った笑みを浮かべて答えた。
「言ってどうなるわけでもありませんから」
坂上は、一切の感情を表すことなく頷く。
「結構。より安全を期すために、全て忘れておくことをお勧めしますよ」
原とて、命は惜しい。意地が無いわけでもないが、こんなところで意地を張っても無意味だ。怪しまれぬよう、危ぶまれぬよう、適度に聡く適度に間抜けを装い、適当に尻尾を振っておいた方が遥かに良い。たとえ、こちらがそう考えていることを悟られているかもしれないとしても。
「ええ。何のことを言いわれているのか、さっぱり見当もつかないわ」
愛想笑いを浮かべて答える原に、坂上も失笑を漏らしつつ相槌をうつ。
「そうですね。私も、何を話していたのか……歳はとりたくないものです」
「あら?それは私へのあてつけですか。確かに、女生徒の中では最高齢ですけど」
「まさか。十分若くてお美しいですよ。……それに、聡明だ」
少しだけ、サングラスに隠された坂上の視線が鋭さを増したように思えるのは気のせいか。原は、生真面目とも仏頂面ともとれる微妙な表情を浮かべて謝辞を述べた。
「ありがとうございます」
「いえ。では、私は午後の授業の用意がありますので」
そう告げて職員室へと消えていく坂上を見送り、原は深いため息をついた。余計なことを知っている身とは、かくも疲れるものなのか。
沢村大尉。原の記憶に間違いが無ければ、士魂号開発チームのスーパーバイザーを務めていた男の一人。
果たして狩谷が無事に戻ってくるのかどうか、原にはそれすらも疑わしく思えてならなかった。


深い眠り――意識を失うことを眠りと称するのであれば、だが――に落ちた狩谷が、目の前に横たわっている。今は感情を浮かべることも出来ないはずだが、その顔はいつも通りの神経質そうな表情に見えた。
多分、そういう顔を見ていることが多かったからだろう。特に、間近で見る狩谷の顔は、いつも不機嫌そうだった。綻ぶような笑顔は、もうずっと昔に、遠く離れた場所からしか見たことはない。
――でも、ウチは知っとる。なっちゃん、本当は、あんなに眩しい笑顔を持っとるんや。
この手術が終わった時、狩谷は笑顔を取り戻してくれるであろうか。加藤には、今やそれだけが気に掛かる問題であった。
自分のことは、もう諦めが付いている。沢村は――彼自身が教えてくれたことだが――村の一字を芝村から拝領した男だ。加藤の命を要求してきた以上、温情など期待できまい。
「気になるかね?」
いつの間にそこにいたのか、背後から沢村の声が聞こえた。
「そらまあ、命賭けとるさかい、気にもなりますわ」
そこまで答えてから振り向き、加藤は尋ねる。
「何か、用でっか?」
軽く皮肉げな笑みを浮かべて、沢村は頷いた。
「最後通告だ。そろそろ、骨格培養が終わる。それから移植に三時間、接合処理に六時間。下肢筋肉の強制賦活処理に六時間。半日余りで狩谷夏樹の修復処置は終了する。同時に、君への死刑宣告は取消すことができなくなる」
「それで?」
明らかに作り物だとわかる余裕の表情で応じる加藤を見詰め、沢村はしばし言葉を捜す。だが、そもそもありもしないものを見つけきれるほど器用でもない。
「……それだけだ」
今更、何をどう言葉にしたところで無意味だ。
加藤と狩谷の関係について、沢村は詳しく知っているわけではなかった。だが、両の足と命とを天秤に掛ける、その行為自体に狂的なものを感じずにはいられない。
多寡が下半身不随。ハンディキャップを背負う本人にとっては、多寡が、などという軽い問題ではないことは理解しているつもりだが、それでも敢えて、多寡が下半身不随、と言おう。そのために、何故命まで投げ出せるのか。
狩谷がこの事実を知れば、彼は動かぬ足よりも重いハンディキャップを背負うことになろう。心に。そうなれば、もはや処置の施しようが無い。加藤は、それをわかっているのか。
詮無きこと。私は、芝村だ。少なくとも、半分は。芝村であることを望まれ、芝村であることを誇り、芝村として振舞う。半分だけは。この身と、技術は売った。魂は、渡していない。まだ。
いっそ、御破算にするか――
深くため息を吐き、沢村は思考を打ち消した。加藤自身が選択したことだ。己の務めは、わかっている。結局、芝村であるということは青に染まりきってしまうことに他ならないのか。
「休みたまえ。どのみち、処置中は何も見せることは出来ない」
聞き入れてもらえるはずの無い忠告を口にして、沢村は踵を返した。移植処理の準備をしなければならなかったし、その前に精神を落ち着けておきたかった。
せめて、確実に狩谷を直すことが、沢村に許された最大限の誠意なのだから。


一日前。
これほど晴れやかな笑みを浮かべる狩谷を想像できただろうか。脳裏にあったのは、セピア色に褪せた朧げな記憶だけ。久し振りに、本当に久し振りに見る狩谷の笑顔は、記憶よりもずっと鮮やかだった。
5121小隊配属以来、密やかに描き続けたビジョン。それは今、現実となった。マジックミラー越しにではあるが、それが今、現実に存在している。
望み通り。望んだ通りの結末。思った通りの笑顔。
加藤は、目尻に浮かぶ涙を堪えきれなかった。よかった、本当に。
たったひとつ、思い通りにいかないことはあるけれど。
元より期待はしていなかったが、狩谷に直接会うことは許されなかった。能面のように表情を隠した沢村は、最大限の誠意、と称して加藤をこの部屋に連れて来た。防音壁に囲まれた、薄暗く狭い部屋だ。まるで、かつて狩谷を遠くから眺めるだけだった頃の加藤のように。
食い入るように狩谷の姿を見詰める加藤に、沢村は抑揚の無い押し殺した声で別れの時を告げた。

「そろそろいいかね?」
「……」
たっぷり十数秒、加藤は瞑目した。これから待ち受けるのは、およそ尋常の死ではあるまい。ならば、死出の走馬灯は先に済ませておくべきだと思ったからだ。

だが、脳裏に浮かぶ景色は止めど無く、尽きることを知らない。いつしか、加藤の肩は小刻みに震えていた。
「……イヤや。納得いかん」
ボソボソと、だがきっぱりと、加藤は拒絶を示した。沢村は無表情な仮面を被ったまま、ピクリと眉を震わせる。
「今更、命乞いは聞けない」
「しゃあないやろ」
グッと噛み締めるように呟いてから、加藤は目尻に僅かな涙を浮かべつつ、突然烈火の如く捲くし立てた。
「しゃあないやんか!納得いかんのや!」
隣室の狩谷が、ふと気付いたようにこちらを向くのを沢村の瞳が捉える。まさか、三重積層の防音壁とマジックミラーを貫いて、こちらの姿を認知したとでも言うのか。
疑念に目を剥く沢村の様子などお構いなしに、加藤は彼の襟首を掴んで詰め寄る。
「何で、人並みに幸せになるんに、条件が付くん?」
狩谷の視線が、こちらを向いている。こちらを見詰めながら、同室する技術士官に何事か語り掛けているようだ。やはり、気付いたのか?
「せめて一目会うてもいいやん!」
加藤の、怒りと懇願がない交ぜになった声が響く。
まさか、それを聞きとがめたわけでもなかろうが、狩谷は今や完全にこちらを睨み付けていた。彼の背後に、表情は少ないながらも困惑した様子の部下が見える。恐らく、彼に狩谷を言いくるめることなど出来はすまい。沢村の部下は、そのような器用な判断と行動が出来るようには造られていなかった。
諦めたように、沢村はため息を吐く。まったく、この娘に関わって以来、やたらため息ばかりが多い。
何かを振り払うようにかぶりを振り、沢村は加藤を引き剥がして踵を返した。
「来たまえ」
「どこにやっ!?」
「……狩谷君に会いたくないなら、来なくてもいい」
怜悧な瞳で一瞥を投げ掛け、沢村はさっさと歩き始めた。加藤は、瞬時呆けたような表情で動きを止めたが、言葉の意味を理解すると、慌てて沢村の後を追う。
幾つかの扉をくぐって、先刻まで鏡越しに眺めていた部屋へ。
沢村の部下と押し問答していた狩谷は、突然の来客に呆気に取られた様子で呟いた。
「加藤……お前?」
堪えきれず頬を濡らし、加藤が狩谷に飛びつく。狩谷は、避けずに彼女を抱きとめた。
「堪忍な、なっちゃん。堪忍や。ウチなぁ……」
堰を切ったように繰言を呟く加藤を眺め、沢村は少しだけ疲れた様子で告げた。
「私の負けだ」
沢村は、ともかく狩谷と部下に退席を促す。
彼らが去るのを待ってから、沢村は加藤に向き直り、少しだけ重々しく言った。
「加藤祭、君には非常に興味深い特異な才覚がある。その才覚、失うには惜しい……私の手駒として、働いてもらう」
しばし呆然としてから、加藤は漸く事態を理解したかのように、恐る恐る訊き返す。
「アンタ、芝村とちゃうん?こないなことして、その……」
この男は、命をよこせ、と言ったはずなのに。芝村が比喩的な表現など使うとは思えない。ならば、自分の命もここまでと思っていたのに。もし沢村が芝村としての約束を違えることになるとすれば、それは彼にとって甚だ重大な不利益となるはずなのだが。
「今更、何を」
苦笑を浮かべつつ、沢村は肩をすくめた。
「私は、私の負けだ、と言った。芝村に負けは無いのにな。結局、私は半端者なのさ」
「えらいすんまへん。結局、ウチは……」
恐縮する加藤の言葉を遮り、沢村は少しだけ冷たさを含ませた視線を送る。
「先行投資と思っておく」
さて、この娘はどれほど頼りになるだろうか。
このような処置を取った以上、影に日向に芝村と事を構える覚悟は当然要るだろう。それを思えば、手札はあまりに少ない。
「存分に働いてもらうぞ。多少後ろ暗い仕事もあるかもしれんが」
まあ、いいだろう。どのみち、生涯を芝村に囲われるだけの未来にはうんざりしていた。命を弄ぶその淵から生まれ、命を蔑ろにすることによって繋ぎ止めるだけの命。ここらで、反旗を翻してみるのも悪くない。
そう心に決めると、沢村はずいぶんと久し振りに胸のすく思いがした。色々と手は打たねばならないし、考えることは山ほどあるが。
とりあえずは、加藤に指示をだすとするか。
「それと、最初の命令だ」
重々しい口調で、そう告げる。それから、少しだけ悪戯じみた笑みを浮かべて指令を与えた。
「狩谷夏樹のハートを射止めて来い。然る後に、君同様私の手許に置く。彼の才覚は、埋もれさせるには惜しい」
何を求められるのかと緊張していた加藤は、少し力が抜けるのを感じつつも、彼女本来の元気に溢れた笑顔で頷いた。
「OKや。バッチリ掴んできたるさかい、吉報を待っといてや!」
善は急げとばかりに、加藤はつい先ほど退席した狩谷を追って駆け出していった。
「さて」
微かな笑みを浮かべつつそれを見送った沢村は、芝居じみた口調で可笑しそうに呟いた。
「第五世代の出来損ない、第六世代の失敗作、プロトヘクサの反抗だ……存外見物かもしれんよ、芝村殿」


「そろそろいいかね?」の文の後に選択肢を想定。
「A.……ええですよ。もう」を選んだ場合本編へ進む。
「B.……イヤや。納得いかん」を選んだ場合は、
青字のハッピーエンド(?)に分岐。
あまり真面目に書く気は無かったパターンなので、表現はいつもに増していいかげん。
このパターンだと、オリジナルキャラがカッコよすぎなのも気に食わない。