撤退する

きらきらひかる

「ふぇぇ、きれいなくんしょうだねぇ」
クリクリと大きな瞳をパチクリとしばたかせながら胸元を覗き込むののみに、若宮は、ハハハ、と軽く――音量自体はえらく大きいが、調子としては軽く――笑い、己の胸から勲章を外しののみの手に持たせた。そうしなければ、彼女は爪先立ちで若宮を見上げるという酷くバランスの悪い体勢をとりつづけるような気がしたから。
「きれいだねぇ。おほしさまみたいなのよ」
小さな掌の中で、ピカピカに磨かれた銀の勲章が踊る。
「ははっ。それは星じゃない。剣だ。闇を払う銀の剣。銀剣突撃章って言うんだぞ」
若宮はそう注釈を入れ、困ったように苦笑してみせた。が、瞳は柔らかなやさしい色をたたえている。若宮というのは、そういう男だ。
「えっとね、それってすごいくんしょうなの?」
「まあ、誰でもが貰えるもんじゃないけどな」
無邪気に問うののみに、若宮は少々歯切れ悪く答える。いざとなれば共に戦場を駆ける者とはいえ、この小さなお姫様にどう説明したものか。俺は抜群に殺してきたんだ、とでも言えというのか。
誰よりも当の本人があまり信頼を置いていない頭を悩ませているところへ、タイミングよく瀬戸口が声をかけてきた。軽薄なようでいて、こういう場面には気の利く男だ。
「しかし、お前さんシルバーソードなんか持ってたのか」
「まあ、他人のものじゃないのは確かだがな」
少々複雑な表情で、若宮は言い淀む。こちらにはこちらで、どう言ったものか。
「なんでまた、今日に限って?」
いかにも興味本位という口振りで尋ねる瀬戸口。
ふぅむ、とひとつ唸り、若宮は返すべき言葉を探した。
この銀剣突撃は、よくある類の、しかしあまり思い出したくは無い、さりとて忘れるわけにもいかない、ささやかな記憶だったから。
士魂号M型ならばいざ知らず、スカウトが銀剣突撃を得る機会など、そうあるものではない。
しかし、それが有り得ぬことではないのも事実。それが可能になる現実が、一年前確かに存在した。
この世の地獄、と言われた八代会戦。生還率四割を切る、歴史的な大敗北。
意味が無かったわけではない。大陸を席巻し壱岐・対馬・長崎を瞬く間に飲み込んだ幻獣勢力の勢いを止め、どうにか戦いを膠着状態にまで持ち込んだ。あの戦いが無ければ、戦場は本州に移っていたことだろう。
もっとも、そのおかげで彼らは今ここにいるわけだ。
ウォードレスの配備が足りずBDUにフリッツヘルムという出で立ちでなおも突撃を敢行した悲壮な兵士たちを、九州有数の豊かな緑と数多の将兵を諸共に幻獣を呑み込んだおぞましき生物兵器を、どうやって説明したものか。
ううむ、やはり俺は頭を使うのは苦手だ。気を使うのは、もっと苦手だ。軍人に向ける言葉ならば幾らでも知っているが、友人に語る言葉というのはどうにも難しい。
思い悩んでいるところに、不意にののみの歌声が耳を衝いた。
「きーらーきーらーひーかーるー、えっと……えへへ、なんだっけ?」
どうやら、勇戦の証であるシルバーソードも、ののみの中ではすっかり「お星様」になってしまったようだ。歌詞を忘れたのか誤魔化し笑いを浮かべているののみを見ていると、何だかどうでもいいことを悩んでいたように思えてくる。
「まあ、色々あったんだ」
自然に浮かぶ笑みをそのままに、若宮はそれだけ答えた。
それでいいような気がした。
いつの間にそこにいたのか、来須の手がスッと伸びののみが持つ銀剣突撃章を取り上げる。来須は、きょとん、とするののみにチラリと柔らかな視線を送ってから、すぐに若宮に向き直り勲章を投げてよこした。
「……仕事だ。行くぞ」
若宮は、左手でそれを受け取り軽く頷く。
「そうだな。頑張るとするか」
戦士には戦士の言葉がある。沈黙も、また言葉。
守るだけだ。俺の手の届くところにある、確かに未来を体現するものを。
きらきら光る、銀の勲章にかけて。
「やれやれ。それじゃ、俺たちもお仕事にしますか」
いかにも面倒そうに伸びをしつつ促す瀬戸口に、ののみがいつも通りの元気な声で応えた。
「うん!ののみ、がんばるのよ」


廃棄理由は「テーマが明確ではない」の一言に尽きます。
デフォルトで銀剣突撃持ってる若宮って、何気にスゴイんではなかろうか?
という発想から出発したんですが、行き着く先がなかったという……ダメじゃん。(笑)