撤退する

それが世界の選択だりゅん
りゅんってなんだ! りゅんってーーーっ!?」

 

高機動幻覚 ガンパレード・センチ

 

速水厚志は恐怖する。
なぜか。
ある日、彼の机に綺麗に折りたたまれた一通の手紙があったからである。
まあ、そこまでならよくあることだ。
覚醒からこっち、愛の伝道師こと瀬戸口をして「ある意味師を超えた」と言わせしめる速水である。
なんか、変な方向に覚醒してしまっているようだが。
やれやれ、またか、とばかりに髪を掻き揚げ手紙に目を通す。
そこには、たった一言、こう書かれていた。

『あなたに会いたい』

たった一言、それだけが書かれた手紙に、差出人の名は無い。
反復するが。
速水厚志は恐怖する。
なんてったって、思い当たるフシがありすぎるのだ。
本家本元もかくやってなくらいに。
「思い当たるフシ」が全国津々浦々に飛び散っている本家と、一戦車小隊内部に寿司詰になっている速水と、どちらがよりマシか――いや、それはこの際どうでもいい。
確実に言えることは。
「命に関わる……よね、やっぱり」
力無く、それでもぼややんな感じの引き攣った笑みを浮かべる速水。
なんせ、時は戦争中、所は実戦部隊である。
まして、5121小隊の過激な仲間たちが相手となれば、無言電話どころでは済まない。
切なさ炸裂=生命の危機。
そういう意味では、本家よりも確実に厳しいと断言できる。
かくして、速水厚志の決死の送付主探索は始まるのであった。



とりあえず、速水は最も危険であろう人物の元へと足を運んだ。
ヤバイ順に潰していかなければ、精神衛生上よろしくないのはもちろんのこと、生命保護の上でもより大きな危険を放置することになる。
ちなみに、最もヤバイ相手とは、言うまでも無く芝村舞である。
なにしろ、相手は芝村だ。
その気になれば闇から闇へと葬り去られる可能性大。
いや、そんな回りくどいコトしなくても、戦闘中に後部座席からズドンと一発で終わってしまう。
あまり考えたくない未来予測に身震いしつつ、速水は舞を探すことにした。恐らく、この時間ならハンガーで機体調整でもやっているはずなんだが。
ハンガー二階に足を向けると、期待に違わず芝村舞がいた。あり難い事に、近くには他の人物はいないようである。
「や、やあ、舞」
とりあえず、そう声をかけてみる。場合が場合だけに、ちょっと上擦った感じになっていたかもしれない。
舞は、声をかけられて始めて速水の存在に気付いたように、僅かばかりの驚きを覗かせつつ振りかえった。
「厚志か。何か用か?」
「いや、その……」
さて、どう切り出したものか。
次の言葉を模索する速水に、舞は少々苛立ち気味に重ねて問う。
「ハッキリしろ」
「その……会いたかった?」
速水君、ストレート過ぎ。
舞は、ちょっと顔を赤らめつつも答える。
「な、なぬを……いや、まあ丁度良いといえば丁度良い。調整のサポートが欲しいところであったからな」
「いや、ちょっと僕、用事があって」
その様子を見て、どうやら手紙の主は舞ではないという判断を下した速水は、これ以上の長居は無用と申し出を丁重に辞退した。
「そうか……ならば致し方なかろう」
「じゃ、じゃあ、これで」
残念そうな舞を余所に、そそくさと退場する速水厚志。
その様子に、不審を感じるなと言う方が無理であろう。まして、ここにいるのは芝村だ。
「……厚志め、何を隠している?」
調べてみるか、と舞はポケットから前時代的なイヤホンを取り出した。そんなケッタイな代物使わなくても多目的結晶で代用が効きそうなものだが、やはり、芝村たるもの小道具にもこだわりを持ちたい。
つまり、盗聴機からの通信は安っぽいイヤホン付き受信機で受けるものと相場が決まっているのだ。
速水厚志は、この時点で気付いておくべきだった。己が制服に盗聴機(シバムラ謹製)が取りつけられていることに。
ああ、だが神ならぬ身の儚さよ、速水厚志は既に次の行動に移ってしまった。
彼の過酷な運命は、この時点で既に決定していたと言うべきであろう。




以下、速水は「怒らせるとヤバイ人ランキングinハヤミライブラリ1999年版」に従い、危ない順に次々とカマをかけて回った。

二番目は、言うまでも無く原素子主任。
なにしろ、小隊内では「神様おねぇ様素子様」と畏敬の念――主に畏――をもって遇せられる人物だ。
大奥に喩えればお局様当確。いろんな意味で。
その上、刃物の扱いに長けているともっぱらの評判である。
やはり、後ろからグサリと一撃で終わってしまうような気がする。
(気のせいじゃありません)
結果、幸か不幸か、空振り。

三番手は壬生屋未央。
類稀な剣の腕もさる事ながら、暴走すれば止まらない、ブレーキの壊れたダンプカー並の妄想回路が厄介な相手である。
これまた空振り。

四人目。格闘戦最強の誉れも高き、田代香織。
空振り。

五人目は魔術――主として呪い――のオーソリティーである石津萌。
空振り

六人目。怒らせると精神的、社会的ダメージがデカそうな新井木勇美だ。
空振り。

七人目。思い込んだら試練の道を行きかねない一途女森精華。ある意味、ヤバい相手かもしれない。
空振り。

八人目。部隊の台所を預かる加藤祭。下手に怒らせて自分の周りだけ補給が滞ったらシャレにならない。
でも空振り。

九人目。太陽の娘小杉ヨーコ。まさか、あの明るいヨーコさんがという気もするが。
やっぱり空振り

十人目。田辺真紀。おっとりしてはいるが、貧乏神あたりを焚き付けられそうで、それはそれで怖い相手だ。
空振り。

十一人目。東原ののみ。いやまさか、あの天使のようなののちゃんが……しかし、ののみなら「お名前書き忘れたの〜」とかいう事情でも不思議ではないが。
だけどやっぱり空振り。



果ては本田教官とか芳野先生とか、まさかまさかの茜大介とかにまで声をかけて回った挙句、どれもこれも空振りだった。
では、いったい誰が?
まさかとは思うが、正解を引当ながら気付かなかったか?
いや、しかし――
「厚志……」
ああでもないこうでもないと考えあぐねていた速水の前に立ち塞がったのは、誰あろう最も危険な相手芝村舞であった。しかも、かなりご立腹の模様。
「ま、舞!?」
舞は、ジャリっと地面を踏み締めて一歩詰め寄る。
「さて、聞かせてもらおうか。いったい、今日一日何をやっていた?ずいぶんと女に声をかけて回っていたようだが」
何故それを、と訊きたくないでもなかったが、迫力に圧された速水は思わず半歩退きながら、とりあえず弁解の言葉を捜した。
「と、となりの塀に囲いができたってねぇ」
毎度思うことだが、お前ら他にごまかし方知らんのか?
「それで?」
舞姫、冷たい視線。当たり前って気もする。
が、天の助けか悪魔の声か、折り良く警報が鳴り響く。
「あ、V1コールだ!ほ、ほら舞、早くしないと!」
わざとらしく慌てて見せる速水厚志。
もの問いたげな冷たい視線でしばし睨みつけた後、舞は厳かに言った。
「……わかった」
ほっ。
速水厚志、大いに胸を撫で下ろす。後々フォローがいるかもしれないが、とりあえず最悪の事態だけは避けられたようである。
しかし、速水厚志は今一歩考えを進めておくべきだった。
舞の言った「わかった」とは、お前の言い分はわかった、という意味では、決して無かったのである。



天草戦区の幻獣は、それなりの戦力を誇っていた。
スキュラこそ出てないものの、ミノタウロスやらゴルゴーンやらがウジャウジャいる。ゴブリンとかヒトウバンの類は、影も形も見えない。
これは、ちょっと苦戦するかも――
速水がそう思っていたところへ、突如後部座席の舞が歌を口ずさみ始める。

その声、あくまで厳かに。
さながら神前に祈りを捧ぐ巫女のごとく。
あるいは王侯に忠誠を誓う騎士のごとく。
舞は、朗々と、謳い上げる。


舞「その心は闇で踊る太極拳 切なさと悲しみの海から生まれでて
  転校生の作った血の絆で 涙で編んだ鎖を引き
  切なさで鍛えられた軍刀を振るう
  どこかの誰かの未来のために 地に切なさを 知らない町を歩こう
  われらは そう 戦うために生まれてきた」

全員が切なさMAX状態になった!
「……うそ」
速水君、茫然自失。
どうやら舞姫の「わかった」、そっちがその気ならこちらにも考えがある、という意味の「わかった」だったらしい。

舞「それは子供のころに聞いた話 誰もが笑うおとぎ話
  でも私は笑わない 耳元でそっとっさやいた また会おうねを今も覚えてるから
  はるかなる未来への階段を駆け上がる あなたの瞳を知っている」

暗闇を背景に怪しげな踊りを披露する士魂号複座型。
模範演舞よりある意味すごい。日頃の整備と訓練の賜物であろうか。
嫌な賜物もあったもんだが。

瀬戸口「今なら私は信じられる あなたの作る未来が見える」
ののみ「風を集めて両手広げて 私も一緒に駆け上がろう」

踊る、踊る、士魂号が踊る。
指揮官が踊り、後方に控える整備員たちも踊る。
スカウトが踊り、共同参戦の友軍も踊る。
もののついでに幻獣も踊る。
これが世に言う絢爛舞踏か。
なんか違う。
確かに死ぐらい平気で呼びそうだが。

全員(速水除く)「幾千万のあなたと私で 切なさの扉を開けよう
        どこかの誰かの未来のために センチを歌おう
        そうよ未来はいつだって 切なさとともにある
        ガンパレード・センチ ガンパレード・センチ……」

いつしか降りしきる雨の中、雫に打たれてポーズを決める。
もうみんな、戦闘はどうでもいいのかもしれない。
幻獣も含めて。

善行「オール!ハンデットガンパレード!
   オール!ハンデットガンパレード!
   切なさ炸裂! たとえ他人が全滅しようとも
   この戦争、最後の最後にあなたと私の想い出イベントひとつ残らず見れば我々の勝利だ!
   切なさ炸裂! どこかの誰かの未来のために!」

風を受けつつ踊りは続く。
天まで届けと踊りは続く。
震える速水を置き去りに。
切なさ響けと踊りは続く。

舞「そうよ未来はいつだって 切なさとともにある
  私は今一人じゃない いつどこにあろうと ともに歌う仲間がいる
  死すらも超えるセンチを歌おう 時をも超えるセンチを歌おう
  ガンパレード・センチ ガンパレード・センチ……」

横たわり、眼鏡をずらして決めポーズ。
だけどどうして、何故善行?
田辺じゃなくて、何故善行?
狩谷がいいのに、何故善行?
色とりどりの靴下が散乱するイメージが広がり、速水厚志の意識はフェードアウトしていった。
どうせ明日は切なさ潰しに駆け回ることになるのだ。
今は、おやすみ。
夢、それは夢、夢……だったらいいのに。
たとえ悪夢でも。






一方そのころ。

映「はぁ……あいたいなぁ。でも出撃中なんだよね。魔法使いくぅ〜ん」

件の手紙の差出人は、尚敬高校で暇を持て余していた。


おまけ

数日後。
何とか切なさ潰しに成功した速水厚志は、困り果てていた。
切なさMAX状態で声をかけまくったおかげで、5121の面々の対速水愛情評価が悉く大幅アップしたためである。
争奪戦をよけて回るだけでも一苦労、昼時ともなれば誰も彼もが駆け寄ってきては。
「ハイ、お弁当」
「ハイ、お弁当」
「ハイ、手作りクッキー」
「昼でも食べてリキつけへん?」
来須は来須の弁当を投げてよこした。
「おら、シュークリームやるよ」
……ほとほと、困り果てていた。
「う、うちの田舎雑炊を……」
森さん、昼から結構ヘヴィ。
「ハイ、お漬物。一応手作りなのよ」
ニコニコ笑顔の原主任。実はこの顔、一番怖い。
「さすがです原先輩……お漬物なんていう年季の要るもの、私にはとても」
「年季?」
原主任笑顔のままで、反復呼称。但し額に青筋ひとつ。
逆鱗をそっとひと撫でしてしまったことに、すぐさま気付く森精華。伊達に長い付き合いやってない。
ここはフォローが必要と、必死の思いで言葉を手繰る。
「あ、いえ、漬物は愛情です!微妙な感覚を試行錯誤で磨き抜いて食べる人と味と旬と健康と愛しさと切なさと心強さと一朝一夕に出来るものではなく今日が駄目ならまた明日明日が駄目ならその明日季節の移り変わりと共に移ろう匙加減は若いモンでは……あ」
精華ちゃん必死過ぎて自爆。逆鱗ひっぺがしちゃったカンジ?
原素子、女歴二十ン年、ひどく恐ろしい笑顔のまま、無言で森の田舎雑炊を取り上げる。
「若宮君」
「はっ!ただいま!」
皆まで言われずとも意図を察した従者若宮、全員が集う場所――要するに速水の机――にコンロを設置。その顔は、恐怖に凍り付いている。
コンロに田舎雑炊(森謹製)の鍋を置き、着火。
無言で周囲を見据えれば、全員抗う術も無く弁当他を差し出す。
その様子に少しだけ満足げに頷き、原は静かに歌を口ずさみ始める。

その声、あくまで厳かに。
さながら神前に祈りを捧ぐ巫女のごとく。
あるいは王侯に忠誠を誓う騎士のごとく。
原は、朗々と、謳い上げる。

原「その料理は闇で作る禁の鍋 絶望と悲しみの海から生まれでて
  戦友達の作った調理場で 「何か」で編んだ腐りを轢き
  怪しさで鍛えられた包丁を振るう
  どこかの誰かの食事のために 地にコンロを 天に鍋を取り戻そう
  われらは そう 食するために生まれてきた」

全員の食事が白昼闇鍋状態になった!

原「それは子供のころに聞いた料理 誰もが笑う脅し料理
  でも私は笑わない 私は信じられる あなたの横で今作っているから
  はるかなる黄泉路への階段を駆け下りる あなたの瞳を知っている」

次々と、投入されるお弁当。
クッキーとかシュークリームとか、極めて絶望的なものまで投入されているのが闇鍋テイストだ。

瀬戸口「今なら私は信じられる あなたの作る料理が見える」

瀬戸口、半泣きながらも律儀に唱和。ここで逆らうと、更に怖いことになる。
何か目が赤い気がするのは、彼なりの防衛本能であろうか。

ののみ「あなたの差し出す箸を持って 私も一緒に食べ尽くそう」

ののみ全泣き。それでも差し出されるお箸と器を突き返す勇気は無い。

全員「幾千万のあなたと私で この料理を食べましょう
   どこかの誰かの食事のために ランチを食べよう
   そうよ未来はいつだって このランチとともにある
   ガンパレード・ランチ ガンパレード・ランチ」

総員、片手に割り箸、片手に取り皿、唇に痙攣、心に遺言を。
ああ、ああ、ああ、あああ。
まさにサムライ。

善行「オール!ハンデットガンパレード!
   オール!ハンデットガンパレード!
   全員完食! たとえ胃液が逆流しようとも
   この料理、嫌でも駄目でもひと箸つけたものを食べるのが我々の流儀だ!
   全員完食! どこかの誰かの食事のために!」

善行、泣きながら(元)シュークリーム(雑炊味)を頬張る。

原「そうよ未来はいつだって このランチとともにある
  私は今一人じゃない いつどこにあろうと ともに食べる仲間がいる
  死すらも見えるランチを食べよう 時々食えるランチを食べよう
  ガンパレード・ランチ ガンパレード・ランチ」

その日の午後よりしばらくの間、5121小隊はその機能を停止した。
加藤がくしゃみをすれば小隊が風邪をひき、原の怒りを買えば小隊が不治の病に掛かる、とは後の語り草であるとか。


闇鍋はやめましょう。食材がもったいないから。あと、塩サバと安売りのゴムみたいなステーキ肉を一緒に煮てはいけません。つーか、せめて煮て食う食材入れんかい。(笑)