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告げられた真実

不思議な色彩だった。
そして、不思議な光景だった。
七角のペンダントは、不出来な絵の具をこぼしたような不気味な赤さに染まる夕陽の存在を無視するかのように、キラリと薄紫の輝きを見せている。あたかも、光源が陽の光とは別のところにあるかのように、鮮やかな紫が浮かんでいる――それ以前に、ペンダント自体が浮いている時点で、尋常の出来事ではなかったが。
俺は、熱に浮かされたようにフラフラと、その煌きに触れようと手を伸ばす。
だが。
「先輩! 駄目です!」
金切り声を上げる天羽に腕を掴まれ、ハッと我に返る。
今、俺は何をしていた?
酷く危険な真似をしようとしていなかったか?
そうだ、七角ペンダント!
あれは、いったい?
弾かれるように視線を前に向ける。
それを待っていたかのように、七角ペンダントはキラリと紫の輝きを残し、窓に向かって跳ねた。
「!」
ガラスが砕けるかと身構えるが、予想に反して何事も起こらない。
どういう原理かわからないが、七角ペンダントは窓ガラスに吸い込まれるかのように、痕跡も無く消え失せていた。
「なん、だ? あれは……」
呆然と呟きつつ、俺は目の前で起きた現象を反芻する。
しかし、幾ら考えたところで合理的な説明など付きそうにもない。
だからというわけではないが、俺はすんでのところで俺を引き止めてくれた相手に尋ねた。
「天羽、あれはいったい?」
天羽が俺よりもこの怪奇現象に詳しいという保証はない。
だが、あの時確かに天羽は俺を止めた。
ためらい無く、まるで、あれが酷く危険なものであることを知っていたかのように。
「そ、それは……」
言い淀む天羽。
その態度は、俺の疑念を半ば肯定していた。
問い詰める、というのではないが、こうなると天羽が知っている限りのことを教えてもらいたい。
そう思い、再び口を開きかけたところへ、深刻な表情の上岡が声をかけてきた。
「先輩、大丈夫でしたか?」
「あ? ああ、たぶんな」
間の抜けた答えを返し、俺は上岡に向き直った。
そうだ。
あんな信じ難いものを見せ付けられた割に、上岡たちの反応も妙ではなかったか?
「上岡、あれは――七角ペンダントってのは、何なんだ? お前は、何か知っているような様子だが」
問い掛ければ、上岡は気難しげに溜息をつき、視線を逸らす。星原は辛そうに俯き、天羽はきつく唇を結んでやはり俺と目を合わせようとはしない。
やはり、こいつらは俺の知らない何かを知っている。
恐らく、致命的な何か、を。
「先輩、これ以上関わらないでください」
俺が重ねて問うよりも僅かに早く、俯いたまま天羽が言った。
「こんなことに、関わらない方が、いいです。これは、私たちの問題ですから」
その言い様に、俺は記憶にある限り初めて、彼女に対して怒りに近いものを感じた。星原に対して長く抱いていた苛立ちと似てはいるが、それよりも遥かに根が深い。
それは、状況が産む差異なのか、あるいは相手による違いなのか。
いずれにせよ、俺は昏い感情を隠せないまま、棘のある声で天羽に言い返す。
「部外者は引っ込んでろってのか?」
天羽は、ほんの少しの間だけ迷うような素振りを見せたが、やがて噛み締めるように小さく答えた。
「……そうですよ」
怒りをいや増し更に詰め寄ろうとしたところに、上岡が話って入る。
「いや、話そう」
その言葉に、星原は翳のある表情でゆっくりと頷き、天羽は信じられないものを見るような顔で上岡に非難じみた視線を向けた。
「上岡くん!」
反駁する天羽を諭すように、上岡はかぶりを振って言う。
「ここまで来てしまったら、何も知らないのはかえって酷だよ」
絶句して振るえる天羽を支えようと、星原が腕を伸ばす。
だが、天羽は弱々しい仕草ではあったがその手を払い、自らの肩を抱いた。
それを視界の端に捉えつつ、俺は上岡と向き合う。
「信じられないかもしれません――いえ、恐らく信じてはもらえないでしょう。僕と百合……もう一人の僕と、もう一人の女性、七角ペンダントと分かたれた世界の話を」
そう前置きして、上岡は語り始めた。
それこそ、信じられないような物語を。