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七角のペンダント

「七角ペンダントだぁ?」
七角ってのはペンダント・トップの形を指してるんだろうが、またケッタイなデザインではあるな。
そんなことを考えていると、川鍋は得意満面に胸を張って応じた。
「そう。最近話題の、学園七不思議のひとつさ」
マジで阿呆か? 七不思議だとか、いまどき小学生にだって通用するかどうかわからんネタだろうに。
「あのなぁ、川鍋……頭、大丈夫か? 幾らなんでも、そりゃ幼稚過ぎってもんだろ」
あきれ返る俺に、川鍋はいかにも不服そうに言い返す。
「そんなこたぁないよ! 主を求めてさまよう七角ペンダントっていや、昔から聖遼学園に伝わる由緒正しき伝説なんだぞ」
どんな由緒だ。
「俺は初耳だがなぁ。だいたい、そのペンダントとやらがなんだってんだ?」
「本当に何も知らないのかい?」
なぜか、あきれ顔で――あきれてんのは、こっちだっての――溜息をつく川鍋。
「いいかい、七角ペンダントってのは――」
「ちょと、いいですか?」
これまたなぜか得意げに語り始める川鍋を止める前に、横合いから別の声がかけられた。
「お? 東由利、だったっけ?」
そこには、先日新聞部で見かけたスポーツ少女がいた。
それともう一人、東由利とは正反対といった印象の、いかにもおとなしそうな女の子。
「どうも! こんにちわ、先輩」
威勢良く、砕けた挨拶をする東由利。
もう一人の方は、緊張気味にか細い声で、こんにちわ、と呟いているようである。
「もう。亜希ちゃん、挨拶ぐらいちゃんとしなきゃ! 相手は一応上級生なんだし」
東由利。
悪いが、お前の言い様の方がよっぽど失礼だ。
と、そりゃともかく。
「で、何か用か?」
話の腰を折られて不服そうに口を尖らせる川鍋を敢えて放置し、尋ねてみる。
何にしても、川鍋の世迷い事を聞かされるよりはマシってもんだろう。
そう思っていたのだが、意外にも俺の目論見は外れることになる。
「いや、七角ペンダントの話をしてたみたいだから、ちょっと聞きたいな、と思って」
きっと、そのときの俺と川鍋の顔を見比べていれば、それはもう面白いものだったに違いない。
つまらん話題から解放されたと思って安堵していた俺の表情は一転して苦虫を噛み潰したように、憤懣を湛えていた川鍋の顔は一気に得意げかつ楽しげなものに、それぞれ同時に変化していったはずだから。
「いや〜、よく聞いてくれたね、東由利君。ところで、君はどれぐらい噂を聞いてるんだい?」
記者魂がうずくのか、話を聞きたい、と言われたはずなのに取材に転じる川鍋――話し方から察するに、二人は知り合いであるらしい。
東由利は、川鍋の態度を気にした様子もなく、少しばかり首を捻りつつ応じた。
「通り一遍のことくらいですね。未来を写し、所有者の運命を告げる七角ペンダント。災難が訪れるってタイプと、異世界を垣間見るってタイプの複合型だから、結構珍しい類の伝説ですよね」
「そうそう、我が校の七不思議の中でも、飛び抜けて不思議な伝説だからねぇ。持ち主を転々とし、所有者に災厄を告げる神秘のペンダント。学園に起こった事件の幾つかは、確実にこのペンダントの影響を受けているっていう噂だからね」
確実な噂ってのは、いったいどんなモンだ?
ツッコミを入れようかとも思ったが、やたらノリノリで、たとえばこんなことが、とか言い出す川鍋を見て、俺はその努力を放棄した。
こうなると、川鍋はマシンガンのように喋りまくる。経験上熟知しているが、この状態の川鍋を止めるのは非常に骨が折れるのだ。
とはいえ、嬉々として下らん会話に興じる二人を見ていると、正直、頭が痛くなってくるのも事実。
亜希ちゃんとかいう、もう一人の子も困惑気味だ。
どうして、こう、こいつらはそういう間の抜けた話題で盛り上がれるのか。
「じゃ、俺はこれで……お気の済むまで、ごゆっくり」
どちらにせよ、これはもう、俺の手に負える状況じゃあない。
そう判断した俺は、疲れ果てた小声で形だけ退去を告げ、そそくさとその場を立ち去った。
今日はもう、軽音でベースでも弾いて帰るか、草壁先生でも冷やかして帰るかしよう。
この流れを家まで引きずってくのだけは、ご勘弁願いたいところだ。