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紡がれる混乱

「それって、どういうこと!? 上岡君!」
何の気無しに新聞部のドアを開けて最初に耳に入ってきたのが、怒声と言っても差し支えない天羽のその台詞だった。
ちなみに、一番最初に目に入ったのは、鬼気迫る形相で上岡に食って掛かる天羽の姿。
――修羅場?
俺は、多分に不謹慎ながらそんな想像をしてしまった。
上岡の表情は控えめに言っても蒼白だったし、天羽の横顔には彼女らしい落ち着いたクールなイメージは無い。
だからといって、扉が開くなどという大きなアクションを天羽たちが見逃すわけも無く。
とりあえず見なかったことにして立ち去ろうにも、俺の背後には星原が立っていたりするわけで。
慌てた風で彼女らしくもなく視線をさまよわせる天羽、上岡はどう取り繕ったものかと思案している風であったし、俺はといえば気まずい沈黙を保持することでどうにか醜態を晒さずに済んでいるといった按配。
三すくみの状態を破ったのは、ただ一人いつも通りに静かな口調で問い掛けた星原だった。
「どうかしたんですか、進さん?」
その一言で漸く呪縛を解かれたように、俺は息をついた。
「あー、お邪魔、だったかな?」
冗談めかして言ってみるが、どうやらそう易々と収まってくれるような事態でもないようだ。
天羽は俺の言葉を――覚えている限り初めて――無視し、上岡に顔と言葉を向けた。
「上岡君。百合には話したの?」
少し低く抑えられた重い印象の問いに、上岡は気難しげな表情でかぶりを振る。
それは、恋人であるはずの星原にも珍しい仕草だったのか、彼女は訝しげに柳眉を寄せて再度尋ねた。
「何か、あったんですか?」
「うん、その……」
言い淀む上岡。
助け舟を出すように、天羽が俺に向けて言った。
「先輩。少し外して頂けませんか?」
「ん。構わんが」
何かしら、俺に聞かせたくない話題なのだろう。
そう了解し、俺はパソコンラックに立て掛けていた鞄を手に取った。
「じゃ、今日はこれで失礼するか。一応システムは復旧してるはずだから、後で電源切っといてくれ」
「すみません。わざわざ来て頂いておいて」
そう言って頭を下げる星原に肩をすくめて見せ、じゃあ、と軽く手を振ってから俺は部屋を出た。
「なんだかな」
丁寧な調子で閉じられる新聞部の扉を眺めつつ、微かな声でポツリと呟いた。
もとより俺は、新聞部とも天羽たちともそれほど深い繋がりがあるわけじゃない。
話せることと、話せないことがあるのはわかる。
しかし、まあ、難解だった星原の人となりを漠然とではあるが掴みかけたところでこの扱いでは、少々ひねた気分にもなろうというものだ。
とはいえ、ここで突っ立っていてどうにかなるもんでもない。
あいつらに、いったい何があったのか。
俺は幾らか混乱した頭を抱え、とりあえず帰路についた。