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お熱い二人?

出入り口に目をやれば、カメラバッグを肩にかけているちょっと頼りなげな男が一人と、そいつに寄り添うように立つ、艶やかなロングの黒髪にヘアバンドが良く似合っている美少女が一人。
「あ。百合、上岡君」
天羽がそう声をかける。
同じ新聞部員、ということか。
男のほうが上岡で、女の方が百合だろう。
・・・・まさか、逆なんて事はないよな。
あったらコワイぞ。
とと、変なことを考えているうちに、天羽が俺のことを説明していたらしい。
「済みません、お忙しいところをわざわざ。川鍋先輩が無理を言ったんでしょう?」
上岡は頭を下げて、上岡はそう言った。
川鍋の言いようだと少々ハラもたつが、こう頭まで下げられると逆にむずがゆい。何にせよ誰かのお役に立てるというのは、心地よいものではあるが。
「ああ、気にせんでくれ。別に大したコトするわけじゃないから」
今更受験勉強ってガラでもないし、この言葉に嘘はない。
「文句があったら川鍋の方に言っとくから、安心してくれ」
これもまた、素直な俺のキモチではある。
俺の言いようがおかしかったのか、上岡は微妙に苦笑しつつ訊いてきた。
「それで、直りそうですか?」
「どう言う意味で『直る』という言葉を使っているかにもよるが」
ちょっと首をかしげてみせて、俺は続けた。
「以前通りマシンが動くように出来るかという問いならばYES、データ込みで完全に復旧できるかという問いならばQUESTION、今すぐ使えるようになるかと言う問いであればNO、かな?」
「はぁ・・・・」
上岡は、気の抜けた応答をしてうなずいた。
恐らく、俺の言葉を理解しかねているのだろう。
まあ、パソコンに関する講義をしているわけでなし、重ねて説明することもないだろう。
「どう処置を施すにしたって、パーツも道具もない。今日は状況の確認だけしておいて、具体的な作業は明日ということになるよ」
「あ、はい、構いません。どのみち明日は、陸上部の取材で僕と星原さんは居ないですし」
「陸上部の取材?」
「ええ。僕の友達で井之上っていう短距離やってるヤツと、あとハイジャンプの東由利さんが県大会でいいところまでいって。その絡みの取材ですよ」
「ほう、そりゃ初耳」
意外そうに、上岡は訊き返してくる。
「川鍋先輩あたりから聞いてませんか?二人とも決勝まで残ったんですよ」
「んにゃ。川鍋のヤロー、変なトコで秘密主義な面があるからな。学園新聞のネタになりそうなことなんか、そうそう俺なんかに喋ったりはせんし」
「今度の全校集会で表彰があるみたいですから、そのときになればイヤでもわかるんですけどね」
「俺がフケてなければな」
呆れたように、天羽がため息をつく。
「フケるって・・・・」
恐らく、今彼女の目には俺と川鍋が同類に映っていることだろう。
こういうアホウな会話センスでは、川鍋と俺は妙に同調してるからな。
「あの・・・・」
少々空気が冷えているところに、百合と呼ばれた女の子が、控えめに声をかけてきた。
「パソコン、見なくていいんですか?」
「おっと、そりゃそうだ」
脱線してるヒマがあったら、サッサと状況調べて帰った方がいいよな。
「じゃ、ちょいと調べさせてもらうよ」
一応そう断りを入れて、俺はパソコンに電源を投入した。
ブォン、と微かに不快な唸りを上げて、17インチモニターに光が灯る。
BIOSチェックが終わり、数世代前のものとおぼしきHDDがカリカリとシーク音を立て始めた。
起動画面を眺めていると、部室の奥で何やら物色していた上岡が何やら缶とプラスチックの箱を手にして声をかけてきた。
「それじゃ、よろしくお願いします。僕は暗室に行って来ますので席を外しますが」
「ああ」
俺としては、別に彼が部活をするのを邪魔する気など更々無いので軽く受け流す。
受け流さなかったのは、天羽だ。
「あれ?上岡君、何か現像とかあった?」
「いや、長尺を詰めとこうかと思って。あと、川鍋先輩から頼まれた写真の焼き増し」
「じゃ、ついでに・・・・」
手を合わせる天羽に、上岡は苦笑しつつうなずいて見せた。
「はいはい。天羽さんの分も、焼いておくよ。この前のテントウムシの冬眠だっけ?」
「うん。それと、これ」
天羽は、数本のフィルムを机からジャラリと取り出し、上岡に手渡した。
「天羽さん、現像くらいは・・・・」
「そうじゃなくって、それ空パトローネ。長尺詰めるんだったら、ついでにお願いできないかな〜って思って」
観念したようにため息をついて、上岡はうなだれる。
「わかった、僕の負け。詰めておくよ。36枚でいい?」
「うん」
ニッコリと笑って、天羽はうなずいた。
上岡は、どうやら女の尻に敷かれるタイプらしい。
いや、どちらかと言うと、天羽が男を尻に敷くタイプなのか?
「碧ちゃん、私も」
「はいはい、気が済むまで存分に手伝ってきてあげて。じゃ、上岡君、よろしくね」
どことなく呆れ顔で、天羽は上岡と百合を送り出した。
ぴしゃり、とドアが閉めて、天羽は、ふぅ、と何度目かになるため息をつく。
「いや、何かおとなしそうな顔して熱愛ラブラブって感じのカップルだな」
軽口を叩いてみると、天羽は肩をすくめてうなずいた。
「ええ、それはもう。おなかいっぱいになるまで見せ付けてくれますよ」
表情は、嫉妬とか羨望とか言うよりも、何か微かに寂しげなようにも見える。
というのは、俺の勘繰り過ぎか?
とりあえずはどうでもいいことを考えているうちに、パソコンは件のエラーのところまで起動して停止していた。
あまり集中して見てなかったが、SCANDISKでも特に引っかかった様子は無いしHDDに異音があったわけでも無い。
どうやら、媒体自体には問題はなさそうだ。
となると、起動しない原因はシステムファイルの破損という可能性が高い。
さて、あとは、システム再インストールでお茶を濁してしまうか、物理フォーマットからキッチリ入れ直すか、なんだが。
「さて、と。で、掬いたいファイルはどれぐらいあるんだ?」
とりあえずは、ユーザーの意向を聞かねばなるまいと思い、天羽に問いただしてみる。
「ええっと・・・・記事の文章ファイルが百以上はあると思います」
100、ねぇ。
テキストファイルなら起動FDで起こしてFDで掬えなくも無いだろう。
が、『文章ファイル』という口振りから察するに、プレインストールされてたワープロソフトか何かの独自ファイルと判断すべきか。
そうなると、FDではちとツライもんがあるな。
「それと、アンケート結果の票やグラフが何十個か」
グラフ?
つーことは表計算ソフトのレポート付きファイルか。
そりゃ、単体でもFDには入りきらんかもなぁ。
「あと、プログラムが何本かです」
そんなもん、もう一度インストールしろって気もするが。
インストールファイル自体がHDDの中なのかもしれんな。
「おいおい、結構な量だぞ、そりゃ。まあ、ムリとは言わんが」
まあ、やること自体は言ったって簡単。
ただ、面倒くさい。
「ダメ、ですか・・・・?」
うっ。
期待を込めた目で見ないでくれ。
「あ、ダメならそう言って下さい。一応、元になるメモや原稿はありますから、それほど困りはしないんです」
そう言ってもらえると助かるのは助かるんだが。
天羽の言葉と表情とは、どうも連動していないように見えるんだよな。
「ただ、原稿も印刷物も残ってない昔の記事が無くなるのが寂しいだけですから」
寂しい、か。
やっぱり、自分の活動の成果が消えて無くなるのは寂しいもんかね。
そう思うんなら、いっそ出来あがった新聞を保存しとけばいいようにも思えるんだが。
ま、往々にして大事なものなんてのは取り戻せなくなってから重要性に気付くもんなのかもしれないな。
それはそうとして、とりあえず実際の復旧作業をどうするか決めにゃならんか。
さて、どうするかね?