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「お嬢」じゃありません!

で、放課後現在。
「はぁ・・・・参ったねぇ」
俺は溜息をつきつつ頬杖をついていた。
目の前には、メイン電源の切れたパソコンが一台鎮座している。
某有名国産メーカー製のDOS/Vマシンだ。
元より川鍋の個人所有物であり、学校の管理財産ではない。
つまり、修理するにせよ何にせよ、学校からの予算は出ない備品である。
結局のところ、俺は川鍋の懇願(?)に負けてしまい、新聞部が所有するパソコンの面倒を見ることになってしまったのだ。
しかも、それを依頼した当の川鍋は、取材がどうのとか言って出ていってしまった。
起動後すぐにエラーが出るから、とか言い残して。
せめて不具合の見当でもつけておいてくれれば、それなりに対応の取りようもあるんだが。
っていうか、それ以前に道義上甚だ問題があるような気がする。
とりあえず新聞部に何の関係も無い俺にこんな作業を頼んでいる以上、何も出来なくても作業を見届けるぐらいの気遣いはあってもいいだろうに。
「ま、とりあえず見てみますかね」
誰にとも無くつぶやいて、俺は電源に手を伸ばした。

ガラガラッ!

と、そこで扉が開いた。
思わず、ドキリ、として振り向くと、そこにはショートボブの髪が理知的な印象を与える女の子がいた。
ノックも無しにここに現れるということは、新聞部員だろう。
美形、と言っていい。
スタイルも悪くない。
制服にリボンではなくタイを選んでいるあたり、意外に活発な娘かも。
「何してるんです?」
妙なことを考えているところへ、女の子は、思い切りの猜疑心を込めて醒めた言葉をかけてくれた。
性格は、少々キツ目のようだ。
幾分気圧され、俺は言葉を詰まらせながら答えた。
「ええっと・・・・パソコンを、ちょっと、ね」
そう言えば、川鍋からこういう娘のことを聞いたことがあるような気がする。
名前は、何と言ったか・・・・
「ああ、君が『お嬢』か」
「『お嬢』じゃありません。私、天羽です」
間髪入れず、ピシャリと言い返してくる。
そうそう、あだ名で呼ばれるのを嫌っているとか言ってたっけか。
不機嫌を隠そうともせずに、彼女――正確な氏名を思い出した。天羽碧、だ――は半ば呆れたように言葉を続けた。
「それで、先輩はウチのパソコンで何をしてらっしゃるんですか?」
「何って、まあ、それは・・・・」
はぁ・・・・あの口の上手い川鍋がやり込まれるだけのことはある。
この状況で冷静に襟章見て俺を上級生と判断して、その上でこの言いようだ。
「何です?」
腰に手を当てて問いただす様は、ほとんど詰問といった案配である。
どうやら、マジで不審人物と思われているらしい。
苦笑して、俺は単刀直入に言った。
「いや、川鍋のヤツにパソコンの復旧を依頼されてね。イカレてんだろ?」
一瞬だけ、キョトン、とした表情を垣間見せて、天羽は一転して申し訳なさそうに頭を下げた。
「そ、そうだったんですか。すみません・・・・何も聞いていなかったもので」
「別にいいけどな。大体の想像はつくし」
顔に疑問符を張り付かせているような様子を見て、俺は説明を加えた。
「パソコンが壊れたってんでどうしようかと悩んでたところへ、たまたま遊びに来た川鍋のヤツが『僕に任せておけ』とかいい加減なコト言ってたんだろ?」
今度こそ、鳩が豆鉄砲を食らったような顔で、天羽はうなずいた。
「どうしてそれを?」
「ま、付き合い長いからな、あんにゃろとは」
都合十年以上も同じ教室で同じ授業受けてりゃ、この程度のことはわかるようになる。
そう思いはしたが、たいしたことではないので口にするのはやめた。
それよりも、彼女には訊かなければならないことがある。
「で、どういう症状か教えてもらえるかな?川鍋は何も伝えずに出ていっちまったもんでね」
二秒ほど首を捻ったあと、天羽は端的に言った。
「パソコンが起動しないんです」
まあ、こんなところだろう。
こういうトラブルシューティングに慣れてない人間は、そういった作業にどういう類の情報が必要なのか、まずもってそこがわからない。
だから、訊く側が上手く情報を引き出してやらねばならないのが普通だ。
「電源も?」
「いえ、電気は入ります」
「ハードディスクのアクセスランプは?」
「点灯はしてます」
「モニターは?」
「えーっと・・・・途中まで表示されるんですけど、起動が終わる前に止まってしまうんです。エラーが出て」
はた、と気付いたように、天羽は言葉を継いだ。
「あ、エラーメッセージは控えてます。ちょっと待って下さい」
言うが早いか、天羽は鞄の中を漁り始める。
ちゃんとエラーメッセージを控えているあたり、素人にしては気が利く。
川鍋とは大違いだ。
「これなんですけど」
そう言いつつ差し出されたメモには、きれいな文字で障害の記録が取ってあった。
ふむふむ。
不正な処理。アプリケーションエラーね。
ありがちありがち。
CTRL+ALT+DELETEで再起動か。
まあ、珍しいことじゃない。
んで、SCANDISKが走って?
16個のアロケーションユニットを削除?
そりゃ、動かなくなっても不思議じゃねぇなぁ。
ああ、カーネルの呼び出しに失敗してるよ。
終わってるな。
うん。
気が利くなんてもんじゃないな。
こんだけネタがそろってりゃ、調べることなんざほとんど残ってない。
この娘が相手じゃあ、あの川鍋がヘコまされるのも当然って気がしてきた。
「あの・・・・どうです?」
おっと、知らず知らず唸っていたらしい。
また不審がられる前に、思考を元に戻しておこう。
「あ〜、結論から言うとだな、まずOSは確実にイカれてる。DLLそのものが壊れたのか、環境データベースが壊れたのかはわからんけどね。最悪、ハードディスクが媒体エラー起こしてる可能性も考えられる」
「ひどいんですか、やっぱり?」
「ああ。最低でもOSの再インストールは必要だな。システム再インストールで済めば影響は少ないけど、感触としてはフルで再インストールした方が無難だと思う。それもこれも、ディスク自体がイカれてなけりゃ、の話だけど」
「じゃあ、中のデータは・・・・」
「あきらめろ」
そうすりゃ、少なくとも俺の作業は楽になる。
「と、言いたいところだけどな、重要かつ必要なデータなら、拾える限り拾ってやらんでもない」
「本当ですか!?」
「ま、出来る範囲でな。で、最悪の場合ハードディスクの交換になるんだけど、その予算ってあるのか?」
「厳しいところですけど、しょうがないですね」
「厳しいのか?」
「あまりご存知ないとは思いますけど、新聞部ってお金かかるんです。写真とか、印刷とか。それに、ごく小規模の部活ですから、元々の予算も少なくって」
「なるほどねぇ」
「あ、でも先生に相談すれば、何とかなると思います」
「そう大げさに考えなくても、一万円前後だよ。モノにもよるけどな」
「え?そんなものなんですか?」
「ハードディスクは過当競争だからねぇ。恐ろしい勢いで値段は暴落し続けてるよ。半年前に買ったディスクが・・・・」
と、脱線気味になってきた俺の言葉を遮るように、扉が開いた。