戻る

川鍋宗司の依頼

「大変なことになっている。今こそ君の力を大いに役立ててもらいたい!」
結構古い友人である川鍋宗司がそんなことをぬかしたのは、数時間前のことだった。
「どうせロクなことじゃないだろうが腐れ縁のよしみで聞いてやる。何だ?」
えらく投げ遣りな調子で、俺はそう応じた。
実際、川鍋のヤツが大仰な態度を取る場合、十中八九ろくでもない話を聞かされる事になるのだ。
「いやぁ、実はだね、我が新聞部には僕が寄贈したパソコンが一台あるんだけどね」
「ああ、俺に対抗して買ったはいいが購入数ヶ月後には部屋の隅で埃被ってたヤツな」
某国産有名メーカーの品だったか。寄贈といえば聞こえはいいが、要するに個人では持て余したんで部室に放り込んでいた、というのが正しい認識だ。
心底心外だ、とばかりに、川鍋は口を尖らせる。
「酷い言い方をするなぁ。まあ、いいや。とにかく、そのパソコンなんだけど」
「だけど?」
「壊れた」
川鍋は、最大限に真面目ぶって言ってのけた。
「直してくれないか?」
「あのなぁ、川鍋」
俺は、こめかみのあたりを押えつつ言葉を返す。
「んなコトはメーカーか、せいぜいパソコン部あたりに依頼してくれ」
やんわりと、とはいかなかったが、俺はとりあえず「面倒を持ち込むな」と言ったつもりだったのだが。
「いいから、とにかく、ウチの部のパソコンを見てくれ!」
えらく強硬に言い張る川鍋。
まあ、コイツの機械音痴は今に始まったことじゃない。
しかしなぁ、新聞部のパソコンなんざ、ワープロとか、せいぜい統計計算ぐらいしかやってねーんじゃないのか?
DTPやるほど器用な奴がいりゃ、そもそも俺なんぞに声はかからんだろうしな。
だいたい、DTP使えばもっとマシな紙面が出来上がってるはずだろう。
少なくとも、見た目は。
なんか、話がずれてきたような気もするが、ともかく俺に新聞部のパソコンを修理するような義理はないはずだった。
だいたい、俺たちゃ高3だぞ?
受験勉強はどうした、受験勉強は。
「頼りは君だけなんだ。こんな時にこそ、君の知識を役立ててくれたまえ」
ウソつけ。
この星遼学園にゃあパソコン部があるだろうが。
俺は軽音部だぞ?
しかも、幽霊部員気味の。
打ち込みでちょっとばっかしパソコンいじくってるだけの俺に声かけるんじゃねーよ。
「ええい、袖を引っ張るな!制服が伸びるだろーが!」
「いや、この川鍋、可愛い部員たちのためにもここは引き下がることは出来ん!」
「なんで、俺がお前んトコの部員のために働かにゃならん!?」
「そこを何とか!」
「何とかなるかっ!」
このバカバカしい攻防は、実に十数分間にも及んだ。