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不測

結局、なんら有効な対策を見出せないまま、理事長室での会談は終わった。
午前中いっぱい使った割には実り皆無だったり。
『分かっているとは思うけれど、決して気を抜いちゃ駄目よ。私の【目】から逃れた、今みたいに慎重で、注意深くありなさい』
別れ際にエリザさんがくれた、その忠告が少しばかり重い。
「それで、どうするつもりだ?」
律儀にも僕らに付き合ってくれている氷狩先輩が、ぶっきらぼうな調子で声を掛ける。
そばに聖邪さんさえいなければ、氷狩先輩は落ち着いたものだ。
さすが、熟達した武道家ってとこだろうか。
「どうしましょうかねぇ? 引き篭もってるわけにもいかないだろうし」
他人事のように応じる僕。
だって、本当に実感が無くて未だ他人事のように感じてるんだからしょうがない。
「そうですね……大変なことになっちゃいましたね」
一番深刻そうなのが、優希ちゃん。
いやまあ、元はといえば事件解決の主担当は優希ちゃんなんだけど。
なんというか、冷静に考えると見事にチグハグな集団だなぁ、僕ら。
「守り勝てる見込みが無いのなら、攻め手を考えるしかないだろう」
「そうなんですけどね。具体的に何をどうやって攻めればよいものやら」
ごもっともな氷狩先輩の意見に、僕はといえばそう言って肩をすくめることしかできない。
なにぶん、相手の姿すら定かではないのだ。目標も定めずに、対策なんて練れるわけがない。
「確かにな。それなら守り手を、と言いたいところだが……」
「そちらも、同根ですね。どうにも具体性に欠ける」
氷狩先輩と僕の掛け合いを見ながら、優希ちゃんが浅くため息をつく。
「困りましたね」
いや、まったく。
「結局、出たとこ勝負にならざるを得ない、と。なんとも分が悪いですね」
僕の出したまとめに、三人揃ってため息ひとつ。
ホント、変なところで息が合ってきたなぁ。
「お手伝いのつもりが、いつの間にやら事件の中心、か」
何の気無しに、ポツリと呟いてみる。
うん?
それはそれで、僕的にはオッケーかも?
「お前な……何で、そこで嬉しそうな顔をするんだ?」
怪訝そうに、氷狩先輩が呆れ返る。
まあ、そりゃそうだろうけど。
「いやぁ、体験ルポ書いたらウケるかな〜、とか」
ここ数日お留守にしてる愛しの新聞部。
部長さんとしては、この際ドカンと大きなお土産でも、とか考えてしまうのだった。
「とりあえず目先のことを考えろ、バカ……」
「心霊管理局の検閲受けますよ、きっと……」
口々に心配してくださる、氷狩先輩&優希ちゃん。
そんな、特別天然記念動物オロカモノを見つけたような顔しなくってもいいじゃないですか。
「そうは言っても、不測の事態とはいえ事件の核心に居合わせるなんてことになると、記者魂が疼かずには……」
あれ?
何か、引っかかるな?
「今度は何だ?」
不意に首を捻った僕に、氷狩先輩が容赦の無い呆れ顔で訊く。
この際、氷狩先輩からの評価は気に留めないことにして、僕は自分の言葉を反芻する。
「不測の事態…事件の、核心……」
そうか!
「中心、核心だよ!」
「え? 何がですか、先輩?」
僕の唐突な叫びに、優希ちゃんが目をパチクリ瞬かせて訊き返す。
「うん。前回のトリスメギストス事件だって、それこそ不測の事態だったはずでしょ? それを、特別な力を持たないはずの人間族である桐生先輩が切り抜けた、その核心。それが、問題だったんだ」
踊りだしそうな勢いでまくし立てる僕。
優希ちゃんにはイマイチ伝わり切れなかったみたいだけど、さすがに氷狩先輩は、難しい顔ではあったけれど、腕組みをして深く頷いた。
「なるほど。あの時、桐生が何をもって何をしたのか。それがわかれば……!」
「ええ。少なくとも、切り札は手に入るかもしれません!」
その会話を聞いて、漸く優希ちゃんも得心する。
「そ、そうですね! それじゃ、早速桐生先輩に訊いてみましょう」
幸い、桐生先輩とは、つい十分ほど前に別れたばかりだ。
鈴科先輩と連れ立ってどこかへ行ってたみたいだから、連絡の手段は幾らでもあるはず。
なんとなく、道は開けてきたような?
こうなると、不測の事態も悪くない。
ついつい、体験ルポの方に意識が向いちゃうあたりは大目に見て欲しい。