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品評

「じゃ、問題を洗い出しましょうか」
僕の言葉に、向かいに座った優希ちゃんと氷狩先輩が頷く。
優希ちゃんは至極真面目な顔つきで、氷狩先輩は少し面倒そうな表情で。
目の前には、バーガー類やらポテトなんかのジャンクフード。氷狩先輩は、種族柄熱いものがダメなんでカップのバニラアイスにLLサイズのアイスティーだ。
トリスメギストス(かもしれないもの)対策会議は、駅前のファーストフードショップで開催されていた。
事態の深刻さに比べてノリが軽いようにも思うけど、深刻ぶったからっていい知恵が浮かぶってわけでもない。
今必要なのは、とにかく対応策、とまではいかなくても、今後の方針を決めることだ。
「まず、トリスメギストス事件の余波が今の僕らに波及している可能性があるってことは、理解してもらえましたね?」
「とりあえずは、な。一応認識はしている」
氷狩先輩の応答に頷き、僕は続けた。
「で、何度も言いますけどトリスメギストスとまともに渡り合う力は、氷狩先輩は微妙なところだけど、基本的に僕たちには無い。これもいいですよね」
「は、はい」
「残念ながらな」
口々に答える二人。
優希ちゃんは緊張気味で、氷狩先輩は不愉快そうだ。
原因が場の状況によるもの――なにしろ、二人はこの店に来て以来ずっとこの調子だ――なのか、話題によるものなのかは判然としない。
「そうなると、誰か有力な人の協力を仰ぐべきだと思うんですけど……これが、結構難題でして」
そこで、一旦話を切り二人へ交互に目を向けて反応を伺う。
二人とも特に反論も腹案も無い様子。
氷狩先輩が先を促すように顎をしゃくったので、僕はひとつずつ説明していくことにした。
「まず、トリスメギストス事件の中心にいた桐生先輩。確証はありませんけど、事件が起こるとすれば霊縁理論的にも桐生先輩の周辺である確率が高いと思います。まあ、桐生先輩を中心に、とは言いませんけど」
「そ、そうですね」
優希ちゃんは、真剣な顔で強く頷く。彼女の目には、桐生先輩が有力な協力者の筆頭にでも映っているのだろう。
でも、話はそう簡単なものじゃない。軽く肩をすくめて見せ、僕は続けて問題点の方を指摘する。
「とはいえ、桐生先輩自身は純粋な人間族だとのことですから、戦力としては期待できない。それに、下手に巻き込んでしまうと、今以上にトリスメギストスとの霊縁が強まり悪い影響が出る可能性も否定できません。ぶっちゃけ、賭けの要素をはらみますね」
「桐生が我々に協力的だとも限らないしな」
少々皮肉げな笑みを浮かべ、軽く頷く氷狩先輩。
優希ちゃんも、気落ちしたようにうつむきながら同意する。
「そ、そうですね。あんまり、あの時のことは話たがりませんし……」
「ま、とりあえず実現可能性の問題はおいといて」
咳払いをして、僕は第二の人物に関する話題にとりかかった。
「次に、ノインテーター理事長代理。正式に依頼すれば、恐らく協力してもらえると思います。魔術のオーソリティーですし、ヴァンパイア族の相当強力な血統に連なる人ですから、戦力としては申し分ありません」
「随分詳しいな」
氷狩先輩が、あきれているのか驚いているのか微妙な表情で言う。
まあ、エリザさんは学園でも正直浮いている――善し悪しは別として――という印象の拭えない人だから、彼女について詳しく知っているというのは、氷狩先輩のような人の目には奇異に映るのかもしれない。
僕は、とりあえず苦笑を浮かべて誤魔化すことにした。
「個人的に色々ありまして……」
そして、エリザさんに関する問題点を述べる。
「ただ、あの人の立場上僕らにも相応の制限を付けてくると予測されます。僕らの行動は、恐らく後手後手に回らざるを得なくなるでしょう」
それを聞いて、氷狩先輩は考え込むように腕を組み、椅子に深く座り直した。性格的なものか、戦士としての経験やカンなのかはわからないけれど、彼女はトリスメギストスに対して後手に回るということがどれほど危険を伴うものであるか理解しているみたいだ。
肝心の優希ちゃんは、それがなぜ問題なのか、と不思議そうな顔をしていたけれど。
そして、僕はもう一人の人物に関して言及する。氷狩先輩から逃れるように視線をさまよわせてしまうのは、仕方の無いことだと思って頂きたい。
「あとは、やっぱり聖邪さんかな?」
「反対だ」
間髪入れず、語気も鋭く応じる氷狩先輩。
ま、さっきの様子を見てればわかりますけどね。
「いや、そう来るとは思いましたけど。実際戦力としてはピカ一ですよ。定職中に動き回るのが問題なければ、ですけど」
いかにも面白くなさそうに僕を睨み付ける――そこまで怖い顔することないじゃないか、と思わないでもない――氷狩先輩のことはとりあえずおき、僕は優希ちゃんに視線と言葉を向けた。
「それで、一応確認しときたいんだけど、心霊管理局ってそういう問題には厳しいの?」
「私は半人前だから詳しくは知りませんけど、局内規則は厳しいです。でも、兄は割と勝手にやってるみたいで……」
「それが原因で、何か不都合が起こったことって、ある?」
「いえ、特に聞きません。この前の事件と、あと、何年か前、兄が正規執行員になる直前に一度あったくらいです。その時は、準執行員だからって理由で、罰則は適用されなかったみたいですけど」
「ふぅん」
ま、そうだろうとは思ってたけど。
一応、優希ちゃんに重ねて訊いてみる。
「ところで、心霊管理局って規則優先? 現場優先?」
「現場優先……だと思います。多分。私みたいな準執行員は別として、一刻を争う事態も珍しくないですし。事後承諾でどうこう、っていう話は、よく聞きます」
自信無さげに答える結城ちゃん。
「やっぱ、非公式に復帰ってのはアリなんだ」
僕は、溜息をついて背もたれに寄りかかった。
何で溜息をつくかというと。
「あんな奴と組むつもりなら、私は抜けさせてもらうぞ」
こういう反応をする人がいるから。
まあ、現実問題としてはそれはそれで構わないんだけど、優希ちゃん、傷付かないかなぁ?
そうは思いつつも、僕は天を――正確には天井を――仰ぎつつ答える。
「ああ、十中八九、それは無いですよ。主に性格の問題で」
聖邪さんに協力を仰いだ場合の想定なんて、風魔術実技の授業より簡単だ。
「聖邪さんに協力を要請するってことは、要するにあの人の手足になるってことですから。氷狩先輩がそれを受け入れるはずがないってのは認識してますし、そもそも、聖邪さんは僕らの力なんて必要としてないでしょう。あの人は、自分で判断して勝手に動いてくれますよ」
実の兄を悪く言われ申し訳なさそうに小さくなる優希ちゃんを哀れに思いつつも、僕は心の奥底で、でも舞波聖邪が僕らをエサにするってのはアリだろうな、などと考えていた。