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因縁

関係者に事情を伝え意見を乞う、との方針に従い、僕たちは早速行動を開始した。
ちなみに、ここで言う関係者の中には、優希ちゃんと氷狩先輩の他、トリスメギストス事件の中心的人物と目されている桐生先輩、鈴科先輩、それから優希ちゃんの兄である舞波聖邪さん、更にはエリザさんまでが含まれている。他には、高等部音楽室のピアノに依っている精霊の湖潤リリス先輩、高等部の絵の中に住む変わり種の魔法生物である霧城七衣先輩、といった按配だ。
ちょっと人数が多いし、最悪トリスメギストスが絡んでいるとなると、あまり悠長に構えている時間も無いだろう。そういうわけで、僕らは手分けして話を聞きにいくことになった。
時間があるのなら、もちろん僕は全員と会って――たぶん関係無いことまで――根掘り葉掘り話を訊いていたんだろうけど。そうしなかったのは、さすがに先刻のちょっとしたバトルで僕も危機意識を持っていたからだ。
僕の担当は、湖潤先輩、霧城先輩、それからエリザさん。
エリザさんは、まあ、苦手意識はあるにしても個人的に面識があるから僕の担当になるのは当然と言えば当然。霧城先輩に関しては、氷狩先輩があまり関わりたくないということで僕が引き受けた。湖潤先輩は、頭が痛くなる、との理由で、これまた氷狩先輩が取材にあたるのを拒否。わざわざ(たぶん)善意で手伝ってもらってる以上、氷狩先輩の意思はなるべく尊重するということで僕が引き受けた。
そして、残る桐生先輩、鈴科先輩、それから舞波聖邪さんを、優希ちゃんと氷狩先輩のコンビであたってもらう。僕は新聞部で取材には慣れているし一人でも問題は無いけれど、気の弱い優希ちゃん一人では心配だし、つっけんどんな物言いの氷狩先輩だけだと別の意味で心配だ。これはこれで、充分合理的で納得できる配置なのだけれど。
正直、僕は一人目の取材にあたった時点で後悔していた。
問題の一人目、湖潤リリス先輩への取材は、はっきり言ってどうにもならなかった。魔水晶のことを訊いても何も知らない様子だったし、それ以前にあまりに落ち着きが無く取材どころではなかったのだ。苦労してご機嫌を取ったあげく、妖精族に対して彼らが個人的に興味のないことなど訊いても無駄だ、という(巷の風評と合致する)結論に達せざるを得なかった。
それで、二人目のところにやってきたのだけれど。
「魔水晶、ですかぁ?」
僕の目の前に立つ女性――霧城七衣先輩は、えらくのんびりとした口調でそう言った。
「よくわかりませんねぇ」
「そうですか……」
あまりに緊張感に欠ける――彼女にしてみれば、危機感を抱くほど切迫した事態と実感できないのだろうが――返答に、僕はガクリと肩を落とした。
「トリスメギストスの一件と関わりがあると聞いたんで、もしかしたら、と思ったんですけど」
「はぁ、すみません」
別に非難されるようないわれは無いのに、そう言って霧城先輩は頭を下げる。
もっとも、彼女は――魔法生物の常として――元々情感に乏しいようで、口調は平坦で仕草も儀礼的な風であったけれど。
「私が知っているのはぁ」
一息おいて、霧城先輩は大したことではないかのように淡々と続けた。
「魔水晶をマスターが持っていた事と、桐生さんが持っていた事だけです」
「マスター?」
ちょっと聞き捨てならない情報に、僕は一気に興味を引かれ、鸚鵡返しに訊いた。
「はい、私のマスターですぅ。桐生さんはぁ、マスターの転生体だとお伺いしてます」
霧城先輩がマスターというのは、彼女の創造主のことだろう。それが誰なのかはわからないが、転生体と言うからには既にこの世の人では無いということか。
もっとも、そんなことは些細な問題だ。
重要なのは、霧城先輩の創造主と桐生先輩が転生という縁で結ばれた存在であり、かつ、その双方が魔水晶を所有していた、という事実。
となれば、桐生真と魔水晶、そしてトリスメギストスは、並々ならぬ因縁で結ばれているということだ。つまり、魔水晶とあの化け物が次にどのような形で顕現するのかはわからないけれど、そこに桐生真という存在が絡んでくる可能性は極めて高いということ。
少しだけ方向性が見えてきたかな? などと思いつつ、霧城先輩が他には何も知らないことを確認し、僕は謝辞を述べて彼女と別れた。