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方針

険しい表情の氷狩先輩がいる。
その隣には、困った顔の優希ちゃん。
で、僕はといえば、どうしたものか、と天を仰いでいた。
心霊管理局からの指示は、要約すれば至って簡単なことだった。
詳細を調査し、報告せよ。それだけだ。
トリスメギストスに関する事件は終わっているという見解を説明する長ったらしい前置きや、心霊管理局内部の規則や慣習を綴ったこれまた長い補足は、この際無視する。
優希ちゃんの報告は、あまり心霊管理局担当官の危機感には訴えかけなかったようである。
それでも、一応僕らの手に余るということだけは理解してもらえたようで、調査以上のことに関しては手を出さないでよいことになったんだけど。
「はぁ……何をどう、調べたらいいんだか?」
「は、はい。困りましたね」
ひたすら困っている僕と、合いの手を入れつつやはり困り続ける優希ちゃん。
そんな二人を見て、氷狩先輩が深々とため息をつく。
「困ってばかりでは、進展がないだろう」
まことにもって、ごもっともなご意見。
とはいえ、僕たちが手掛かりらしい手掛かりを持っていないのも事実なワケで。
「死神族に、何か調査に便利な能力ってあったっけ?」
一応尋ねてみたけれど、優希ちゃんは申し訳なさそうに首を横に振る。
「いえ、特には……」
ちょっとだけ期待を抱きつつ氷狩先輩に目を向けても、彼女は、雪妖族にそんな力有るわけ無いだろう、とでも言いたげに肩をすくめて鼻を鳴らすだけ。
「じゃ、取材するしかないか」
ため息混じりに呟く僕に、優希ちゃんが、きょとん、とした顔で訊く。
「取材?」
「そ」
短く頷いて、僕は言う。
「どうにもわからないことがあるなら、わかる人に聞くしかないでしょ? まあ、その前に情報の整理ぐらいはしとかなきゃならないだろうけど」
「整理するほどの情報があるのか?」
少しだけ小馬鹿にした調子で言葉を返す氷狩先輩。意外と、と言うと失礼だけど、頭の回転は速いみたいだ。
「そう多くは有りませんけどね。方向性を決める程度の意味はありますよ。まず第一に、これは霊障であること。霊的な問題に詳しい人に助力なり助言を求めるのは常套手段でしょう。それに、まだ断定は出来ませんが、これにはトリスメギストスが関わっている可能性があること。だったら、トリスメギストス事件に関与した人に話を聞いてみるのも手だと思います」
とりあえず常識ラインの意見を述べた僕に、氷狩先輩は更に突っ込んでくる。
「なるほど。で、何を訊くつもりだ?」
「問題は、そこでしょうね。それに、前者は正直言って期待薄です。心霊管理局の指示が、ああだったんだから」
僕は、お手上げ、のポーズを取って、そう言った。実のところ、僕の提案も、何もしないよりはマシかも、という程度のものでしかない。
「あの……トリスメギストスと関係があるとも、限らないんじゃないですか? 私が見たのは、魔水晶だけですし」
「それもそうだな。魔水晶がトリスメギストスとイコールであるという確証は無い」
優希ちゃんの控え目ながらも割と冷静な意見に同意しつつ頷いてから、氷狩先輩は決断を求めるように僕に言う。
「で、結局どうする?」
いつから、この件の責任者は僕になったんだろう? 僕は、優希ちゃんの手伝いのはずだけど。
一瞬そう思いはしたけれど、馬鹿なことにこだわってどうなるものでもないので、僕は答えた。
「どちらにしても、トリスメギストス事件の関係者に声を掛けてみるべきだと思います。今のところ、魔水晶が関わった事件というとアレしか無いわけですから」
ほとんど答えを予期していたかのように、氷狩先輩は淡々と頷き応じる。
「わかった。だったら、陽の暮れないうちに動くべきだな。関係者は、ほとんどうちの高校の生徒だ」
何故、氷狩先輩がそんなことを知っているのだろう? 僕は訝しく思ったけれど、タネはすぐに判明した。
驚いたことに、氷狩先輩もまた、トリスメギストス事件の関係者だったのだ。