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連絡

とりあえず軽く自己紹介をすませ、僕は美術室に招き入れられていた。
といっても、僕と優希ちゃん、鈴科先輩の三人しかいないのだけれど。
美術部が幽霊部員の集まりだっていう噂は、どうやら根も葉もないものではないらしい。
幽霊といえば、鈴科先輩がゴースト族だというのには驚かされた。僕の見識が不足しているのかもしれないけれど、こんなに元気で明るいゴースト族を見るのは初めてだ。
「それでさあ、死神族の手伝いって、具体的にどんなことするの?」
興味津々といった様子で、鈴科先輩が尋ねてくる。
「それは、僕の方が訊きたいぐらいですよ。こちらも初めてなんですから」
苦笑混じりにそう答えてから、僕は付け足した。
「基本的には、何でもやりますけどね」
と、そう答えたとき、軽快な電子音が鳴り響いた。
曲に聞き覚えは無いけど、携帯電話のコール音だろう。
「とと、あたしあたし」
どうやら、鈴科先輩のものだったらしい。スカートのポケットから、クリアピンクの携帯電話を取り出す。
「あ、それ、桐生先輩の曲ですよね」
と、優希ちゃんが目を輝かせる。お気に入りの曲なんだろうか?
僕はといえば、恐らく別の意味で目を輝かせていた。
桐生先輩、といえば、トリスメギストス事件の桐生先輩だろう。後手に回っているとはいえ、彼を取材できればあの事件に関して色々と面白い話が聞けるかもしれない。それは、鈴科先輩にも言えることなんだけど。
全然乗り気じゃなかった仕事だったんだけど、意外なところで意外なつながりが出来そうだ。
そう考えると、少しだけ楽しい気分になる。
「もしもし・・・・って、桐生?」
電話の相手は、どうやら件の桐生先輩らしい。
「今どこ?ずいぶんBGMが賑やかだけど。ゲーセン?商店街の?はぁ〜、アンタ、停学中のクセにいい御身分ねぇ」
鈴科先輩の電話の声を聞いていてもしょうがない。
僕は、とりあえず優希ちゃんに気になっていることを訊いた。
「ところで、さっき桐生先輩の曲がどうとか言ってたけど?」
「あ、はい。鈴科先輩の携帯の呼び出し音が、桐生先輩が作った曲だったんです。御存知無いですか、ZAPっていうバンドの・・・・」
そのバンドなら、聞いたことがある。去年の学園祭か何かで、聴いたこともあるはずだ。ただ、聴き込むというほど僕は音楽に対して熱心じゃない。
「評判のいいアマチュアバンドだったよね。桐生先輩は、そのバンドの人なんだ」
「はい。すごくいい曲を作るんですよ」
「へぇ・・・・優希ちゃんも、そのファンなんだ」
ちょっと、意外だ。
僕の記憶が確かなら、ZAPというのは結構ハードなロック系のバンドだったはず。大人しい雰囲気の優希ちゃんとは、今ひとつ結びつかない。
「は、はい。あの・・・・可笑しいですか?」
「え?いや、別に」
いけない、いけない。
考えが表情に出てしまってたみたいだ。
「いいんじゃないかな。正直に言うと、ちょっと意外だったけど」
そうこうするうちに、鈴科先輩の電話が終わったようだ。
「ゴメン、優希ちゃん!」
と、鈴科先輩はいきなり優希ちゃんに向けて手を合わせる。
「桐生から呼び出されちゃってさ。アイツほっとくと何しでかすかわかんないから、いってくるわ」
「別に、何もしでかさないと思いますけど・・・・」
苦笑混じりに答える優希ちゃんに、鈴科先輩も苦笑を浮かべて応じる。
「どーだか。あのバカ、停学と冬休みの区別もついてないみたいだから」
「それはすごいですね」
思わず、僕も表情を引きつらせてそう漏らす。
うんうん、とうなずき、鈴科先輩はもう一度優希ちゃんに向かって手を合わせた。
「ってわけでさ、後のこと頼んじゃっていいかな?」
「あ、はい。わかりました」
優希ちゃんがそう答えるが早いか、鈴科先輩は傍らにあった鞄をひったくってタタッと小走りに扉まで進んだ。
そこで一度振り向き、今度は僕に向かって言う。
「じゃ、優希ちゃんの護衛しっかりやるのよ、少年。こ〜んな可愛い子のナイト役なんて、願ってもそうそう務めさせてもらえないんだから」
「は、はあ・・・・」
どう返答してよいものかわかりかねて曖昧な言葉を返す。
どうにも、これが下手をすれば世界がひっくり返ったかもしれないトリスメギストス事件の中心にいた人物だとは思い難いものがある。
「じゃあ、またね!」
その言葉を残して、鈴科先輩はスキップでもしそうな足取りで美術室を出ていった。
「・・・・」
「・・・・」
残された二人は、しばしあっけにとられていた。
ぼんやりしていても埒があかないので、声を出してみる。
「・・・・あの」
「・・・・あ、はい。なんでしょう?」
とりあえず、僕は率直な感想を漏らした。
「すごい人だね。鈴科先輩」
「そ、そうですね。今日は、特に・・・・」
どうにも、埒があかない。
話を本来の道筋に戻すことにしよう。
「それで、具体的な仕事の話なんだけど」
「は、はい」
仕事という言葉が出てきたところで、優希ちゃんの顔が幾分引き締まる。
なりは可愛い女の子でも死神族、自分の仕事が手の抜ける類のものではないことは理解しているのだろう。
「僕は、どう動けばいいんだろう?さっきも言ったけど、死神族の手伝いは初めてなんだ」
「そ、そうですよね。えっと・・・・」
何から話したものかと考えあぐねている様子の優希ちゃんの方から、不意に、ピピピ、と電子音が鳴り響く。
って、さっきもあったな。このパターン。
優希ちゃんは、慌てた様子で制服のポケットをまさぐり、少々古い形のポケベルを取り出した。まあ、ポケベル自体が最近ではあまり見かけない機械なんだけど。
「あ、お仕事の連絡です」
ポケベルの表示画面に目を落とした優希ちゃんが、困ったようにそう言う。
「ど、どうしましょう?」
どうしようもこうしようも、呼び出しなら行かなきゃいけないんだと思うけど。
「とりあえず連絡をいれるんだよね?」
ポケベルで連絡がくるということは、詳しい話は本部なり連絡センターなりに電話して聞くものと相場が決まっている。案の定、優希ちゃんはコクンとうなずいた。
「じゃあ、優希ちゃんはとにかく連絡を入れてみて。僕はここを片付けてから追いかける。正面玄関で落ち合おう」
「は、はい。すみません」
ペコリとお辞儀をして、優希ちゃんは慌てて出て行く。
よっぽど慌てていたのか、大鎌だけを手に駆け出しており、小さな鞄は机の上に乗せられたままだった。
「優希ちゃん、鞄!」
そう背後から声をかけてみたが、どうやら優希ちゃんの耳には届かなかったようだ。
やれやれ、後で持っていってやるとしようか。
「何だか、落ちつかない日だな」
形ばかりに広げられていたイーゼルを片付けつつ、僕は溜息をついた。