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謝罪

「あ、あの・・・・」
遠慮がちにかけられる女の子の声。
振り向けば、中等部の制服に一際映える深紅の長い髪。
小さな身体に不釣合いな巨大な鎌。
灰色の瞳は困惑に震えているのか。
特徴的な容姿が伝える事実はひとつ。
死神族。
それほど数の多い種族じゃない。
つまりは、彼女こそ僕が待ち受けていた舞波優希だということだ。
って、とすると今の会話を聞かれたのは、ちょっとまずいんじゃ!?
「え、ええっと・・・・」
「ご、ごめんなさいっ!」
僕が恐る恐る口を開いたのとほぼ同時に、彼女は勢いよく深々と頭を下げながらそう言った。
背後に視線を走らせると、改造制服の先輩が表情を引きつらせている。
「私が未熟なばかりに御迷惑をおかけすることになってしまってごめんなさい。でも、お兄ちゃんは悪くないんです。本当に、私が至らないばっかりに・・・・」
いつ息継ぎをするのだろう、と心配になるぐらいの早口で勢いよくいわれの無い詫び言を繰り返す目の前の少女。
背後には、責めるようなジト目で無言の圧力をかける先輩。
その雰囲気に耐えられるほど、僕の神経は強くなかった。
「あ、いや、別に誰も悪いとは言ってないから。その、頭を上げてくれないか?」
などと言いつつ力無く愛想笑いを浮かべて彼女をなだめようとするのだが。
「で、でも、私のせいで嫌な仕事を・・・・ごめんなさいっ!」
いや、そう矢継ぎ早にわけのわからない謝り方をされても。
僕にどうしろというんだろう?
ゴホン、と背後で咳払い。
・・・・わかりましたよ。僕が悪いんですよ、全部。
泣く子と地頭には勝てぬ、という諺を思い起こしつつ、僕は白旗を揚げることにした。
「悪かった。全面的に前言を撤回するよ。気が進まないとか、後始末とかいうのは言葉のアヤで、つまり、僕が仕事をサボりたい一心で吐いてしまった暴言の類だから。その、頼むから頭を上げてくれない?」
僕がそう言っている間も飽きもせず謝り続ける彼女に、いつの間にか僕の方が懇願するような形になる。
謝り続ける女の子に許しを乞う男の図。端から見てると、情けないこと極まりないことだろう。
事態が硬直してしまったところで、背後に控えていた先輩が苦笑しつつ助け舟を出してくれた。
「あ〜、優希ちゃん?彼もこう言ってることだし、もうやめなよ」
「鈴科先輩・・・・でも」
鈴科?
何気なく発せられたその名前に、僕の耳は過敏に反応した。
鈴科といえば、確かトリスメギストス事件の中心にいた人物の一人だったはず。信用できる筋からの情報だから、僕の記憶違いでなければ間違いない。
「ほら、仕事の打ち合わせとか、あるんじゃない?いつまでも頭下げてても、どうにもならないでしょ?」
「は、はい」
至極もっともな鈴科先輩の意見を契機に、ようやく謝罪合戦が終了する。
舞波、優希ちゃんねぇ・・・・なんだか、難儀そうな女の子だ。
少なくとも、僕にとってとてもやりにくい相手であることは間違いない。
これから先二週間のことに思いを馳せ、僕は軽い眩暈を感じた。