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現実

聖遼学園の部活動には、大きく分けて二つのパターンがある。
ひとつは、学校主導で作られたもの。特徴としては、大抵の場合中等部と高等部合同の構成であることや、活動予算とは別に必要施設や道具類を準備もしくは貸与してもらえることがあげられる。
もうひとつは、生徒主導で作られたもの。要するに同好会から昇格して出来た部活だ。特徴は、前者とは逆。概ね少数の似通った年代の者で構成され、創設者の卒業と共に消えていく部活も少なくない。また、似たような内容の部活が重複して存在するのも特徴のひとつ。
舞波優希が所属する美術部は前者、僕が所属する新聞部は後者だ。
ちなみに、新聞部と似たような部活には高等部では報道部、広報部、中等部には報道写真部、ニュースサークルNEOなどが存在する。更に言うなれば、新聞部は僕が設立したもので第五期にあたる。僕が入学するまでに、都合四回ほど作られては消えていったという、ある種伝統的な部活動なのだ。
まあ、それはいいとして。
中等部の一般教室を間借りしている我が新聞部とは違い、美術部はその活動のために大美術室を占有することが許されている。小美術室を交代で使わされている陶芸部や彫金部といったあたりから見れば、うらやましい限りだろう。
いや、そうではなく。
とりあえず、僕が向かわねばならないのは大美術室だということだ。
余計なことやどうでもいいことをわけも無く考えてしまうのは、乗り気じゃない時の僕の癖なんだよなぁ・・・・
そうこうするうちに、僕は大美術室の前に辿りついてしまった。
ここまで来て突っ立っているのも馬鹿げたことなので、ガラガラと扉を開いて声をかけた。
「あの、すみません」
と、中から見るからに活発そうな女の人が答えてくる。
「ん?はいはい、何か用?」
大胆に改造された高等部の制服。
高等部である以上、僕にとっては先輩にあたる人だ。
「ええと、舞波さんをお願いしたいんですが」
「優希ちゃん?今日はまだ来てないけど」
あれ?
確か放課後美術室で合流するって段取りのはずなんだけど。
「何か用なら、伝えとこうか?」
気を利かせてそう言ってくれているんだろうけど、今日は面通しが主目的だ。こればっかりは、本人と会わなければどうしようもない。
「いえ、直接会って話をしたいので・・・・少し、待たせていただいてもよろしいですか?」
僕は、丁重に申し出を断ったつもりだったんだけど。
「直接、ねぇ」
彼女は、ニヤリ、と何か含みのある笑みを浮かべて、顎に手を当てた。
「人任せに出来ない用事というと、あれですか。胸の内に秘めた熱い想いを伝えようと?」
「なっ!」
何を言い出すんだ、この人は!
「ち、違いますっ!」
「照れない照れない。キミみたいな真面目そうな子なら、お姉さん応援してあげなくもないんだから」
「いや、応援とか、そういうんではなくって!」
「おおっ!恋の道はあくまで独力で切り開こうと。いや〜、感心感心」
「そういう話ではなくってですね!」
なんてマイペースな人だろう。いや、マイペースというよりは、舞い上がっているようにも見える。
よくはわからないけど『人生怖いもの無し』って状態に入ってるんじゃないだろうか?
「まあまあ、そう真っ赤になるほど恥ずかしがらなくても」
「だから、仕事で来たんです!僕は!」
「そうそう、みんなそうやって誤魔化そうとするもんなのよね〜。仕事だって・・・・え?」
ようやく彼女は暴走を止めて、キョトン、とした顔で尋ねてきた。
「仕事っていうと、死神の?」
ふう、と一息ついて、僕はうなずく。
「はい。細かい事情は省きますけど、二週間限定で舞波さんのお手伝いをさせてもらうことになったんですよ」
う〜ん、とひとつ唸り、彼女は首をかしげた。
「でも、その髪の色からして、キミは死神族じゃないよね?」
まあ、死神族の赤髪は有名だけど。ジン族のライトニング・ブルーの髪だって特徴的なんだけどなぁ。
とと、それはどうでもいいことだった。
「ええ、僕はジン族です。ジン族は、正式な手続きに従って呼ばれさえすれば、どんな仕事でもお手伝いするのが仕事なんですよ」
「ふむふむ、なるほどねぇ」
ようやく納得してくれたのか、彼女はうんうんと何度もうなずいた。
「となると、あれですか。過酷な仕事を通じて二人はパートナーとして認め合い、いつしか惹かれあっていくという・・・・」
ガックリ。
僕は、何とも言えない脱力感を味わっていた。
どうも、この人は是が非でも話を愛だの恋だのの類に持っていきたいようだ。
それ以前に、このテンションの高さ。とてもではないが、僕にはついていけそうもない。
「あの、大変失礼ですが、大変夢見がちな見解ではないかと。最近コテコテの恋愛映画でも見ました?」
「夢見がちとは、本当に失礼な言い方ねぇ」
彼女は、少々ムッとした様子でそう答えた。もっとも、すぐに相好を崩して続ける。
「現実ってさ、映画なんかよりずっと素敵なんだよ」
なるほど、と僕は溜息をついた。言いようからして、彼女はごく最近恋愛が成就したところなのだろう。
それで喜ぶのは当然だろうし全く構わないけど、他人をその渦に巻き込むのはどうかと思う。
疲れた声で、僕は正直なところを口にした。
「とりあえず、僕の現実は気の進まない後始末に従事することなんですよ。ともかく、待たせていただいて・・・・」
そこまで喋ったところで、僕は背後に気配を感じた。