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仕事

父親を通じてもたらされた依頼に、正直僕は頭が痛かった。
まあ、トリスメギストス騒動に関しては僕も興味はあったのだが、その後始末のツケをまわされたとなると、さすがに興味なんてものは抱きようがない。
そして、興味を抱けない事象に関していいかげんになってしまうのは、僕たちジンの一族に共通の特性のようなものだ。
僕はその中にあって比較的生真面目な部類に属するようだけど、だからといって死神たちほどガチガチの規律に縛られて職務に邁進できるほど型外れではない。
死神族!
ああ、まったく、連中がああも頭の固い種族でなければ!
創世の邪神とやらにお目にかかれたかもしれないし、そうすればさぞ素晴らしいスクープになっただろうに。
それはまあ無いものねだりの類だろうけど、少なくともこんな気の進まない仕事を押し付けられることはなかったはずだ。
などと埒も無いことを考えつつ、僕は常ならば放課後直行する部室の前を通り過ぎた。
と、ガラガラとその部室の扉が開かれる。部の後輩の一人が、ヒョイっと顔を覗かせて多少怒気をはらんだ言葉を投げかけてきた。
「部長、どこに行くんです。今日は次号の企画会議でしょう!」
ああ、そう言えば部の方に言付けるのを忘れていたな。
とても投げ遣りな気分になっていたお蔭か、そんな基本的な連絡ミスを犯すなんて。
内心苦笑しつつ、僕はせいぜいすまなさそうに答える。
「ごめん。急な仕事が入ってね。悪いけど、次号は僕抜きでやってくれるかな?」
「仕事?」
怪訝そうな顔で、後輩である人間族の少女は訊き返す。
「まあね」
溜息混じりに、僕はそう答えた。
僕たちジン族に関しては、人間族はもちろんのこと同じ魔族の間でも少々種族的誤解がある。
ジン族はもともとフラフラと遊び回ってただけの種族で、自由人と言えば聞こえはいいけど要するに定職も持たない甲斐性無しの変人の類、という認識だ。
もちろん、これは誤り――少なくとも、現在では――であって、ジン族にも職業組織は存在するし、当然、僕もその組織に組み込まれている。
まあ、その職業組織っていうのが何でも屋的な人材派遣業だというあたりが、ジン族らしいといえばジン族らしいのだけど。
「僕らにも、色々あるんだよ」
「何の仕事です?」
何だか疑わしそうな口調で、そう問い詰められる。ううん、信用無いなぁ、僕。
仕方なく、僕はごく簡単に説明を加えることにした。
「今回は、死神の真似事」
「死神!?」
さすがに、彼女の表情が引きつる。
まあ、自分で言うのもなんだけど、のほほんとしてる僕と死神という職業種族の間には、どうにも埋め難いギャップがあるのは確かだろう。
とはいえ、事実なんだから仕方ない。
「正確に言うと、半人前の死神のサポート。学園祭のコンサート騒動は知ってるだろ?」
「それは、まあ、みんな知ってると思いますけど」
その経緯や真相という部分まで知っている者は僅かだけどね。
心の中でだけそう注釈をいれて、僕は説明を続ける。
「その騒動の余波で、死神が一人停職処分を受けたんだ」
「死神族っていうと、もしかして優希ちゃんですか?」
おや、まあ。結構有名なんだね、舞波さんっていうのは。
でも、彼女は少々勘違いしてるみたいだ。
「ああ、その優希ちゃんじゃなくて、お兄さんの方。聖遼学園のOBで舞波聖邪さん」
停職処分なんていう不名誉な情報を一般に漏らしていいのか、という気が一瞬だけしたけど、まあ、特に口止めもされていないから構わないだろう。
「それで、停職中の業務を妹さんの方が一部引き受けなきゃいけないんだけど、一人立ちするにはまだ実力が足りないらしくって。それで、僕にそのサポートの仕事が回ってきたんだよ。今から、その妹さんに会いに行くところ」
「そうですか・・・・それじゃ、仕方ないですね」
意外なほどあっさりと納得するのを見て、僕の頭に疑問符が浮かぶ。
この子はこんなにあっさりした性格だったかな?
「じゃあ、先輩、しっかり優希ちゃんを守ってくださいね。あと、妙な気は起こさないようにお願いしますよ。あの子、本当にいい子なんだから」
ああ、なるほど。察するに、その子と個人的に知り合いだったのか。
しかし、妙な気ってなんだ?
そんなに僕は軽薄な軟派に見えるんだろうか?
少々腑に落ちない気分ではあったけれど、いつまでもここで時間を潰しているわけにもいかない。
「まあ、そういうわけだから。部の方は任せるよ」
「はい。任されました」
しょうがないわね、とでも言いたげに腰に手を当てて答える後輩に見送られ、僕は美術室へ足を向けた。
はあ・・・・
我が愛しの新聞部も、二週間はお預けかぁ・・・・