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迷宮の渦の淵の外

不意に、私は現実に引き戻された。
それぞれの、現実に。
分かたれた、現実に。
微かな、本当に小さな声が耳を打った瞬間、ひとつであることを、ひとつになることを、私は拒んだ。
いや、少々表現が違う。
拒んだのではない。
捨てたのだ。
先輩、と。
その声は。
たったひとつの言葉は。
しかし、確かにふたつの響きをもって私に与えられたのだから。

天羽……!

優希ちゃん!

そして、私は思い出した。

俺のことを。

僕のことを。

互いに名も知らず。

姿形もわからずに。

俺達はふたつであり。

僕達はひとつでなく。

かくあれと望んだものは。

たったひとつではなくて。

幾千の想いあれば。

幾万の道が伸びて。

それでも俺はひとりで。

けれども僕はひとりで。

それゆえに。

だからこそ。

惹かれる――

何ひとつ解決はしていないが。

トリスメギストスに打ち勝てず。

それでも――

結局のところ悪くない。

満足すべき結果だった。

勝利そのものに意味など無く。
敗北そのものに価値が溢れ。
それぞれの世界が、それぞれに呼んでいた。

この迷宮の渦の、淵の外側から。

じゃあな、見知らぬ俺。

さようなら、見知らぬ僕。