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  SPT流星記  その29 格下の意地〜第二回V−MAXトーナメント〜
 

設立より丸三年。
SPTは、順調過ぎるくらい順調に、ファンを獲得しその評価を高めてきた。
団体としては、JWI、WARS、太平洋女子といった並み居る強敵を既に抜き去り、未だ業界最大手の座を堅持している新日本女子に肉薄するほどの勢いである。
勢い、ということで言えば、あるいは新女以上かもしれない。
四年目を迎えエースとしての確かな実力を示し始めた伊達を筆頭に、選手たち個々の実力でも今や日本屈指の、いや、世界有数の存在となってさえいる。
一方で、残酷な事実も存在した。
この段階――世界を争うレベル――にまで到達すると、どうしても選手間での実力差が表出せざるを得ない。
斉藤彰子――かつてAACジュニアを巡り柳生と並びメインイベンターを務めた女は、今や明らかに格下の存在となっていた。
エース伊達はもとより、柳生やジューシーペア、あるいは後輩である草薙や葛城と較べても実力的に一段落ちる、というのが、現在の斉藤に対する評価である。
斉藤彰子は、もう限界ではないのか――
選手たちの間でも、ファンの間でも、そして何より当の本人が、そう思わざるを得ない状況にあった。
しかし、である。
それで、はいそうですか、と引き下がるようなら、そもそも格闘などやってはいない。
まして、曲がりなりにもプロとしてやっていけるわけがない。
今まさにリング上で斉藤と相対している近藤は、そのことをひしひしと感じていた。
「どうした? そこまでか、近藤?」
冷ややかに見下ろしつつ静かに語り掛ける斉藤に、近藤は舌打ちしながら身を起こす。
いい蹴りをもらってダウンを喫した。
これが総合なら、今頃はマウントから雨霰とパンチをもらっていたはずだ。
「まさか。やりますね、さすがに」
相変わらずの空手スタイル、そして未だ健在のタフネス振り。
近藤の拳と蹴りも、決して通用していないわけではないはず。
いや、総合的には近藤の方が格上というのが衆目の一致するところであり、事実斉藤は既にボロボロの有様だったのだが。
気が付けば、一進一退の攻防から僅かに抜け出していたのは斉藤の側だった。
「どこの誰ですか、斉藤彰子は限界だ、なんて言ったのは?」
字面ほどには毒を感じさせない、むしろ嬉々とした調子で毒づく近藤。
「さあな。少なくとも私じゃない」
「でしょうね」
軽く受け流す斉藤に応じつつ、近藤は構えを取る。
自分本来のスタイルである、キックボクシングに近い構えだ。
「いきますよッ!」
「応ッ!」
互いに吶喊し、骨まで響くような打撃戦が再開された。

「プロレスなんだか、“なんでもあり”なんだか……」
リングサイドで観戦する社長が、苦笑混じりに呟く。
「ルール上は、プロレスの枠を逸脱してはいませんけど……」
応じるのは、同じくリングサイドで試合を見守る霧子。
言外に、スタイルはプロレスじゃありませんよね、と主張している。
「ま、あんだけ活き活きしてたんじゃ、やめろとは言えないよね」
「今更、ですしね」
客受けも悪くないんだし、いいんじゃないですか? と笑い合う。
設立当初から、斉藤−近藤のカードは概ね今回のような流れだった。
SPTの特徴と言えば、ルチャ風のスタイルと過激な打撃戦ということになるだろう。
前者の代表格がRIKKAやAAC勢のファイトであり、そして斉藤と近藤は後者の代表格だった。
一見、水と油のような噛み合わない試合を想像してしまうが、それが上手く噛み合わさっているのがSPTの団体としての面白さだった。
してみると、今やどちらもこなせる真田など、団体の顔としてはピッタリとはまってしまうのか……
「……いかんいかん、何を考えとるんだ、俺は」
社長は、脳裏に浮かんだビジョンを慌てて振り払った。
いや、真田が顔というのは別に構わないのだが、バックに浮かんだ看板が“おバカの殿堂”というのは、あんまりだろう。
真田がモデルだと違和感ないのが、また、なんだし。
いやいや、SPTだって団体として着実に成長している。
少し前までは、真田に匹敵する、となるとマッキーぐらいしかいなかったんだが、期待の新人永沢も入団し芸人選手層は厚みを増しているのだ。
「って、だからソッチ方面ではなく!」
あんまりすぎる脳内劇場に社長がセルフツッコミを入れた時、ちょうど試合終了のゴングが打ち鳴らされる。
リング上に立っていたのは、周囲の予測を裏切り必殺の飛燕脚で近藤をK.O.した斉藤の側だった。

「あ〜、立てね……」
言葉通り、控え室のベンチに横たわったまま近藤がボヤく。
その様子に、首筋をアイシングしつつラッキーが苦笑する。
「また、手ひどくやられたわね。手負いの葛城に負けた私も、言えた義理じゃないけど」
綺麗に踵落しを喰らったおかげで、脳天は痛むは首にまでダメージが来るわと散々な有様。
V−MAX連覇の夢も露と消えた。
まだまだ、手に負えない、というほどではないが、葛城たち2期生組も着実に実力を付けてきている。
まあ、負傷中の後輩に負けた言い訳にはならないのだが。
「というか、赤コーナーで勝ったのって伊達だけ? さすがにヘコむわね……」
近藤が伝染ったのか、思わずボヤいているところへ、2回戦は赤コーナー側に回る葛城が入ってくる。
「よく仰いますね。散々人の関節をなぶっておいて」
試合の興奮の余韻からか普段より幾らかぞんざいな口調で返す葛城に、ラッキーは肩をすくめて見せた。
「上手く抜けてたくせに」
「ラッキー先輩に付き合っていれば、嫌でも上手くなるでしょう。正確に言えば、先輩に絞め殺されずにいたいのなら、そうならざるを得ない」
「私は殺人鬼か!?」
「少なくとも、殺人的ではありますね」
おバカな遣り取りをしつつ、葛城は空いていたベンチに手荷物と身体を放り出す。
「実際、辛かったのは嘘じゃありません。怪我を別にしても、熟練のサブミッション使いとなると気が抜けない」
「おーおー。まるで、あたしたち打撃系相手なら気ぃ抜いてもいいみたいな言い方じゃない?」
首だけ葛城の方に巡らせ、意地悪くつつく近藤。
「それは、勘繰り過ぎです」
葛城は、憮然としてそう応じた。
彼女自身、打撃技を得意とする選手であったし、そもそもエースである伊達だってバリバリの打撃系である。
一瞬の油断がどういった結果をもたらすか、そんなことは百も承知。
「ただ、関節系は引き出しが広い。その分、どうしても注意が行き渡りにくい」
してみれば、打撃も強烈、関節技も器用にこなす、という、次の対戦相手である柳生などは、やりにくいことこの上ない。
まあ、葛城自身もそうなのであるが。
「……ハァ」
わざとらしく、大仰に溜息をつくRIKKA。
柳生に負けて1回戦落ち。
「いや、空中殺法の威力を前にして、どこをどう気を抜けと?」
半ば呆れ気味にだが、慌てて取り繕う葛城。
その様子に、近藤は堪えきれず軽く噴き出す。
「……遊んでますね?」
漸く、からかわれていたことに気付き、葛城は口を尖らせた。
「負け犬の、ささやかな楽しみよ。今日のところは、ね」
いけしゃあしゃあと言って、ニヤリと笑うラッキー。
「軽く見られようが、格下と言われようが、意地はある。油断していい相手なんているわけが無い。そんなこと、もうわかってるでしょ?」
教訓じみた言葉で締めくくられ、葛城はかぶりを振りつつ溜息をついた。
「人の悪い先輩方だ……」
一人、流れに取り残されて黙っていた伊達としては、私は一言も言ってないんだけどなぁ、などと思わないでもなかったが。

第2回戦。
「余所見するんじゃないよ!」
試合開始早々。
「! 飛燕脚!?」
控え室での会話(横から聞いていただけだが)が尾を引いてか、若干注意力散漫だった伊達は、のっけから派手に吹っ飛ぶことになった。
「私は、私たちは、潰される為にここにいるんじゃないんだよッ!」
吼える斉藤を視界の端に捉えつつ、伊達は気を引き締めなおす。
奇しくも、先刻の近藤と同じ感慨を抱きつつ。
どこの誰だ?
斉藤彰子は限界だ、なんて言った大馬鹿者は。
たとえ格下と言われようが、明らかにボロボロの状態であろうが、意地の一つでこの身を吹き飛ばす。
それが、レスラーだ。
「はい、気は抜きません……抜けません!」
呟きつつ立ち上がる。
目の前には、ギラギラと瞳を輝かせる戦士がいた。

結局、大打撃戦の末どうにか斉藤を下したものの、エース伊達はV−MAX優勝ならず。
優勝をもぎ取った柳生は、以下のようなコメントを残した。

「斉藤の援護射撃が効いたな」