福岡市内。 SPT事務所。 もとよりここが定位置の社長、呼び出された真田、呼び出されてもいないのにやってきたマッキー、そして不穏なモノを感じて付き添ってきたラッキーが、一種独特の重苦しい空気の中で霧子の言葉を待つ。 じぃ〜〜〜っと睨んでくる(見つめているだけかもしれないが、霧子には睨んでいるとしか思えない)マッキーを前に、霧子は口を開いた。 「真田美幸選手のファンクラブが結成されたそうです……」 「……」 「……」 「……」 「……」 「……以上」 一拍おいて。 「だぁ〜〜〜〜〜っ! アタシは!? アタシはぁっ!?」 福岡市内に響き渡れとばかりにあらん限りの声で吼え、ジタバタと暴れるマッキー。 とりあえずスタンディングで腕をキメて取り押さえつつ、ラッキー内田が最早一刻の猶予も無しとばかりに、焦燥を顔に浮かべて訊く。 「あの、社長……今月のサイン会枠って、残ってます? 残ってますよねっ!?」 さすがの真田も焦りに焦って言葉を引き継ぐ。 「ぜ、是非マッキーに割り当てて欲しいッス!」 無論、ことここに至り社長に異論があるはずもない。 「もちろんだ! キャンペーンもやるっ! 我が社の社運をかけてっ!」 むしろ、俺の命に関わる。 正直にそう言わなかっただけヨシとしようか。 とりあえず、その場にいた三人をサイン会に送り出した社長は、陣頭指揮を取るべく立ち上がった。 「霧子ちゃん! 非常事態! お願いだから宣伝カーを出して!」 陣頭指揮なのか懇願なのかよくわからない言葉に、さすがの霧子も深刻な表情で頷く。 「はい。この際コストは度外視です。なりふり構ってはいられません」 下手に放置してジムの設備を壊されでもしたら大変だ。 それ以前に、これが原因でマッキーのファイトが荒れることも予想される。 伊達と揃ってEXタッグリーグに呼ばれている今月は、特にそういった事態は避けなければならない。 「選手も総動員! 俺も出るッ!」
かくして始まった、マッキー上戸大宣伝キャンペーン。 福岡市内を、普段は試合の宣伝だとかに使われている専用車両が走り回る。 「マッキー上戸! 皆様のマッキー上戸をよろしくお願いします!」 どこの選挙戦だ。 ファンのみならず、道行く人々は皆、何とも言えない微妙なツラで、宣伝カーの上に立ち声を張り上げる近藤と草薙を眺めていた。 「あと一歩! ファンクラブまであと一歩なのです! 皆様の声援を、どうかよろしくお願いします!」 まあ、SPTがバカをやらかすのは今に始まったことではない。 「どうか、マッキー上戸に清きファンクラブを! お願いしますッ!」 やってる方としては、平穏な生活がかかっているだけに、それなりに必死だったのだが。
「今月も、ひとつのファンクラブが出来なかった。 これは、終わりを意味するのか? 否ッ! 始まりなのである!」 どこぞのアニメで見たよーな軍服が、妙に似合っている葛城。 博多駅筑紫口で、絶賛演説展開中。 「考えてもみるがいい。 ラッキー内田に比べ、マッキー上戸の人気は三十分の一以下である。 にもかかわらず今日まで戦い抜いてこられたのは何故か! 諸君! マッキーのプロレスが正統派だからである! マッキーの正統派な戦いを、神が見捨てるはずが無い!」 何気にとんでもないコトを口走っている葛城。 彼女は彼女なりに、割と切羽詰っている証拠である。 何か、変なものに汚染されているようでもあるが。 「ファンよ立て! 我々を助けると思って、立てよファン! マッキー上戸は、諸君らの力を欲しているのだ! ジーク・上戸!」 マッキー自身が聞いていないのが不幸中の幸いな演説内容だった。
「この団体、SPTはルチャリブレとシューターをつなぎ合わせて展開された極めてカオスなものである。しかも、私が選手たちに対して行った施策は特になく、選手たちの自主性に任せればよしとして放置していたのである」 西鉄福岡駅前。 社長は社長で逆シャ○演説だった。 どうも、汚染源はこの男らしい。 「その結果、諸君らの知っている通り柳生美冬のファンクラブが出来た! それはいい! しかし、その翌月ラッキー内田のファンクラブが出来! 近藤真琴のファンクラブが出来! 伊達遥のファンクラブが出来! 真田美幸のファンクラブさえ出来た! マッキー上戸には出来なかった! これが、私の生命を脅かしている現状である! ここに至って私は、幾らなんでも命は惜しいのでマッキー上戸のファンクラブが出来るべきだと確信したのである!」 改めて考えてみれば、エライ状況だよなー、と聞き入るファンも思わず頷いてしまう。 「諸君! 私の生命を繋ぐために、マッキーに投げ殺されないために! あと一息、ファンの力をマッキーに貸して欲しい! さもなくば――私は、神の元に召されるだろう! マジタノンマス」 涙ながらに訴えかける社長の言葉は、ある意味ファンの胸を打ったという。
努力の甲斐あって。 「うぉ〜〜〜! サイコーッ!!」 翌月、後に「SPT史上最も困難な作戦」「リアルで命の危険を感じた」「ファイナルシリーズよりドキドキした」と関係者一同に言わせしめた、マッキー上戸ファンクラブの結成はなったのである。
まさに、無理矢理。 |