戻る レッスルエンジェルスSURVIVORリプレイストーリー
  SPT流星記  その25 サヨナラもうひとりのお師匠さま!〜真田AAC修行6〜
 

9月。
「サナダ。ちょっと顔を貸してくれないか?」
「お? 何ッスか、ジョーカー師匠?」
今日も今日とて修行に励む真田、メキシコでの師であるジョーカー・レディの手招きに従いバタバタと駆けつける。
「いや、プロモーターが呼んでいてね。私は、通訳さ」
「プロモーターがッスか? 何でしょうね?」
怪訝そうに首を捻る真田に、ジョーカーは呆れ気味に応じた。
「おおかた、お前のAAC最終戦に関してだろうさ。今月で終わりだろう?」
コイツは最後までスペイン語を覚えなかったなぁ、などとどうでもいいことを思いつつ告げる。
はた、と思い当たったような顔で、真田は、ポン、と手を叩く。
「そういえば。いやぁ、過ぎてみると、あっという間ですね……」
それなりに何かしら思うところはあるのだろう、感慨深げな真田をジョーカーが促す。
「まだ、今月があるけどな。とりあえず、オフィスに行こうか」
「そっすね」
無論真田に異論があるはずもなく、二人は連れ立ってオフィスへと向かう。
SPTでは、分業がいいかげんなためか、社長の人徳(?)というものか、オフィスが半ば遊び場と化していて選手も気軽に出入りしていたりするのだが、AACにおいて真田はあまりオフィスに出向いたことがない。
事務作業などはSPTとAACの会社間でほとんど済んでしまうし、それ以外の場面ではジョーカー・レディが何かと便宜を図ってくれているから、正直に言えば真田にとっての存在感は希薄なところだった。
もっとも、AACの選手の中でも頻繁にオフィスに出向いているのは、半ば営業事務に手を出しているジョーカー・レディぐらいのものであったが。
程なくしてオフィスに辿り着いた二人は、一般の事務スペースを横切って奥にあるプロモーター室の分厚い扉をノックする。
すぐにドアの向こうから(スペイン語で)返答があり、ジョーカーを先頭に部屋に入り扉を閉めた。
SPTに比べると実に会社らしく、真田は柄にもなく緊張を感じてしまうほどだ。
もっとも、スポーツドリンクが切れたからといって社長のそれを拝借するためにオフィスに選手が出入りするSPTの方が、どうかしているという話もあるが。
その度にスポーツドリンクやら何やらの買出しにパシる社長というのも、ある意味スゴい人物ではある。
そういえば、SPTに社長室ってないなぁ……
「サナダ。聞いてるのかい?」
変なことに思考を飛ばしている真田に、ジョーカー・レディが何事か話しかけてきていたようだ。
「は? あ、いや、その……何ッスか?」
愛想笑いを浮かべて、ワンモア・プリーズする真田。
ため息混じりに、ジョーカーが答える。
「だから、最終戦の希望だよ。お前には随分世話になったからね、プロモーターはチョチョのAACヘビーに挑戦してみたらどうか、って言ってるんだが」
「な、なんですとっ!?」
突然降って湧いたタイトル戦の提示に、真田は驚愕した。
「あ、いや、しかし……」
が、すぐに表情を曇らせて、うぅむ、と唸る。
想定外の真田の反応に、ジョーカーは不思議そうな顔で訊く。
「どうしたんだい? まあ、正直まだチョチョとのタイトルマッチは厳しいかもしれないけどな……臆するお前でもないだろう?」
ジョーカーも、そしてプロモーターも、真田なら必ずこのチャンスに乗ってくると踏んでいたのであるが。
「いやっ! 自分はっ!」
漸く意を決したのか、真田はプロモーターを見据えて宣言した。
「自分、最終戦はジョーカー師匠との一騎打ちをお願いしたいッス!」
さすがに、ジョーカー・レディも唖然として言う。
「は? お前なぁ……せっかくの機会を――」
「いえっ! これはケジメの一戦ッス! 弟子として! 自分にはベルトよりずっと重いんスよ!」
真剣そのものの表情で迫る真田。
「あー……」
ちょっと困った顔で、ジョーカーはその旨をプロモーターに伝える。
それを聞いたプロモーターは、一瞬だけ目を丸くして驚き、すぐに丸々とした腹を抱えて大笑いしつつ何事か漏らした。
「えっと……何て言ってるんすかね?」
スペイン語能力皆無の真田、わけがわからず愛想笑いでジョーカーに問う。
「あぁ、うん」
少しだけ顔を赤くしつつ、ジョーカー・レディは答えた。
「笑われてるのは、むしろ私なんだがな。『お前はAACヘビーより重いか。少しは減量したらどうだい、セニョリータ』だとさ」
そして、そっぽを向いて付け加える。
「『サナダは、見る目があるじゃないか』ともね」
「もちろんッス!」
何が嬉しいのか、満面の笑みで真田は応じた。
「自分、まだまだ目ン玉曇ってはないッスよ!」
結局、真田の希望は即座に了承され、バーニング・サナダのAAC最終戦は聖地アレナ・メヒコでのメインイベント、ジョーカー・レディとの一騎打ちと相成った。

6ヶ月に渡るAAC修行、その最後の試合。
「色んなコトがあったッスね……」
柄にもなく、真田は過ぎ去った日々に思いを巡らせる。
思いがけなく手に入れた(コミック)レスラーとしての地位。
瞼を閉じれば思い出される数々の名勝負バカ騒動。
どれもこれも、
"トンタ"真田を語る上では決して忘れられないことばかり。
「って、何やってるんスか、自分ッ!?」
今更ながらに、あまりといえばあまりな現状に頭を抱える真田。
いや、ちゃんとルチャの技術も着実に習得してはいるんだけどね。
そんな感じの青コーナー、のたうつ真田には既にトンタモードへ移行している自覚は無い。
対する赤コーナーには、この半年に思いを馳せて、やっぱり微妙なツラのジョーカー・レディ。
何とも言えぬ雰囲気の中、バーニング・サナダAAC最後の試合のゴングが鳴った。
「よしッ! 行くッスよーーーっ!」
今までのことは仕方ないとして、とにかく今夜の試合ばかりは全力で、と自分を誤魔化し己に言い聞かせて、真田が吶喊する。
「おいで、トンタ!」
ジョーカーは、挑発的な笑みを浮かべこれを迎え撃つ。
「うりゃぁっ!」
勢いの乗った真田のエルボー。
肩口に受け止めれば、ガツン、と重く身体に響く。
――やれやれ。やっぱり強くなってるねぇ。
顔を歪めつつ、ジョーカーはそう思う。
この半年、真田はただルチャのファイトスタイルを習得しただけではない。
着実に、彼女自身が元より持つ天性の資質も底上げされていた。
真田美幸の打撃は、既に世界に通用するものとなっている。
もっとも。
「そう何度も喰らうわけにはいかないねぇ」
不敵に笑いつつ、ジョーカーは再度打ち込まれた真田のエルボーをスカし、素早く首筋に腕を絡み付ける。
挨拶代わりのスリーパーホールド。
ジャベ(関節技)では、真田もまだまだ。
とは言っても。
「くっ……ぬおぉぉっ!」
「いっタタタ……なんてバカ力だい、まったく」
力ずくで強引に抜け出す真田。
技術不足は、持ち前のパワーと打たれ強さでカバーする。
なかなかどうして、真田は既にジョーカーにとっても難敵となっていた。
――と、なれば。
組み付きから、真田をロープに振るジョーカー。
そして、自分も反対側のロープに走り、帰ってきた真田に。
スパーーーンッ!
と響くイイ音。
「な、なんとッ!?」
驚愕してひっくり返る真田を尻目に、ジョーカーは攻撃に使用した凶器――日本でわざわざ霧子から貰ってきたハリセン――をリング下に投げ捨て、何食わぬ顔でレフェリーの注意を受け流す。
思わぬところでジョーカーが繰り出したジャパニーズ・ハリセン・チョップに、もちろん客は大喜び。
これだから、意外性の女ジョーカー・レディの試合は見逃せない。
「な、なんつーコトするんスか、ジョーカー師匠ッ!?」
さすがに抗議する真田に、ジョーカーは悪戯っぽく笑ってみせる。
「何、サナダの試合にコレは欠かせないだろう? 今日は、私がお前の土俵に上がってやるよ」
「そ、それは勘弁して欲しいッス! 自分は、ジョーカー師匠に成長を見てもらいたいんッスよ!」
「だからさ!」
言い合い、組み付き、真田は再度ロープへ。
戻ってきたところに。
スパーーーンッ!
ハリセン・チョップ2発目。
ノー、ノー、とレフェリーにアピールするジョーカー。
鼻の頭を真っ赤にして、屈辱に身を震わせる真田。
そして、やっぱりな展開に大笑いする観衆たち。
「もう頭にきたッス! 幾らジョーカー師匠でも、許さないッスよ!」
「だからさ」
地団駄踏みつつ宣言する真田に、ジョーカーは込み上げる笑いを堪えつつ言った。
「成長を見せるだの何だの余計なこと考えてないで、いつも通りのお前で全力で掛かってきな!」
仕切り直しとばかりに構え直すジョーカーに、真田が突っかかっていく。
軽くいなし、ドロップキック。
起き上がった真田が負けじとドロップキックを放つ。
追撃せんと駆け寄る真田に、飛び起きたジョーカーが水面蹴り。
スタンディングに移り真田がエルボーを放てば、ジョーカーはローリングソバットを連射してこれに対抗する。
ギャグ展開から一転しての、素早く激しい攻防。
これが、バーニング・サナダの見所である。
客席からも笑いは消え、次第に感嘆の声が広がっていく。
「ふぅ、さすがにタフだね」
苦笑混じりに言うジョーカーに、真田が答えた。
「しっかり鍛えてるッスから!」
中盤の激しい攻防で、二人の息も荒くなり始めている。
――そろそろ、かね。
ニヤリと笑うと、ジョーカーは真田の腕を手繰りロープへと振った。
「コイツは久々に出すけどね……!」
ゾクリとするサディスティックな笑みを漏らし、ジョーカー・レディーが飛ぶ。
「AAC土産だ! 持ってきなッ!!」
ロープから戻ってくる真田の肩に手を着いて、それを支点にクルリと空中で向きを変えるジョーカー。
そして、もう片方の手で真田の後頭部をガッシリと掴み、真田自身の勢いとジョーカーの体重を乗せて思い切りマットに叩き付けた。
ズダンッ! と。
強烈な音を立てて顔面から危険な角度で落ちる。
変形フェースクラッシャー、ジョーカーアタック。
全盛期の勢いは無くとも、未だチョチョカラスにさえ通用するジョーカー・レディ真の必殺技。
「ぐあぁーーーーーッ!!」
さしもの真田も、顔面を押さえて転がりまわる。
機に乗じてアピールするジョーカーに客席が沸く。
しかし、それはすぐにどよめきに変わった。
「まだまだァッ!」
額を割り流血しつつも、気合充分で跳ね起きる真田。
「……ま、仕留められるとは思ってなかったけどね」
「だぁぁぁッ!」
ため息混じりに振り向くジョーカーに、真田はショートレンジのラリアットをぶち当てていく。
「ツッ! これは、効くね……!」
「おりゃあーーーッ!」
ふらつくジョーカーに、真田は畳み掛けるように渾身の裏拳を放つ。
「クゥッ……!」
さすがに、もんどりうって倒れるジョーカー。
揺れる視界に、コーナーポストに駆け上る真田が見える。
――いいぞ、サナダ。
幾らかたどたどしくも、しっかりと宙に舞う真田の姿を捉えつつ、ジョーカーは満足げに微かな笑みを浮かべた。
――"トンタ"は、今日で卒業さ……!
それは、無論チョチョカラスの域には到底及ばないものではあったが、充分な華麗さと、そして威力を秘めていた。
試合時間21分16秒。
ムーンサルトプレスで、真田はジョーカー越えを果たした。

「うぅ……ホント、お世話になったッス、ジョーカー師匠!」
涙ながらに礼を言う真田に、ジョーカー・レディは苦笑した。
人目の多い空港で、あんまり目立つ行動は控えて欲しいものだが。
「いやいや、私も楽しい思いをさせてもらったし、AACも随分稼がせてもらったからね。礼を言うのは、こっちさ」
社交辞令でもなく言って、ジョーカーは真田の肩を叩く。
「ま、まだウチとSPTの提携は続いてるんだし、どうせ来月も日本で会うだろう。その時は、お手柔らかに頼むよ」
そう言ってウインクするジョーカーに、真田は満面の笑みで答えた。
「ハイッ! 次は日本で!」
搭乗案内のアナウンスが流れ、二人は一度だけしっかりと抱き合って別れる。
様々なものを手に入れ、様々な伝説を残し、真田美幸、帰国。

つまり、"トンタ"逆輸入?