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  SPT流星記  その24 友遠方より来る〜真田AAC修行5〜
 

「おーーーっす! 元気してるか真田ーーー!」
AACのジムに、時ならぬバカでかい声が響いた。
今日も今日とてルチャ修行に励む真田、思わず振り向いて目を丸くする。
「マッキー!?」
驚いた拍子にコーナーポストから転落して悶絶するハメになった辺りは、いつものことなので詳細を語るまでもなかろう。
「相変わらずね、真田も」
ゲラゲラ笑っているマッキー上戸の隣で、ラッキー内田は苦虫を噛み潰したような表情で頭を抱えていた。

「あ〜、ヒドイ目に遭ったッス……」
さすがに憮然とする真田に、未だ爆笑の余韻を引きずっているマッキーが言う。
「いやぁ、アタシたちには爆笑モンだったけどな!」
「それは、あなただけでしょ? 大丈夫、真田?」
一緒にされるのは心底心外、と、うんざりした顔で応じてから、ラッキーは真田に訊いた。
「いや、まあ慣れてるッスよ。向こうを出たときより、受身も格段に上手くなったと思うし」
「ああ、そう。そうなの……」
あまり面白くはなさそうな顔で、それでも平然と答える真田に、ラッキーは軽く眉間を押さえる。
真田はメキシコまで空中殺法の修行に来たのであって、別に受身のレベルアップを狙っての長期遠征ではないはずだが。
「んで、どうしたッスか、二人とも? 何でまた、AACに?」
当然の疑問に、マッキーが誇らしげに答える。
「へへっ! 防衛戦だよ、防衛戦。AACタッグのな!」
なんとっ!? いつの間にベルトを獲ったッスか!?」
驚く真田に対し、答えは後ろの方からやってきた。
「5月よ。あなたがこっちに来てから、割とすぐ」
面白くなさそうに言ったのは、デスピナ・リブレ。
その隣では、ジョーカー・レディが苦笑していた。
「ついでに言うと、獲られた側は私とデスピナさ。ようこそ、ジューシーペア。どうだい、初めてのメキシコは?」
気さくに挨拶をよこすジョーカーに、マッキーが応じる。
「ども! ま、なんつーか、さすが本場のエニアックって感じ?」
エスニックでしょ、おバカ……こんにちわ。少しの間ですけどお世話になります」
呆れ顔でツッこんで、マッキーよりは格段に礼儀正しく挨拶するラッキー。
「なんと……ジョーカー師匠から、ベルトを獲っていたとは……」
愕然とする真田に、ジューシーペアと握手を交わしていたジョーカーが肩をすくめて見せた。
「ま、こんなこと言うと何だけど、私もデスピナもシングルプレイヤーだしね。タッグチームとしては、正直微妙というところか。そうでなくても、ジューシーはいいタッグ屋だよ」
「うむぅ……マッキーやラッキーも頑張ってるんッスね……」
ここまでベルトと無縁の真田、伊達に続きジューシーペアまでベルトを巻いたとなると、さすがに焦りを感じるのか難しい顔で唸る。
よくよく考えれば、後輩の草薙、葛城は別として、これで一切ベルトを巻いたことがないのはRIKKAと真田の師弟だけだ。
ベルトが全てとは言わないが、やっぱり気になるし危機意識も無いではない。
「そんなわけで、次の試合お前はピンでセミファイナルだから」
真田の内心を知ってか知らずか、ジョーカー・レディは何でもないことのようにさらりと言う。
「頼むから、私たちのメインを喰わないでおくれよ? チョチョとお前ってカードだけでも、こっちは圧され気味なんだ」
「はぁ、気をつけるッス……」
真田、気の無い返事をしてキッカリ3秒。
「な、なんですとっ!? 自分が、チョチョさんとッ!?」
漸く事態を把握して驚愕するのであった。

試合当日。
「うわははははははっ! サイコーーーッ!!」
腹を抱えて笑い転げるマッキー。
「ああ……恥だわ……団体の、恥だわ」
渋い顔で頭を抱えるラッキー。
伝説の女、バーニング・"トンタ"・サナダのファイトを初めて目にしたリアクションである。
控え室のモニターには、真田がチョチョカラスではなくコーナーポストにドロップキックを放って、結果足を押さえて転がりまわる姿が映し出されていた。
そこへ、控え室の扉が開き入ってきたのは。
「楽しんでるかい、お二人さん?」
なんと、今宵の対戦相手であるジョーカー・レディ。
さすがに、ジューシーペアの二人も真顔に戻った。
「おいおい、これから試合って時に何の用だ? 場外乱闘でもやらかそうってのか?」
呆れつつも凄むマッキーを制して、ラッキーが前に出る。
「お気遣いいただいてありがたいのですけれど、今ここに来るのは、馴れ合いが過ぎませんか?」
口調は丁寧だが、言外に物騒な空気を醸し出しているのはマッキーと同じ。
ジョーカーは、それでもさほど気にした風でもなく肩をすくめて説明する。
「すまないね。私としても、試合に集中したいんだが、生憎日本語の出来るスタッフが休暇中でいないんだよ。ここにいるのはAACの便利屋ジョーカーで、お前たちがリングで向き合うジョーカー・レディじゃない、とでも思ってくれ」
言ってから、ふと、モニターに目をやれば、何かしら関節技を仕掛けようとしたのだろうが手順がこんがらがってしまい、結局チョチョカラスにダッコちゃん人形よろしく抱きついて首を捻っている真田の姿が。
「……飛ばしてるなぁ、サナダ」
こめかみ押さえて呻くジョーカーの姿に、ジューシーペアも毒気を抜かれる。
「それに関しては、ホント、すみません。チョチョカラス選手にまで、漫才のような真似につき合わせてしまって……」
SPTを代表して詫びるラッキーに、ジョーカーは苦笑しつつもヒラヒラと手を振って応じる。
「ああ、いや、アレはアレでいいんだよ。"トンタ"と言えば、こっちじゃ大人気のエストレージャ(スター)だからな。むしろ、アレがないと客がひく
「スゴいんだか、バカなんだか……」
うぅむ、と唸るマッキーに、ジョーカーは平然と切り返した。
「そりゃ決まってる。凄くて、おバカなんだよ」
苦笑混じりではあったが、ジョーカーは頼もしそうにモニターを眺めつつ続ける。
「バカなだけじゃ、客も納得しない。あれだけバカをやらかして、なおかつチョチョに喰らいついて真っ当にいい試合も出来るからこその人気なのさ。恐らくお前たちが思っているよりも、サナダは遥かに凄いヤツに成長してるはずだよ……たぶん
最後の辺りで首を捻っているところが、言っているジョーカー自身イマイチ掴みかねているところなのだろう。
「そうかぁ?」
「そう、でしょうか……?」
疑わしそうなジューシーペア。
ジョーカー・レディは、ひとつ肩をすくめておくに留め、これ以上は言わないことにした。
どのみち、真田がSPTに戻れば嫌でもわかることだろうから。
「で、用件の方だ。試合前の最終確認に来たんだが、コンディションはOKかい?」
気を取り直して本来の業務に戻るジョーカー。
「おうっ! そいつはバッチリだぜ!」
「いつでもどうぞ。負けませんから」
「そうか。じゃあ、そのように伝えておくよ」
口々に答えるジューシーペアの二人に苦笑し、ジョーカーは踵を返した。
「入場のタイミングに合わせて、スタッフが呼びに来る。じゃあ、リングでな」

「いや〜、無事防衛ッスか。ジョーカー師匠が負けたのは複雑ッスけど、まあ、よかったッス」
翌日、日本への帰途に着くジューシーペアと見送りに来た真田の姿が空港にあった。
「へへっ! ま、アタシたちは実力で売ってるからね!」
上機嫌で真田の祝福に応じるマッキー。
「そうね。勝ててよかったわ」
ラッキーは、クールを装ってはいたがどこかホッとした風で言って、少しだけしかめっ面になって続けた。
「真田も、あと一月ちょっとなんだから、しっかり腕を磨いてきてね。それと、あんまりAACにばかり染まってないで、少しはSPTの情報も仕入れときなさい」
「いやぁ……昨夜、はるっちとメールして色々情報仕入れたッスよ!」
ラッキーのお小言を笑って受け流し、ふと思い出して真田は続けた。
「あ、そういえば。聞いたッスよ〜、ラッキー。ファンクラブが出来たらしいっすね」
「むっ……」
「え……」
ジューシーペアの二人に、目に見えてヤバ気な緊張が走る。
「え、えっとね、真田……」
ラッキーは、どもりつつも、それ禁句だからっ! と必死でアイコンタクトを試みる。
真田に通じるわけもないが。
「またまた〜、そんな照れなくてもいいじゃないッスか。自分、そういうの無いッスから、正直羨ましいッスよ〜」
屈託無く羨む真田。
その姿に、マッキーは僅かに力を得る。
そうだ、まだここに仲間がいるではないか。
「よしッ、真田ッ! 日本に帰ってきたらサイン会やろうぜッ! 大々的に! アタシと一緒に!!」
試合の時より燃え盛る、マッキー上戸狂気の瞳。
「お? いいッスね〜! んじゃ、社長に根回しよろしくッス!」
極めて乗り気な"トンタ"真田。
ラッキーは、もう引きつった愛想笑いを浮かべることしか出来なかった。
この先起こるであろう、混乱を幻視しつつ――

その頃、日本。
伊達選手近藤選手にファンクラブが出来たそうです」
霧子の報告に、社長は虚ろな瞳で尋ねた。
「あー……一応訊くケド、マッキーは?
視線を窓の外に投げ、霧子は、ボソリ、と答える。
「……ありません」
「……そうか」
社長と霧子は、揃ってため息をついた。

ベルトよりファン。それがレスラー。