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  SPT流星記  その23 お師匠さまが大変です!?〜真田AAC修行4〜
 

「RIKKA選手が失恋したようです」
唐突な上にあんまりな霧子の報告に、社長は水芸のようにピューっと麦茶を噴き出した。
「あー、うん。何でそういうコトを知ってるのかとゆー辺りは今更なんで訊かないけど、それで、どうしろと?」
デスク周りをティッシュで拭きつつ、当然の疑問を口にする社長。
あーあ、後でキーボード分解して干さなきゃ。
「いえ、報告までに。心の痛手が癒えるまで、練習に身が入らないかもしれませんので」
「あ、そ……そですか」
井上霧子がいる限り、この会社に厳密な意味でのプライバシーなどというモノは存在し得ないのではないだろうか?
そんな疑念に駆られながら、社長は引きつった愛想笑いを浮かべる。
「ああ、ちなみに失恋に至った主な原因は"マスクを外してくれないから"らしいので、先月の特訓で社長が長時間RIKKA選手を拘束したこととはあまり関係がないと思いますよ?」
「……もういいから。一々事細かに報告しなくていいから!」
これ以上、知らないでもいいコトを教えないで。
ボクにも、秘密を知ることによる罪悪感があるの。
そんな感じで社長が懇願しているところに、オフィスの電話が鳴る。
「はい、ありがとうございます。SPTでございます」
素早く余所行きの顔と声に切り替えた霧子が取り、すぐに社長のデスクに回した。
「社長、AACのジョーカー・レディ選手ですよ。今月のスケジュールに関してですかね?」
「ああ、そ。はいはい、と」
気を取り直し……切れないまま電話に出る社長。
「もしもし? うん、ども……は? いや、何でも。ちょっと、RIKKAのコトでね……いや、何でもない! 俺にも言えないコトが!
かくして、伝言ゲームが始まった。

「ぐぬぬ……どしたんす? 何かあったッスか、ジョーカー師匠?」
朝から難しい顔で首を捻るジョーカー・レディに、ウエイト・トレーニングに励んでいた真田が声を掛ける。
「うん? いや……」
さすがに、ジョーカー・レディも迷った。
昨晩のSPTのボスの口ぶりでは、何か尋常ではないことが起こったらしい。
それも、その対象は真田が師匠と慕うRIKKAである。
普通に考えれば、すぐにでも知らせてやるべきであるが……しかし、ここで真田を混乱させ不安がらせるような情報を漏らすのはいかがなものか?
本当に必要があれば、RIKKA自身から連絡が来るはずだし。
いや、待てよ?
あるいは、RIKKA本人が連絡を取れないような状態だったとしたら?
いやいや、それならそれで、SPTのボスから真田に何かあるはず……だが、あのトボケてはいても人の善いボスが、敢えて遠征中の真田を動揺させるような情報を伝えるだろうか?
いずれにせよ、向こうの判断でそうしていることなら文句を言えた筋合いではないのだが。
とはいえ、今やジョーカー自身にとっても真田は弟子である。
その真田が大切に思っている人間の身に何かあったとしたら……やはり、伝えるのが人としての道ではないのか?
いやだがしかし。
嘘も方便、沈黙は金。
これが悲しい知らせなら、伝えないのも人の情。
いかがしたものか、と思考は巡る堂々巡り。
「こっちの問題だ。気にしなくていいよ」
とりあえず情報収集が先決、と賢明な判断を下し、この場はお茶を濁すジョーカー。
「はぁ? そッスか?」
不思議そうな顔の真田には悪いが、今は情報を漏らすわけにはいかない。
特に、ベンチに寝そべってバーベル上げてる今の真田には。
……いいかげん、ジョーカーも真田のギャグ体質への理解が深まっていた。

「あれ? ジョーカーさんが公衆電話?」
ジムへ向かう途中、ふと電話ボックスにジョーカーの姿を見つけたジュリア・カーチスは、怪訝な表情を浮かべた。
ジョーカーは家族と離れてメキシコシティで一人暮らし。
最近は真田を下宿させているとはいえ、この時間彼女はジムでトレーニング中のはず。
別に孤高を気取っている人ではないから色々交友はあるんだろうけど、この時間にわざわざ公衆電話から電話を掛ける相手など思いつかない。
会社への貢献度で言えばチョチョカラスに勝るとも劣らないジョーカーであるから、ほとんどフリーでオフィスの電話を使えるわけだし。
公私混同を避けて個人的な電話だからと公衆電話を使うにしても、ジムの入り口にだって据え付けてあるはず。
何故、わざわざジムに近いとはいえ街中の電話ボックスを使うのか?
「ん? となると……」
ふと、気付いたジュリア、あからさまにいやらしい笑みを浮かべてコソコソと電話ボックスに忍び寄る。
そう、会社の電話を使えない個人的な内容、かつ、ジムの公衆電話ではマズい内容、となれば。
女の子は世界共通。
つまり、これはもう色恋沙汰としか思えなくなっているジュリアであった。
電話に夢中なのかジョーカーに気付かれることも無く、首尾よく電話ボックスの脇に辿り着くジュリア。
期待感にニヤニヤ笑いつつ耳をそばだてると――
「いや、RIKKAに何があったのか、キチンと説明を聞きたいと思ってね……そうもいかないよ。サナダは、私にとっても大事な弟子だからね。RIKKAに何かあったんなら……じゃあ、何で言葉を濁すんだい? おかしいじゃないか……!」
……神様、やっぱり盗み聞きはよくないですよね。
ジュリアがおバカさんでした。
どうか、私の耳には何も届かなかったことにしてもらえません?

色恋沙汰どころか酷くシリアスかつヘビーな内容を聞く羽目になったジュリア・カーチス、泣きそうな顔になりながら密かに撤退。
この内容だと、ジョーカー・レディに盗み聞きがバレたら半殺しではすまない。
周囲では、ジョーカーの実力は下り坂、なんて言われているみたいだが、それでもジュリアにしてみれば逆立ちしても敵わない怖い先輩なのである。
どうにか気付かれずに撤退に成功したジュリア、それでもこの場に留まるのはマズいと、足早にジムを目指すのであった。

「ふ、ふふ……悪いコトは出来ないわね……ホント、どうしよ……」
ブツブツ呟きつつジムの玄関をくぐるジュリア・カーチス。
そんなあからさまにおかしな態度をとっていれば、当然不審に思う人間はいるわけで。
「おい! どうしたんだ?」
すれ違ったミレーヌ・シウバが、少し乱暴な言葉でジュリアを呼び止める。
言葉遣いが乱暴なのは元からで、別に苛立っているわけでも脅しているわけでもないのだが。
「ヒッ!? び、ビックリさせないでよ! 心臓が止まるかと思ったわ」
後ろ暗いコト現在バリバリのジュリアにしてみれば、飛び上がるほどビックリしてしまうわけで。
「はぁ? 何言ってんだ? こんなんで驚くなんて、よっぽど悪いことでも考えてたんじゃねぇのか?」
少しばかり呆れた顔で突っかかるシウバ。
「な、何でもないわよ! ただ、ちょっと……」
「ちょっと、何だよ?」
追求されたジュリアは返答に窮し。
「べ、別に……RIKKAがどうなろうと、私のせいじゃ……
つい、漏らしてしまってから慌てて口を押さえる。
「あ? RIKKAって、ニッポンのニンジャレスラーか? それが……」
「な、何でもない! 私は、何も知らないのよ〜〜〜っ!!」
怪訝な顔のシウバを残し、ジュリア・カーチス逃亡。
「何だ、アイツ?」
首を捻りながら、シウバはジムに戻る。
当然、そこには真田がいるわけで、彼女なら何か知っているかもしれない、と思わないでもなかったのだが。
生憎シウバは日本語があまり得意ではなく、そして真田は未だにカタコトのスペイン語も喋れなかったりする。
仕方なく、奥の方にいたデスピナ・リブレのところまで歩いていって。
「おい。RIKKAに何があったか聞いてるか?」
単刀直入に訊いてみたりした。
さっぱり事情がわからないデスピナ、いきなり何を言い出すのやら、と困った表情で応じる。
「RIKKA? サナダの日本での師匠でしょう? それが、どうしたの?」
訊き返されても、シウバに答える術は無い。
ただ、首を捻りつつ知っている限りのことを伝えるだけだ。
「わかんねぇ。どうかなったらしいぜ」
あまりにも知らなさ過ぎでしたが。
「何、それ」
デスピナとしても、渋い顔でそう言うしかない。
雰囲気からして、何か悪いことのようではあるが。
と、そこへ。
「デスピナ。何をしているのですか? 早くなさい」
スパーリングを求めデスピナを待っていたチョチョカラスが声を掛ける。
「はい、すぐに!」
慌てて駆け寄るデスピナ。
「まったく、トレーニング中に何をお話をしてるんです、デスピナ?」
少しばかり不機嫌そうなチョチョに、デスピナは困り顔で答える。
「どうも、サナダの日本の師匠に何かあったらしいです。何かしたのかも
「サナダの師匠……RIKKAがですか?」
さすがに、チョチョカラスも幾らか驚いた表情を浮かべ。
ツカツカとジムを横切って。
「サナダ」
「はい! 何ッスか?」
巡り巡って真田の耳に入る第一報。
「RIKKAは無事ですか?」
「なっ!? なんですとッ!? 師匠に何がッ!?」
バーベル上げを終了してダンベル・トレーニングに移っていたことは不幸中の幸い。
とりあえず、自分の足にダンベル落とす程度で済みました。

「師匠! どうしたんッスか! 何か言ってください!」
慌てて緊急連絡用に持たされている携帯電話を取り出した真田、何事かと集まってきたAAC選手一同に目もくれず、RIKKAの携帯に電話して叫びまくる。
日本の標準時間からマイナス15時間という時差に関しては、スッポリ頭から抜け落ちているらしい。
今、日本は真夜中。
迷惑なことこの上ない。
そもそも、時差云々以前にRIKKAと電話でコミュニケーションをとろうというのが間違いである。
ふぅ、とため息ひとつ残して電話を切られた真田、めげずにダイヤルしようとしているところへ。
「やめな、このトンタ!」
スパーン、と、漸く戻ってきたジョーカー・レディが頭をはたく。
「まったく……お前は国際電話でファイトマネーを使い尽くすつもりか?」
「じょ、ジョカー師匠!? いや、しかしッ! 師匠の一大事でッ!!」
頭を押さえつつも反論する真田に、ジョーカーはため息混じりに言う。
「子供じゃないんだから……事情は、向こうに帰ってからゆっくり聞けばいいだろう?」
「ううっ! しかしぃ……」
なおも食い下がる真田。
まあ、こういう一途なところは真田の魅力でもあるのだが……
「とりあえず、連絡がついたってことは無事だってことだろう? どうしても気になるなら、夕方にでも向こうの仲間に事情を聞いてみなよ」
「おおっ!」
なるほど、と手を叩く真田。
「そうか、社長に訊けばッ!!」
スパーン、と、再度真田の脳天をどつくジョーカー。
今度日本に行ったら、キリコにハリセンとやらを作ってもらおう。
「今はやめときな。向こうは夜中だ。そもそも、あのボスは口が堅くて私もお手上げなんだ」
「何と、既に手を回していただいてましたかッ! ありがとうございますッ!!」
いや、そもそも情報漏れたのソコからですし。
「あ、いや私も、つい今しがた……」
実は素直に礼を言われたりすると弱いジョーカー、少しばかり照れた顔をしたりするのだが。
「あれ? 今ニホンは夜中って……」
思わず首を捻りつつ漏らしたジュリアに、ジョーカー・レディ照れ隠し&ついさっきまで自分も時差の存在をすっかり忘れていたという事実隠蔽のために一撃くれて黙らせる。
「って、それはいいんだよ! とにかく、後にしな、後に!」
「じゃ、じゃあ、せめてはるっちにメールを……」
礼は言いつつもしつこく食い下がる真田に、ジョーカーはため息をついた。
「ま、メールならいいか……先方に迷惑も掛からないだろうしね」
ジョーカーのお許しが出て、真田は大慌てでメールをしたため送信。
「頼むッスよ〜はるっち!」
今か今かと携帯を握り締めて待つ真田。
さすがに、ジョーカーも呆れ顔。
「あのな……向こうは深夜の2時か3時かってところだぞ? 普通起きては……」
「きたーーーーーっ!!」
「マジかっ!? どういう生活をしてるんだ、ダテは!?」
さすがに驚くジョーカー・レディ。
レスラーなんて規則正しい生活してるのが当たり前のハズだが……どうやら、伊達は活動中だった模様。
まあ、日本全国生活の深夜化が進んでいるしね。
そのメールにしたためられていたのは。

From はるか
To 美幸ちゃん

(⌒∇⌒)ノ やっほ〜、美幸ちゃん元気〜?
先月はRIKKAさん社長と特訓だった。
今月は斉藤さんだって
……私は? (;_;)
メールの件だけど……ゴメンね、やっぱり書けないよ。 (ー_ーゞ モウシワケナイ
あ、でもRIKKAさん元気だから。
心配するようなことじゃないってのは保障するネ。
いや、私が同じ立場になったらって思うとアレなんだけど…… "r(^^;) ポリポリ
じゃあ頑張ってね。AACの皆さんにもよろしく〜〜〜。 (⌒0⌒)/~~~ バイバイ

「……なあ、コレ、本当にダテか?」
あまりに本人とのギャップが激しい文面に、思わずイヤな汗を流しつつ訊くジョーカー。
「はるっち、メールではこんなモンっすよ?」
「そ、そうか……人は見かけによらないものだな、うん」
とりあえず、伊達からの返信を受けて大騒ぎ状態からは脱した真田。
それにしても、と首を捻る。
「いったい、何があったんッスかね……?」
「さあな? 私にも、正直わからないね」
ジョーカー・レディに出来ることは、一緒に首を捻ることぐらいだった。

そして。
「お? メールっす」
夕方になって、そろそろ真相を知ろうと携帯電話を手にした真田は、着信したばかりと思しきメールに気付く。
「どうした、サナダ?」
「いや、何か、柳生さんからメールなんすケド……」
心配して訊いてきたジョーカーに答えつつ、メールを開くと。

From 柳生美冬
To 真田美幸

お主がRIKKA殿について気にしておると伊達より聞いた。
しかしながら直裁的に語るは憚られる内容ゆえ、歌にして記す。

春過ぎて 愛ずるも消ゆる おもひぐさ しのべどかなし 大和撫子

お主に和歌は難しかろうから解説しておく。

春(=恋愛状態)が過ぎて、愛でていた(=愛していた)のに思草(=想い・恋)は消えてしまった。
大和撫子(ここでは日本女性を現す言葉として使用しておる。つまりRIKKA殿のことだ)の私は、しのんで(想い出を偲ぶ、とRIKKA殿の忍びを掛けておる)はいるけれど、やはり悲しいものである。


なお、冒頭に春と入ってはいるが、季語的には「おもひぐさ」ないし「大和撫子」の夏が正しい。
プライベートのこと故、これ以上は触れぬ。
お主も触れてやるな。
以上。

「……」
「……」
しばし無言の二人。
「……これはまた、ヤギュウらしい文面だな」
「……そッスね。自分も柳生さんからメールもらうの初めてッスけど」
とりあえず、どうでもいい方向から話に入るが。
「……」
「……」
やっぱり長くは続かない。
「……なあ」
「……はい」
「ぶっちゃけ、失恋?」
「ぶっちゃけ過ぎッス」

大山鳴動して鼠一匹。