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  SPT流星記  その22 好敵手というもの〜真田AAC修行3〜
 

ズダン、と豪快な音を立てて、デスピナ・リブレがマットに転がる。
「もう終わりかしら?」
呻くデスピナを、少しばかり冷ややかな目で見下ろしつつ問うのはチョチョカラス。
デスピナは、顔をしかめて上半身を起こしつつ言った。
「ちょっと、インターバル貰えますか?」
正直、加減されているとはいえチョチョカラスの技を連続で喰らい続けるのは辛い。
チョチョカラスには悪いが、これは練習。
無理をして怪我でもしたら、本末転倒というものだ。
「そう。では、暫く休んでなさい」
ため息混じりに言って、チョチョカラスは周囲を見回す。
ここ最近、妙に熱の入っているチョチョとのスパーリングを進んでこなそうという者は少ない。
もちろん、練習である以上チョチョもそれなりに手を抜いてくれるのだが……なにぶん、チョチョカラスと他の選手とでは地力に違いがありすぎる。
あまりに加減が過ぎればチョチョの練習にならず、さりとてチョチョのレベルに合わせていては試合をしているのと大差ない状況に陥ってしまう。
そういった事情で、現在AACのジムでチョチョカラスと積極的に絡もうとする者は、ほとんどいなかった。
憧れのスペルエストレージャ(スーパースター)が相手とはいえ、トレーニングで潰されたいなどという奇特な人間はいないのだ。
「チョチョ、飛ばし過ぎると嫌われるぞ?」
ご意見番の一人という立ち位置にあるジョーカー・レディが、不満そうに辺りを見渡すチョチョカラスに、やんわりと忠告する。
AACはSPTと違い選手会などという組織も選手会長という役職も無いが、それでも自然発生的にそういった立場の人間は生まれるものだ。
経験豊かで情に厚く、驚くほど聡明で見識の高いジョーカー・レディは、こうした調整役にうってつけの人材であった。
チョチョカラスも、ジョーカー・レディに諭されれば一歩退かざるを得ない。
「そうね。少し頑張り過ぎたかしら?」
残念そうに肩をすくめるチョチョ。
「そう焦らなくても、どうせ今月は日本でダテとやるんだろう? 欲求不満は、その時解消しておいで」
苦笑するジョーカーに、チョチョカラスが憮然とした表情で何か言い返そうとしたところへ。
「ジョーカー師匠ッ! リング空いたなら、スパーリングお願いしたいッス!」
昨今AACのジムを騒がせている、もうひとつの原因が爆音立てて駆け寄ってきた。
バーニング・"トンタ"・サナダこと真田美幸。
彼女の場合、単純に騒音としてやかましいことこの上ない。
「あー、サナダ? ちょっと待って……」
ジョーカーが言いかけたところを、チョチョが遮った。
「次は、貴女が相手ですね。さあ、おいでなさい、サナダ」
「おっ!? チョチョさんとッスか!?」
さすがに驚く真田。
AACにおいてはお客さん兼新参者の下っ端という扱いであるから、今までチョチョカラスとのスパーリングなど無かった。
特別禁止されているというようなことは無いが、周囲の空気がそれを許さないのである。
AACの選手たちにとっては、自分たちを差し置いて余所者がスペルエストレージャの指導を受けるなどという状況は面白くない。
「え…っと、いいんスかね、ジョーカー師匠?」
一応は空気を読んでいる真田、少しばかり不安げに尋ねるが。
「好きにしな、もう……」
いささか呆れ気味に、ジョーカーは許可を出す。
チョチョはチョチョで人の忠告を真面目に聞いてないし、真田は真田で今にもリングに上がろうとソワソワしているし。
そもそも、他の選手たちがチョチョとのスパーリングを避けているのだからどこからも文句は来ないだろうし、来たとしても筋違いと撥ね退けることが出来る。
「ぃよっしゃーーーっ! いっちょ、お願いするッス!!」
「ええ、来なさい!」
これから試合でもするつもりか、お前ら。
「ま、ほどほどにな……?」
気合を入れまくる二人に、一応声を掛けてジョーカーはリングから離れた。
彼女にだって、自分自身のトレーニングがある。
その上、学識と言語能力を買われてSPTとの渉外担当まで務めている昨今、実はチョチョカラス以上に忙しい人物であったりするのだ。

二時間後。
オフィスに出向いて今月のSPT参戦スケジュールを確定させたジョーカー・レディがジムに戻ると。
「……訊きたくないし訊かなくても概ね理解できるけど、何の騒ぎだい?」
ジムを満たす異常な熱気に閉口しつつ、誰にとも無くジョーカーが問えば。
「ジョーカーさん……見ての通りよ。ロデオより目が回るわ
うんざりとした顔で答えるジュリア・カーチス。
その目が、至急我ラヲ救助セヨ、と訴えかけている。
リング上には。
「うりゃーーーーーっっ!!」
「喰らいなさいッ!!」
時間無制限、本数無制限で試合に励む暴走機関車が熱闘を繰り広げていた。
「……ずっと?」
傍らのシウバに問えば。
「ずっと」
疲れ果てた表情で即座に頷くシウバ。
「私が席を外したのは、一時間半ほど前になるが……」
現実逃避を試みて呟けば。
「二時間ずっとだよ……」
今にも吐きそうな顔で、アリシア・サンチェスがかぶりを振る。
「どんなスタミナだ、アイツら……」
もう、呆れるより他無いジョーカーに。
「私が訊きたいわ」
憮然とした調子で言うデスピナ。
「あー……」
ジムの隅に退避していた選手たち――まあ、逃亡していないだけマシな連中――の、無言の圧力に唸るジョーカー。
しょうがない、とジョーカーはかぶりを振って。
「ま、腐ってもレスラーだし、コレで止まるだろ」
道具箱からゴングを取り出して乱打したのであった。

「お前たちは、ジムを魔界に変えるつもりか?」
心底呆れたと言わんばかりの仏頂面で説教をたれるジョーカー・レディ。
「も、申し訳ないッス。つい……
「とてもタフだから。うっかり……
真田とチョチョ、二人揃って正座させられ反省中。
AACの人気者二人(しかも一人はスペルエストレージャ)に、こーゆー扱いを出来る人間はジョーカー・レディをおいて他に無い。
だからこそ、実力は下り坂とはいえ誰もが彼女を尊敬するのだ。
そんなコトで評価されても、あまり嬉しくはないのだが。
つい、とか、うっかり、とかじゃないだろう? 周りへの影響も考えな、まったく……」
頭を抱えつつ諭すジョーカーに、チョチョカラスが反撃する。
「影響と言うことであるのなら、とても良い影響が出ているわ。サナダといい、ダテといい、AACはSPTからとても良い影響を受けている。それは、貴女もわかっているはず。SPTとの提携をプッシュした、貴女のお手柄と言っても過言ではありません」
「いんや〜、今のウチがあるのも、AACのおかげッスよ! 社長とか、霧子さんとか、常々すっげぇ感謝してるッス。もちろん、自分たちも――」
更に真田がその尻馬に乗ると、ジョーカーのこめかみに青筋ひとつ。
「誰がそんな話をしているかっ!? 限度を知れと言ってるんだよ! 正直、お前たち暑苦し過ぎて周りが蒸し焼きになっちまうってんだ!」
ジョーカー・レディ大暴れ。
しかし。
「とても申し訳ないわ」
チョチョカラスは涼しい顔で言い。
「面目ないッス……いや、しかしッ! レスラーたるもの、熱くなくてはッ!!
真田の反省は2秒ともたず。
「反省が足りーーーーーんッ!!」
ジョーカーは、自分のスタンスを心底報われないと思った。
なお、余談であるが。
その日以降、AAC選手一同の強い要望――主に見ている方の健康上の理由――により、チョチョカラスと真田のスパーリングはジョーカー立会いの下30分以内、という明確なルールが適用されることになった。

「ただいま……」
「ただいまー! いやー、今日は疲れたッスね!」
疲労困憊のジョーカーに続き、言葉ほどには疲れを感じさせない真田がドタドタとアパートに入る。
ジョーカーとしては、自分の疲労の原因についてもう一度説明してやろうか、という衝動を感じないでもなかったのだが、何をどう言ったところで余計に疲れるだけなのは目に見えていたので断念した。
「あぁ……その上、今日の料理当番は私か」
げんなりした顔で呟き、とりあえずダイニングの食卓椅子に座り込むジョーカー。
「あ、お疲れみたいなんで、自分やるッスよ」
「そうかい? じゃあ、頼もうかね」
上機嫌で鼻歌なんぞ響かせつつキッチンに向かう真田。
「何が、そんなに楽しいのやら……」
つい、ボソリと漏らしてしまうと。
「え? そりゃあ、今日はチョチョカラス選手の胸を借りられたっすから」
ニコニコ顔で答えてから、真田は慌ててフォローする。
「あ、いや、ジョーカー師匠とのスパーが不満とか言うわけでは決して無く!」
「構わないよ、いちいち言わないでも」
ジョーカーは、苦笑しつつも気にしていないと手をヒラヒラと振った。
「まあ、チョチョがあそこまでスパーをやりこむことは滅多にないしね。稀有な機会だったことは確かさ」
「そうなんスか?」
ここ最近のチョチョカラスしか知らない真田は、キョトン、と首を傾げるが、実際チョチョはどこか超然とした孤高の部分があり、それほど熱心にスパーリングに打ち込むことは無かった――伊達という、ライバルを得るまでは。
「チョチョはな」
静かに、ジョーカー・レディは言う。
「嬉しいのさ。全力で遣り合える相手を見つけてな」
自身が、既にその位置にいない無念が僅かばかりにジョーカーの胸に痛みをもたらす。
「むむぅ……それは、はるっち?」
「ハルッチは、ダテのことだったか? なら、そうだよ」
唸る真田に答え、ジョーカーは独白のように続ける。
「いいものさ、ライバルってのはな」
しみじみと語られる、大人の言葉に真田は。
「うむぅ〜〜〜っ! こうしてはいられないッス! 自分も負けるわけにはッ!
全然、別の方向に感じ入ってしまったようだ。
その場でトレーニングを始めだしそうな勢いの真田に、これだけ練習した後にまだやるつもりか、とか、少しは感傷に浸らせてくれないだろうか、とか、色々思わないではなかったのだが。
「とりあえず、食事にしようよ? な?」
今のジョーカーには、疲れた顔でそう言うのが精一杯だった。
あるいは真田もまた、ジョーカーにとっては遠い、チョチョカラスと同じ世界に至るのではないだろうか、と予感めいたことを感じながら。

その前に、限度をわきまえてくれ真田――ムリか。