さて。 時折特訓と称しては選手と遊ぶのが社長の隠された(別に隠してないか)趣味であったりするのだが。 フライング真田プロジェクト発足以来、その時間は大半真田に対して振り分けられていた。 伊達が思うように、ある意味真田が社長を占有している状況が半年以上も続いていたわけだが。 その真田は、現在フライング真田プロジェクトの最終章として、メキシコAACでの実戦修行の旅へと出かけている。 そうなると、当然社長の特訓遊びに付き合う選手は真田以外の誰かということになるのだが。 残念ながら、そのお鉢が伊達に回ってくることは無かった。 なにぶん、伊達は優秀過ぎるのである。 特訓するまでも無くSPTのトップを張っているのだから、わざわざ社長が特訓対象に指名するはずもない。 その事実に気付いてちょっと気落ちする伊達を尻目に(※毎度お馴染み伊達ビジョン)、今月は草薙が特訓選手に指名されていた。 特訓は、SPTのジムではなく別途トレーニング施設を借りて行うこととなっている。 社長と連れ立って歩く道すがら、草薙は不安げに眉をひそめ首を捻って言った。 「特訓、ですか……大丈夫でしょうか?」 社長は、気の抜けた軽い笑みを浮かべて応じる。 「そー難しく考えなくてもヨイよ? よーするに、ちょっと変わった練習しましょう、ってだけだから」 身も蓋もない言い方であった。 「はぁ……」 余計に不安を感じ、明らかに乗り気でない様子の草薙。 しかし、草薙がどう思おうが歩いていればそのうち目的地に着くことは当たり前で、程なくして二人は大手のスポーツジムに到着。 そして、貸切の小さなトレーニング室に入る。 なにやら物々しい機械が、デン、と鎮座しているのを見た段階で、草薙の緊張は早くも頂点に達しようとしていた。 「うん。それじゃ、始めますかー」 何が楽しいのか、社長はニコニコ笑みを浮かべて件の機械を見ながら説明を始める。 「今回の特訓は、この最新式の……」 「最新式ッ!?」 怪訝な顔で振り返る社長。 「ん? どうした、草薙?」 「あ、いえ、何でもございません……」 慌てて誤魔化す草薙に首を捻り、社長は説明を再開する。 「はぁ? まあいいか。で、この最新式トレーニングマシンで……」 「マッシン!?」 すぐさま中断した。 「いや、ホントにどうかしたのか?」 「い、いえ、本当に何でもございませんので……」 思い切り訝しげに顔を覗き込んでくる社長に、草薙は愛想笑いを浮かべて"別に何でもありませんよ?"とアピールする。 誰も知らない(わけがないが)知られちゃいけない、草薙みことのメカ音痴。 精神的原始人、などという不名誉な異名、新天地SPTでまで賜りたくはないのである。 「そッ、その、社長? この機械は、信頼できるものなのでしょうか? あまり、効果的なようには見えないのですが……」 何とか誤魔化そうと、草薙は社長の説明に口を挟む。 社長は、う〜ん、と首を捻りつつ応じる。 「元はNASAで宇宙飛行士の訓練に使ってた技術を応用したモノらしいケド。空中での姿勢制御の訓練とか、そーゆーのに効果的だって。とりあえず、RIKKAのお墨付き。あと、真田は喜んで遊んでたなぁ」 おのれNASAめ。 おのれ宇宙飛行士め。 何を考えてこんなモノを作ったのか。 人間なら人間らしく地に足つけて生き様見せんかい。 あと、恨みますよ? RIKKA先輩? 真田先輩? 黒い念仏を胸の内で唱えつつ、草薙はなおも食い下がる。 「そ、それは私向きではないのでは? あまり、飛んだりしませんし……」 「いや、だからこそ特訓しとこうかと」 余計なお世話です。 そう言いたいのをグッと堪え、草薙は提案した。 「いえ、せっかくですけれど、今は投げ技の習熟に励みたいと思う次第なのです、はい」 それを聞いた社長、にへらっ、と笑って方針転換。 「あ、じゃあコッチの機械にする? U.S.マリーンの矯正訓練にも使われるとかいう、リアルタイム生体信号アナライズシステム搭載のフィジカル・トレース――」 「空中殺法ドンと来いです」 溢れ返る横文字の洪水に、草薙みこと見事な拒否反応。 「……そお? こっちはこっちで、ジューシーペアが太鼓判押してんだけど……」 怪訝な表情で言いつつ、姿勢制御マシーンの方に向かう社長。 「あー、髪はシッカリまとめといてね。アームに絡みついたりしたら、恐ろしいコトになりそうだから」 社長の注意に、パッと明るい顔で応じる草薙。 「そ、そうですねッ! では、失礼して更衣室に……」 「いや、ソコに専用のヘルメットがあるから。メットん中にシッカリ収めといてね」 おのれヘルメット。 なぜ私の"更衣室で髪と格闘して時間超過大作戦"の邪魔をする。 だいたい、何でヘルメットなど着用せねばならないのか。 「今まで例は無いらしいけど、結構グリグリ動くからね。一応、落下事故に備えてヘルメット着けることになってるから」 草薙の心の声が聞こえたわけでもなかろうが、グゥの音も出ない説明をしてくださる社長。 渋々、草薙はヘルメットを被り豊か過ぎる黒髪を中に押し込む。 そうこうするうちに準備が整ったらしく、社長が草薙を手招きした。 「んじゃ、コッチ来て。そこのフットレストに足を置いてね」 「ふ、ふっとれすとですね、はい……」 社長の尻から伸びる黒い尻尾を幻視しつつ、社長が指差している小さな板に足を載せる。 「まあ、そんなに緊張しなくても大丈夫だって」 あまりにぎこちない草薙の動きに笑みを漏らす社長。 ――く……いけない、平常心、平常心…… これ以上失態を見せてなるものか、と努めて平静を装う草薙。 そうする間に、社長は次々と草薙に機械式のアームを取り付けていく。 その一つ一つが、草薙にとっては手錠か何かのような錯覚をもって認識されるのであった。 「それじゃ、いくよー。持ち上げられるから、てきとーに動いてみてねー」 楽しそうな社長の声と同時に、腰と肩のアームを中心に草薙の身体が宙に持ち上げられる。 その感覚よりも。 ガキョン。 ウィン、ウィン、ウィン。 パシュー。 ガッチャン。 機械の動作音が草薙をパニックに陥れた。 「ひッ!? なななな、何ですかッ!? 何が起こってーーーッ!?」 堪えきれず、いきなり暴れ始める草薙。 「ちょッ!? 草薙ッ! 落ち着けぇーーーッ!!」 さすがに社長も色を失って慌てまくる。 見かけによらずスピードもパワーも抜群の草薙、自在に動くはずの制御アームの構造限界点を楽々と突破。 バキン、ボキン、と、あちこちからありえない音が響く。 「ま、負けませんッ! 負けませんよ、こんなことではッ! 大和撫子は負けないんですぅーーーッ!!」 パニック絶好調の草薙、ついに腕に装着されたアームをへし折る。 「いや、ワケわからんからッ!? とりあえず落ち着け草薙ィーーーーーッ!!」 慌てながらも、手順に従い機械を止めに掛かる社長。 しかし、既に破壊の足音が聞こえ始めたマシンが、まともな手順で止まってくれるわけがない。 「こ、これはッ!? こんなものは、斜め45度で叩けば何とでもなるとお婆さまがッ!!」 挙句始まる、腕に絡みついたアームの残骸を使っての破壊活動。 「それはドコの真空管テレビだーーーーーッ!?」 社長のツッコミも、最早ピントがずれ始めていた。 結果。 バキンッ! ボキンッ! ドサッ! ぷしゅー、と気の抜けた音を立てて動作を停止するマシンの只中、このマシン初の落下事故経験者となった草薙が見事に着地を決めていた。 「…………」 「…………」 なんとも気まずい沈黙の中、漸く草薙がポツリと呟く。 「な、何とか乗り切れました……」 社長は、名状し難いツラで眉間を押さえつつ応じる。 「……草薙」 「はい」 「とりあえず、お前マシン使用禁止な?」 「……はい」 社長の宣告に、草薙みことは恥ずかしそうに頬を染めて頷いたのであった。
SPT、被害相当額弁償と同時に出入り禁止。 |