抜けるような青い空。 綿飴みたいな入道雲。 眩い白の海岸線。 波打つ海は澄んだ蒼。 時々飛んでく戦闘機。 彼方に浮かぶ補給艦。
エリアSPT……ここは地獄の激戦区。 生きて花道を戻れる幸運は秘書任せ。 俺たちゃ地獄の悪魔と助けてママン! ……後ろの方はどーかと思うが、SPTの面々は南の島でバカンスと洒落込んでいた。
「いい陽気ですね、社長!」 「まあ、南国だしねぇ……」 日頃の激務から解放されてニコニコ顔の霧子に、社長は日向で昼寝を決め込む野良猫よろしくビーチベッドに寝転び、だらしなく伸びをしながら欠伸混じりに答える。 「もう、社長! せっかくのバカンスなんですから、社長も楽しまないとダメですよ」 「うん、そだね……ところで、何でココだったわけ?」 バカンスの行き先は、霧子に一任されていた。 結果、太平洋のこの島にみんなで来ているわけだが。 「安かったんですよ。一般ツアーも考えたんですけど、旅行先でまでスケジュールに縛られるのはイヤじゃないですか。それで、福鉄旅行のコンダクターに相談しまして。誠意的な方で助かりました」 ニッコリ笑って、答える霧子。 社長は、ちょっとだけジト目になりながら応じる。 「そりゃ、安いよね……こンだけ、キナ臭けりゃ」 3キロ先の海岸線、U.S.マリーンが演習中。 何が悲しくて、バカンスの注意に"米軍とのトラブルは避けること"などという項目を入れにゃならんのか。 観光客もチラホラいるが、周辺に建つ観光施設の規模に比べると寂しい限りだ。 まあ、だからこそ穴場と呼べるのだ、という主張もあろうが。 「今度は、選手たちに選ばせよう。うん」 それはそれで、柳生や斉藤、草薙あたりがワビサビ効きまくったツアーを企画しそうで恐ろしい。 葛城なんかに任せた日にゃ、形而上哲学ツアーになりかねない。 近藤はムエタイ観戦ツアーあたりで、真田やマッキーだとツアー内容に関係なく色々暴走しそうだ。 一番読めないのはRIKKAだが。忍者の里に連れて行かれても困るぞ。 ……うん、伊達とラッキーに任せよう。 他の連中は、どうにも適任ではナイ。 下らない思考に身を委ねていると。 「あら? 次があるんですか?」 少しかがんで社長の顔を覗き込み、悪戯っぽく霧子が言った。 「それまで、会社があるといいんですけど」 少しドキリとしながら、社長はバツが悪そうに頭を掻く。 「あー、うん、はい。営業努力いたします」 「うふふ。冗談ですよ」 ニッコリ微笑み、霧子は両腕を一杯に広げる。 「大きくしていきましょうね? しっかりと」 「へーい」 苦笑しつつ、社長は視線を逸らして生返事。 SPTの団体カラーでもある深い蒼のワンピースに身を包んだ霧子は、いつもとは違う魅力を醸し出している。 選手たちの水着姿は、リングコスチュームと大差ない、と割り切ることも出来るが、霧子の場合は割と新鮮だ。 いやいや、これもリングコスチュームと大差ないと思い込めば―― 煌びやかに踊るスポットライト。 その中心にあるリングで、リングアナウンサーがコールする。 赤コーナー、身長164cm体重はヒ・ミ・ツ、"豪腕デンジャラス"、バイオレンスぅ〜いぃ〜のぉ〜うぅ〜えぇ〜〜〜! ……ダメだ。ウチの選手が軒並みツブされてしまう。他団体にも迷惑が掛かる。そして最終的な被害を蒙るのは、ほぼ間違いなく俺だ。 社長は、恐ろしい仮定を脳内シュレッダーにかけて漆黒の闇の一番奥底へと葬った。 「? どうしました、社長?」 「いや、何でもないよ、バイぉ……霧子ちゃん。俺はのんびりしてるから、泳いできたら?」 怪訝そうな霧子に、社長は慌てて答える。つか、誤魔化す。 太平洋を血に染めるのは、御免蒙りたいところだ。 「変な方ですね。まあ、元からですけど」 さりげなく酷いことを言って、霧子は踵を返した。 「それじゃ、ちょっと選手の皆さんと遊んできますね」 砂浜を駆け出す霧子。 その姿を追って、社長は怪訝な表情をした。 何か知らないが、砂浜でトレーニングに励んでいるヤツやら、ダラダラ汗流しながら「負けるかぁーーーっ!」とか気合入れてるヤツやら、明らかにヘンな知り合いがたくさんいる。 「なンか、休んでる場合じゃなさそうね……」 やれやれ、と立ち上がり、社長は事態の収拾に乗り出した。
「ああ……ホントにゆっくり休みたい……」 フラフラになってボヤきつつ、社長はビーチベッドまで戻ってきた。 熱中症になりかかるまでトレーニングしてる誰かさんを強制的にバカンスモードに移行させたり、熱中症が裸足で逃げ出すよーな熱い女を騙くらかしてエンドレススイミングモードに移行させたり、増えるワカメのよーに伸びる膨大な髪に脚を絡め取られて溺れかけたり、それはもう、散々な目に遭いつつ社長としての責務を果たしてきたところである。 「あー、さすがにノドがカラカラ」 独りごちて、バッグを漁るが。 「あ、そか。斉藤に渡しちゃって、そのままか」 トホホ、と肩を落として、とりあえず腰を下ろす。 どこかの売店かコンビニあたりで補給してこなきゃなーと思いつつ、周囲を見渡す。 と、そこに。 「……ああ、まだ一人いたか……」 そー言えば、途中から姿が見えなくなってたなぁ。 そんなことを思いつつ、とりあえず最後の問題児に歩み寄りつつ声を掛けた。 「お〜い、伊達〜〜〜」
で。 何故か、ビーチバーで伊達と向かい合い――まあ、知らない仲じゃなし、二人で店にいるのはいいですよね?――カップル向けのドリンクを二人して飲んでいる――そりゃ、一人でコレを飲むのも寂しいやら豪快やらですからね?――という現状に至るわけだが。 「いや、しかし……ホントによかったのか? その、自然と目に入ってしまうわけなんだが」 ドギマギしつつ訊く社長。 伊達は、ちょっぴり赤くなりながら、コクン、と小さく頷いて答える。 「…うん……社長なら…いい」 ――うぁ、凶悪な台詞だ…… 水着姿はジロジロ見られるからイヤだ、と言って沈んでいた伊達さん、何故か社長の前では水着姿全開でモジモジしております。 挙句、目の前に鎮座するドリンクは、バカでかいグラスにストローふたつのラブラブカップル仕様。 これで意識するな、という方が酷である。 ――俺も、オトコなんだけどなぁ…… まあ、社長の意識は少しばかりピントがズレていたが。 「……そうか」 「……うん」 付き合い始めの中学生よろしく、言葉少なに間を持て余す二人。 どう見ても放課後純情カップルです。 本当にありがとうございました。 目のやり場にも困るが、他に目を向けるようなものとて無く、ついつい伊達を見てしまう。 だってホラ、社長もオトコノコですし。 先刻は、リングコスチュームも水着も同じだ、などという考えもあったが、キッチリ鍛え上げられた肢体を包み込むものがリングコスチュームからセパレートの水着に変わっただけで、伊達の印象はガラリと変わる。 そうでなくても、スラリとした長身の、ファッションモデル並のスタイルとルックスを持つ伊達である。 それが水着姿で歩き回っているとなれば、伊達には悪いが、そりゃあ人目を惹く。特に、男は大半振り返るだろう。 更に、それが目の前でモジモジしているとなれば。 ――ああ、コレが"萌え"か。 感慨深く思うようなコトではなかろうが、何となくその真理に辿り着いてしまう社長。 葛城よ、真理とは意外に近くにあるものだ。 それがいかなる価値を持つかは、残念ながら保証の限りではないが。 「…あ、憧れてた、から……」 「……え?」 思わず、ドキリ、とする社長に、伊達は慌てて言い訳がましく付け加える。 「そっ…その……シチュエーション…こういう……」 「…そ、そっか」 ロマンティックが止まりません。 先刻までとは別の意味でノドの渇きを覚えた社長がストローに口をつけると。 「…え、えと……」 恐る恐る、顔を真っ赤にして伊達ももうひとつのストローをくわえる。 ――うぁ、役得だなぁ…… この期に及んでそんなことを考えている社長。 マッキー辺りが見ていたら全力でテーブルひっくり返しそうなシチュエーションだなー、などと、頭の中の冷静な部分で思わなくもなかったのだけれど。
しかし。 好事、魔多し。 悪いことは、出来ないもんである。 バカップル候補生による一連の遣り取り、社長が心配したマッキーこそいなかったものの、その様子を観察している一対の瞳は、確かに存在した。
光あるところ影あり。 そして影は闇に溶け、人知れず忍び寄る。 猛る刃を心で支え、心の上に刃置く。 故に、忍び。 そは、忍者。
「…………」 音も無く、声も無く、闇を友としRIKKAは佇む。 その手にデジカメ握ってる時点で、雰囲気はブチ壊しであったが。 視線の先には、まだ真昼間なのに夕焼けに染められたかのような頬の色で向かい合う二人。 どんなに格好よく表現してみせても、出歯亀は出歯亀である。 RIKKAは、見事な手並みでデジカメを操り、二人の姿を逐一記録していく。 同じ和風とは言っても、伝統に固執する、あるいはそこから抜け出せない、草薙や柳生とは違う。 忍者とは、その時代に用い得るあらゆる道具を的確に利用出来ねば務まらぬ商売である。 やってることは、ぶっちゃけ盗撮なんですが。 お巡りさん、ココに犯罪者がいます。
「ふぅ……役得とはいえ、チョット心臓に悪かったなぁ」 日が傾き始めた頃になって漸く一息つく社長。 何となく名残惜しそうな風ではあったが、伊達は一足先にホテルに戻っている。 夕食はホテルのレストランで全員揃ってのコースということになっているので、女の子は特に着替えやらなにやらで準備が要るのだ。 ビーチバーの建物の影で、大きくため息をつく。 その社長の肩を、ポン、と叩く誰か。 「ッ!?」 思わずドキリとして振り返れば、そこには―― 「お前はッ!? RIKKAッ!! 何故ここにッ!?」 少々の後ろめたさがあり、JOJO的雰囲気で驚愕する社長。 「……フ……フフ……」 RIKKAは、笑いを堪え切れぬ、といった塩梅で、ニヤニヤと笑みを浮かべる。 「何だッ! その笑みはッ!?」 荒木顔で問い質す社長に、RIKKAはつい先ほど街のプリントショップで印刷してきたばかりの写真を渡す。 「……フ……社長なら……いい……フフフ……」 さも可笑しそうに、一言添えながら。 写真はもちろん、バカップル候補生逢瀬の軌跡。 入店から、何となく手を繋いで店を出て行くまで。 固まる社長。 ブリキの玩具のようにぎこちなく視線を転ずれば。 「……フフ……欲するか、主殿……?」 メモリーカードを指先で弄び、極上のいやらしい笑みを浮かべるRIKKA。 「……あい。お願いします」 滂沱の涙を流し、社長全面降伏。 こうしてRIKKAは臨時ボーナスを得たのだッ! なお、RIKKAが得た資金は彼女の移動用自家用車購入の一部に充てられたという。
ちなみに真田は。 「がぼっ! うぅ、負けるかぁ〜〜〜っ!!」 まだ泳いでいた。
社長、バカンスのため精神的重傷。 |