「シャァッ! 燃えてきたぜーーーっ!」 吼えるマッキーの隣で、伊達が厳しい表情で頷く。 12月。 恒例となっている新日本女子プロレス主催のEXタッグリーグが開催された。 日本中の主要な女子プロレス団体に参加を呼び掛けて行われる、年末のドリームマッチだ。 SPTにも当然のように声が掛けられ、これに参加していた。 実のところSPTをはじめとする新女以外の団体にとっては、これといって直接的な恩恵は無かったりするのだが……不思議と、各社ともEXタッグリーグ参加に対しては積極的だ。 広告費と思えば安いものです、とは霧子の言。 ファンの望むドリームマッチを実現する、という意味合いも無いではないが、ファンの獲得、あるいは奪取に向けたアピールの場として、極めて有効な場であるとの判断である。 そして、会社として目的がそうであれば、もちろん生半な選手を送り込むわけにはいかない。 自然、EXタッグリーグは日本女子プロレス界のトップが競い合う、年末の祭典という性格を帯びてくる。 お陰で、新女以外の各団体は毎年のように自身の年末興行で苦戦することになってはいるのだが。 所属選手に余裕の無い太平洋女子など、興行自体を諦めざるを得ない年も多い。 資金にべらぼうな余裕があるJWIに至っては、端から割り切って年末は決まって休業する始末。 もっとも、あそこは一年のうち半分ぐらいは映画撮影だのバカンスだので試合をしていないのだが。 SPTは、昨年は柳生とマッキー、今年は伊達とマッキー、と、やはり主力選手を送り込んでいる。 幸い、提携先であるAACの選手と柳生、RIKKA、斉藤らがいて、更に草薙、葛城の新人二人もそれなりに試合をこなせるようになっていたため興行が成り立たないなどということはなかったが、やはり12月のSPT興行は今ひとつ盛り上がりに欠けるものとなってしまった。 その挙句、EXタッグリーグの最終戦がSPTの本拠地である福岡で開催されるというのは、ある種の嫌味なのではないかとすら思えてしまうのだが。 「いやぁ〜、盛り上がってきたねぇ」 大会協力のささやかな礼として各団体に提供されているリングサイド特別席で、完全に観客モードの社長が顔をほころばせる。 「社長……少しは悔しがるとかしましょうよ。経営者として」 呆れ顔で釘を刺す霧子。 今のSPTには、逆立ちしてもこれだけの観客を動員することは出来ない。 そもそも、ここまでの規模の会場資材すら所持していない。 そういう意味で、霧子としては新女の企業力を見せ付けられているような気がして、あまり面白くは無いのだった。 「でも、面白くなってきたのは確かですよ」 随伴する選手の一人、近藤が期待感に胸を膨らませて社長に追随する。 その隣で、RIKKAが無言で頷き、柳生が相槌を打った。 「確かに。よもや、ここで波乱があるとはな」 EXタッグリーグ最終戦。 メインイベントは、ここまで全勝であった新女の誇るトップエース二人、パンサー理沙子とマイティ祐希子が、かつて新女でパンサーの同期でもあった太平洋女子のエース、ブレード上原とパートナーである芝田美紀に破れるという波乱で幕を閉じた。 上原・芝田組は、これまで1敗。 その二人に土を付けたタッグこそ、SPTのマッキー・伊達コンビであった。 「こうなると、二人には頑張ってもらいたいところだな」 斉藤の言葉に一同が頷く。 EXタッグリーグは、新女のパンサー・マイティ組、太平洋女子の上原・芝田組、そして、その上原・芝田組を破る金星を挙げ同じく1敗のマッキー・伊達組、3チームによる優勝決定戦に雪崩れ込もうとしていた。
「しっかり頼むッスよ! マッキー! はるっち!」 我が事のように熱を入れ激励する真田。 まあ、真田が熱いのはいつものことなのだが。 「マッキー、ここまで来たら狙いはひとつよ」 マッキーの正パートナーであるラッキーも、常に無く熱を帯びた口調で言う。 「おう! 伊達とのタッグも、バッチシ繋がり出したしな。期待してな!」 威勢良く応じるマッキー。 特別招待席からあぶれた――真田とラッキーは自ら志願してだが――連中は、セコンドにかこつけてかぶりつきでの観戦になる。 「頑張ってください、先輩方!」 「頑張れ、というのは、いささか無責任な言葉なのだが。目的があるのなら頑張るのは当たり前で、目的でないものに頑張る必要などない。そもそも、自分以外の誰かに向けるべきではない観念――しかし、先輩方、期待しています。私も、追うのなら出来るだけ大きな背中がいい」 素直な草薙の応援と、韜晦するような捻れた言い回しの葛城の声援。 「…う、うん……」 後輩たちの声に、言葉こそいつも通りに控えめだが、伊達も表情を引き締める。 丁度その時、会場の方から大歓声が上がった。 控え室のモニターには、まず一勝を上げて観客の声援に応えるパンサーとマイティの姿があった。
「なんとか、マイティを捕まえるっきゃねーな」 コーナーに立ち、彼女にしては小さな声で語り掛けるマッキー。 おバカなようで、実際普段の行動はバカ丸出しではあるのだが、こと試合となればマッキーも的確に物事を考える。 「…パンサーさんが、黙って見てくれるとも思えないけど……でも、勝機があるとすれば」 「ああ、どうにかして、切り離すしかねーぜ。ま……」 ニヤリと笑みを浮かべ、マッキーは続けた。 「とりあえず、マイティを引きずり出さなきゃ話にならねーんだけどさ」 リング上、SPTの先発はマッキー。 新女は、2試合連続で上原と空中殺法の競演を繰り広げスタミナを消耗しているマイティを休ませるためか、パンサーが先発する。 正直に言って、今のマッキーでは分の悪い相手だ。 何しろ、マッキーが得意とする投げの分野は、パンサーにとっても最も得意とする分野。 お互いが持ち味を出し合えば、自然天秤は格上であるパンサーに傾く。 この状況に、マッキーは。 「ッシャァーーーッ! 行くぜぇッ!」 何と、真正面から組み付きにいったのである。 もちろん、パンサーとしてもこれを嫌う理由はない。 「ッ! 元気な方ですね」 いささか驚きながらも、ガッシリと受け止めリング中央で正面から組み合う。 確かにパワーではマッキーが上だろうが、パンサーにはそれを補って余りある経験と上手さがある。 首相撲でジワジワと押されるが、不意に重心を逸らしスカしてから、流れるように腕を取りアームホイップ。 「へッ! さすがだねッ!」 悪態つきつつすぐに起き上がり、効いちゃいないとアピールしつつもう一度組みにいくマッキー。 余裕で受け止め、今度はボディスラムでマッキーをリングに叩きつけるパンサー。 「まだまだッ!」 飽きもせず、懲りもせず、マッキーは即座に組み付きにいく。 「マッキー!」 一方的な横綱相撲に思わず伊達が手を伸ばすが、マッキーは我関せずとパンサーに突っ込んでは投げられる。 「伊達」 不安顔の伊達に、セコンドのラッキーが小声で語り掛けた。 「まだ早いわ。マッキー、狙ってるわよ。そのうち疲れて帰ってくるから、リズムを整えといて」 言われて、伊達はハッとする。 よく見れば、マッキーの口元は未だ笑っていた。 挑発に見えなくもないが、それにしては心底可笑しいという印象を受ける笑みだ。 なるほど、さすが正パートナー。 マッキーのことは、やはりラッキーが一番よくわかっている。 「ッシャァッ!!」 いいかげん、観客の声援が諦念めいたため息に変わり始めた頃、漸くマッキーが動いた。 「うっ!」 組み付きから、投げではなく奇襲的なヘッドバットを浴びせ掛けパンサーをひるませる。 「へっ、さすがに疲れたぜ。伊達ッ、頼んだ!」 ここで、やっと伊達がリングイン。 「ふぅ……随分、根性のある方でしたね」 幾分辟易としているパンサーに。 「…それが、取り柄だからっ!」 応えつつ、伊達が鋭く踏み込みエルボーを捻じ込んでいく。 「あ…ッ!?」 なるほど、リズムだ。 投げ合いからスピーディーな打撃戦へ、パンサー理沙子は咄嗟に対応しきれていない。 更に言えば、SPTを代表するパワーファイターのマッキーと組み続けたパンサーは、一方的だったとはいえかなりの体力を消耗している。 この機を逃さじと、伊達はエルボーの乱打で押してゆく。 「これでッ!」 ラッシュの締めに、体重を乗せた重い掌底の一撃。 綺麗に首元に叩きつけられ、パンサーが揺らぐ。 しかし。 「ッ……!?」 伊達は、不意に悪寒めいたものを感じた。 パンサーが、笑っている。 伊達が突き出した腕を引く、その絶妙なタイミングでパンサーが顔をしかめながらも、スッ、と前に出た。 慌てて間合いを取ろうとするが。 「ハメられましたね。さすが、ここまで来ただけのタッグです」 鮮やかにバックを取り、クスリ、と笑うパンサー理沙子。 淑やかな口調が、なおのこと恐ろしい。 「チッ! アタシじゃ、足りなかったかよッ!?」 マッキーが舌打ちし、すぐさま飛び出せるように身構える。 「お礼はさせていただくわッ!!」 パンサーの一喝と同時に、伊達の身体が宙に浮く。 ズドン、と、豪快極まりない音と共にリングが揺れる。 キャプチュード。 パンサー理沙子、必殺のフィニッシュホールドだ。 「うぁあぁッ!!」 伊達のものとは思えないほどの大きな悲鳴。 それだけ、とんでもない威力だということか。 カバーに備え、マッキーがカットの体勢に入るが。 「祐希子、よろしく」 さすがにパンサーも消耗とダメージがあり、マイティ祐希子と代わる。 「あ、伊達! 代われッ!」 意識がカットに向かっていたため、一瞬出遅れるマッキー。 その一瞬で、マイティは素早く間合いを詰めて伊達を強引に引き起こす。 「さぁて、いくわよ!」 掛け声ひとつ上げて、キャプチュードの衝撃でふらついている伊達に容赦のないローリングソバット。 2回、3回と、何とか伊達がこらえたところで、ロープに振ってスピードの乗ったドロップキック。 「あぅ…ッ」 もんどりうって倒れる伊達。 更に追撃しようと間合いを詰めたところへ。 「シッ!」 どうにか飛び起きた伊達が、水面蹴りをカウンター気味に当てていく。 「っと……やるぅ。理沙子さんのキャプチュードもらって、まだそれだけ元気なんだ?」 慌てて間合いを取るマイティ。 その隙に、伊達は何とか立ち上がる。 立ち上がりはしたが、もうフラフラだ。 マッキーと代わらなければ。 「へっへ…さ、どんどんいこう!」 もちろん、マイティがすんなりとタッチさせてくれるはずもない。 隙の大きな空中殺法は控え、伊達に倣うかのような打撃技で牽制するマイティ。 「う……」 ふらつきながらも、伊達は何とかロー、ミドルと蹴りを繰り出しマイティを近付けさせない。 しかし、このままではジリ貧だ。 どうすればいい? 「何やってるんスか、はるっち! 突っ込むッスよ!」 無責任なセコンドの声。 だが、言われてみれば、それも手だ。 「ヤッ!」 「むっ!?」 踏み込みから、掌底へ―― 「ハイッ!」 いくと見せかけ、唐突にショートレンジのラリアットに切り替える。 咄嗟に対応できず、間合いを掴み損ねて首元に一撃喰らうマイティ。 だが、伊達はパワーよりもスピードで圧していくタイプのレスラーだ。 ショートレンジでは、ラリアットも軽い奇襲にしかならない。 「このォ……」 逃がすものか、とマイティが構えなおしたところへ。 「ハァッ!!」 「クハッ!?」 全力を込めたニーリフトが、マイティの腹にめり込む。 伊達とて、己を知っている。 パワー不足は百も承知。 だからこその、あと一手を読み切れなかったのはマイティの油断か? 「いったたた……効くぅ」 ぼやきつつ立ち上がったマイティの前に。 「へへっ……どんどん、いくんだろ?」 ニヤリと笑う、マッキー上戸。 今度は、パワー不足などということはありえない――万が一にも。 「ありゃりゃ。タフなタッグだね、ホント」 応じるように、不適な笑みを返すマイティ。 「まーな。ウチのリングは、元々タフなもんで」 「えへへっ。そうこなくっちゃ」 掛け合いをしながら、組み付く。 驚いたことに、マイティ祐希子はパワーにおいてもマッキーに引けをとらない。 「ッ! なんつーバカ力だよッ!」 「それ、アンタに言われたくないッ!」 憎まれ口を叩き合い、力比べからマイティがマッキーをロープに振る。 マッキーも、口先ほどには余裕がない。 そう見て取ったマイティは、大技を狙っていく。 「いっくよーーーッ!!」 自らも駆け出し、マッキーがロープに跳ね返ったところを捕え、絶妙の捻りを加えて体勢を入れ替える。 「うがァッ!!」 そのまま、顔面からマットに叩きつけられるマッキー。 マイティが必殺技とする、変則フェースクラッシャー。 スピードとパワー、そして天性のテクニックを兼ね備えるマイティならではの技だ。 「よしッ!」 更に追撃を、と思いロープに駆け出そうとするマイティ。 しかし。 「ッシャァーーーッ! そう簡単に、ツブれるかっつーの!」 驚くべきタフネス振りを発揮し、飛び起きるマッキー。 「はぁっ!?」 さすがに目を剥くマイティ。 その一瞬の隙と、ロープに向かおうとしていた体勢を見逃すマッキーではない。 「おらっ! 飛びなっ!!」 気合を込めて、マイティをバックドロップで投げ捨てる。 「祐希子!」 「お願いします!」 生憎と投げ捨てた方向が相手コーナーで、新女側はパンサーとタッチ。 しかし、ここまで来て怖気づくマッキーでもない。 「よぉっし、さっきの続きといこうか!」 かえって気勢を上げ、パンサーを招く。 「望むところです。さあ、いきましょうか!」 リング中央で、ガッシリと組み合う。 序盤戦の再来かと思われたが。 ――ッ! 上手い! パンサー理沙子は、初めてマッキー上戸というレスラーに戦慄を覚えた。 スタミナを奪うためにパワー比べを強要していた序盤の組み付きとは異なり、今回はマッキーの側も投げる気満々である。 組むと同時に、互いが忙しなくポジションを奪い合う。 そうなってみると、マッキー上戸が並々ならぬテクニックの持ち主であることがわかる。 マッキーは、ただパワーだけのレスラーではない。 豪快なスタイルとは裏腹に、緻密で確かな技術を持った選手だ。 そして、そのマッキーに対抗するには、パンサー理沙子といえども消耗し過ぎていた。 序盤に削られたスタミナが、中盤伊達からもらったラッシュのダメージが、ここに来てパンサーから僅かに集中力を奪う。 その僅かな隙を見逃さず、マッキーがパンサーのバックを取る。 「!? しまっ……!!」 「ッシャァーーーッ! いっちゃうよッ!! バーカーヤーロォーーーッ!!」 吼えると同時に、ガッチリとクラッチしたまま豪快なブリッジを描く。 ズダァンッ、と、ありえない轟音を立てて、華麗にして豪快無比の人間橋が架かる。 ジャーマンスープレックス。 先頃漸く習得したばかりの、マッキーの新しい必殺ホールドだった。 「キターーーッ! すンげぇジャーマンッ!!」 完全に観客と化している真田が、我が事のように雄たけびを上げる。 「よし! よく投げた! マッキー偉い!」 こちらも観客モードのラッキーが手を叩く。 新人二人はといえば、半ば呆然とそれを眺めていた。 これはもう、決まっただろう。 誰もがそう思ったが。 「へへへ……遊ぼうぜ、マイティ」 敢えてホールドを解き、グロッキー状態のパンサーをコーナーに振ってマイティの出陣を促すマッキー。 これには、観客もどよめいた。 「あいつ、優勝が懸かってることわかってるのか?」 リングサイドの斉藤が、呆れ顔で呟くと。 「なればこそ、だろう」 心底可笑しそうに、柳生が応じる。 「パンサー理沙子は、最早撃破したと言ってよい。この上、マイティ祐希子まで砕いてしまえば、新女は二枚看板を同時に倒された、ということになろう。我らSPTが、新女の用意した舞台で新女の威信を粉々に打ち砕くのだ。これほど胸のすくことも、そうはあるまい?」 「なるほどー。ウチの評価もグンと上昇ってことね」 ポン、と、納得した様子で手を叩く近藤。 「ああ……マッキーさん、おバカだおバカだと思っていたけれど、そこまで我が社のことを考えていてくれたなんて……!」 霧子に至ってはホロリと感涙すら浮かべている始末。 「俺は、単純に楽しんでるだけだと思うケドなー……」 「……うむ」 RIKKAは、ポロリと漏れ出た社長の意見に賛成の様子だったが。 マッキーにそういう打算があるか否かはともかく、さすがに退けないマイティは求めに応じてパンサーと代わる。 「さぁ〜、仕切り直しよッ!」 本気なのか強がりなのか、叫んで気合を入れるマイティ。 「おうっ! 来やがれッ!」 マッキーも、気勢を上げて構えを取る。 両者とも、余裕は無い。 そして、相手に回復する余裕を与えることも出来ない。 互いの意図が噛み合い、正面から組み合う。 「シャッ!」 「くぅっ!」 いなすマイティを上手く捕え、バックドロップでマットに叩きつける。 そのままホールド。 「冗談ッ! こんなところで……ッ!」 喚きつつ、何とかクリアするマイティ。 「チッ! オメーもタフじゃねーか、マジで」 「当然! 負けられないからねッ!」 再び組み合い、今度はマイティの技が上回りロープに振られるマッキー。 「とうッ!」 「ガ…ッ!」 戻ってきたところに、小細工は弄さず全力で繰り出されたジャンピングニーパット。 ガツン、と衝撃に揺らぐマッキー。 「あ……ホント、市ヶ谷並ね、あなた」 それでも倒れないマッキーに、呆れたように言うマイティ。 「負けらんねーのは、コッチも同じなんでねッ!」 笑みさえ交し合い、三度組み合う二人。 恐らく、これが最後だ。 期せずして同じ考えに至り、激しくポジションを取り合う。 抜け出したのは。 「ォシャアァーーーッ! 終わりだァーーーーーッ!!」 強引にバックを取ったマッキーが、力任せにブッこ抜く。 ノーザンライトスープレックス。 マッキーが最も得意とし、そして信頼するフィニッシュホールドだ。 「くっ…は…あぁーーーッ!!」 呻くマイティに、正常な思考は残っていたのだろうか? そうであれ、あるいは違えども、現実はひとつだった。 「返すかよッ!? コレをッ!?」 驚愕しつつ、よろよろと立ち上がるマッキー。 カウント2.9。 アウェーだから、というわけではあるまい。 新女のストロングスタイルからも、最強タッグを決めるという大会の趣旨からも、そのようなことは考えずらい。 マイティ祐希子は、この状況でマッキー渾身のノーザンライトを返してくるほどの相手なのだ。 とはいえ、最早マイティに立ち上がる力は残っていない。 事実上、決着はついたのであったが。 「楽しかったぜ……」 マッキーは、完全にグロッキー状態のマイティを、肩で息をしながら無理矢理引き起こす。 「コイツは、礼儀だッ!」 そしてもう一度、渾身のノーザンライトスープレックス。 客席から悲鳴が上がる。 やり過ぎのように、見えたのかもしれない。 だが、マッキーにとってこれは言葉通りに強敵への礼儀だった。 最後まで、手は抜かない。 レフェリーの手が、一拍置いて三度目の音を立てる。 試合時間29分46秒。 軍配は、設立二年目の新興団体、SPTに上がった。
「やったッス! あと一戦ッスよ、マッキー!」 喜色満面で掛けられた真田の言葉に、マッキーは幾らかうんざりした顔で応じる。 「うぇ……まだ、あんのかよ」 「当たり前でしょ! 私がパートナーじゃないのは、ちょっと複雑だけど。こうなったら、何が何でもチャンピオンの栄誉を持ち帰って来てよね」 苦笑しつつ言うラッキー。 一度控え室に戻って来てはいたが、すぐに次の対戦が始まる。 「大丈夫ですか、伊達先輩……?」 首筋にアイシングをしている伊達の顔を、不安そうに覗き込む草薙。 軽く笑って、伊達は答える。 「…うん……大丈夫。結構、休めたから」 確かに、後半の厳しい戦いはマッキー一人に任せていたような状態で、回復の早い伊達が調子を整えるのには充分な時間があった。 「なるほど。マッキー先輩は、次の戦いも見越していたのか。さすがは……」 感心する葛城の言葉は、ドアの向こうから遮られた。 「いや、単に熱くなって引っ込めなくなっただけじゃ?」 マッキーは、憮然として言い返す。 「ひでぇ……ま、その通りだけどよ。何か用かい、社長?」 「とりあえず入っていいか?」 「別に着替えとかありませんから、どうぞ」 ラッキーの許可を得て、社長が入ってくる。 「社長も激励に来たッスか?」 「ん? ああ、まあ後悔しない程度にしっかりな」 真田の問いに応じて、なんとも軽い調子の激励を投げかけて、社長は本題に入った。 「で、マッキーにひとつ質問」 「お? 何だい?」 意外そうな顔のマッキーに社長が問う。 「ずばり、パンサーをジャーマンでホールドしなかった理由は如何に?」 実は、社長はリングサイド組の方で始まった"何故マッキーはマイティとの戦いにこだわったのか"トトカルチョの回答を聞きに訪れたのだった。 不謹慎にも程があるぞ。 まあ、その真相を知る由も無いマッキー、キョトン、とした顔でスパッと答える。 「何でって……端ッからマイティ狙いの計画だったし。さすがに、パンサーは手強いかンな」 「なんじゃそりゃぁ〜〜〜っ!?」 関西発信の新喜劇のごとく、一斉にコケる一同。 「マッキー……バカだバカだと思ってはいたけれど……」 あまりにあまりな現実に、眉間を押さえて声を搾り出すラッキー。この超絶おバカの正パートナー。 「そのパンサーをグロッキーに追い込んだのは、どこの誰だ……」 魂が抜けそうな何とも微妙なツラで呟く社長。 正解。単純に当初計画通り。臨機応変という単語がマッキーの辞書から欠落していただけ。 「あンだよぉ〜、アタシ何か悪いことしたかぁ?」 あんまりな反応に、仏頂面で拗ねるマッキー。 「あ、いえ、試合は最高でした! 試合は……」 後半消え入るような声になりながらもフォローする草薙。 「いやッ、ホント熱い試合だったッスよ!」 真田も慌てて尻馬にのる。 「だろ? さすがアタシってトコだよな!」 「一番キツいキャプチュードを堪えたのは伊達でしょ。まったく……」 途端に機嫌を直すマッキーに呆れ顔でツッコミを入れて、ラッキーはシッシと追い払うように掌を翻しつつ続けた。 「もういいから、さっさとあとひとつ勝って来なさい。その後は、当然パーティーですよね、社長?」 知らなければよかった事実を白日の下に晒した責任とってくださいね、と目で訴えかけるラッキー。 「ああ、そうね、うん。流れ的には、いいかもね……霧子ちゃん、予算くれるかなぁ?」 視線を逸らしつつ答える社長。悪いことをした、とは思っているらしい。 「うしっ! じゃ、サクッと勝って来るか。行こうぜ、伊達」 「あ、うん……」 コンビニにでも出かけるような調子で促され、マッキーに倣い立ち上がる伊達。 「シャァーーーッ! 燃えるぜーーーッ!!」 無駄に元気よく出て行くマッキーに続き、伊達も複雑な表情で社長に一礼してから花道に向かう。 社長は、その姿を目で追いながら、いろんな意味で大物だなぁ、と変な感慨を抱いた。
EXタッグリーグ。 その年、激戦を制して最強タッグの座についたのは、SPTの二人だった。
ところで。 EXタッグリーグにおけるマッキーの行動――パンサーよりもマイティとの決着を望んだ一件――は新女ファンの間でも大きな話題となり、結果として新女エースの座がパンサーからマイティへと移るきっかけになってたりする。 真相に鑑みれば何とも酷い話だが、それは、SPTのプロレスは今やそれだけの影響力を持つようになった、という意味でもあった。 そのことが、微妙に各団体の対SPT危機意識を煽ることにもなり、業界の大きな動向、ひいては大きな事件にも繋がっていったりするのだが。 それが顕在化するまでには、いま暫しの時間が必要だった。
今回の教訓。すごい……バカって、すごい! |