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  SPT流星記  その10 空中殺法ッス!〜フライング真田プロジェクト〜
 

6月。
近畿シリーズ。
SPTの興行は、かつて無い熱狂の中にあった。
原因は、ひとつ。
「ガァ…ハァッ!!」
強烈に決まったローリングソバットに、柳生がもんどりうって倒れ込む。
「ちっ! おのれ……」
相手を見失いつつも、呟きつつ立ち上がる柳生。
次の瞬間には、バックを取られていた。
「!? しまっ……」
腰にクラッチされた相手の両腕。
認識すると同時に、グンッ、と宙に浮く感覚。
ズダンッ、と豪快な音が響く。
ジャーマンスープレックスホールド。
華麗な人間橋を、返す力は柳生に残されていなかった。
観客席から、悲鳴とも歓声ともつかない轟音が響く。
そのまま3カウント。
立ち上がる気力さえも失い、柳生は澄まし顔の対戦相手を見上げる。
手も足も出ない、とはこのことだ。
しかも、あのスープレックスは決してこの選手本来の持ち味を活かしたものではない。
そう思い至れば、悔しさもひとしおだ。
煌びやかなライトを浴びてリングに立つ、その選手の名はチョチョカラス。
AACの誇るスーパーエース。
最強のルチャドーラ。
"天使光臨"というキャッチコピーが、決して虚仮脅しではない空中殺法の天才だった。

「いやぁ〜、それにしてもスゴイっすね、チョチョカラス選手!」
素直に感心した風で唸る真田に、RIKKAは厳しい表情で頷く。
「…………うむ……」
自身空中殺法を得意とするRIKKAは、チョチョカラスの凄みを真田が感じているよりも遥かに強く認識していた。
あれは、凡人が努力して到達できるレベルではない。
天才が努力を重ね、初めて到ることの出来る"極み"だ。
「いや、しかしっ! 師匠なら、ついていけますよねっ!?」
「…………」
無責任な真田の言葉に、RIKKAはため息混じりにかぶりを振る。
SPTにおいては空中殺法の達人であり、AAC勢との戦いでは特にファンを魅了するファイトを展開しているRIKKAでも、正直空中殺法では敵わない、と白旗を揚げるしかないだろう。
そして空中殺法しかないRIKKAには、勝ち目など皆無の相手であった。
「そ、そんな……」
「RIKKA殿を貶めるではないが」
愕然とする真田に、首筋をアイシングしていた柳生が口を挟む。
「チョチョカラスの空中殺法は、世界最高峰だ。どだい、我らのやっておるものとは格が違う」
その言葉に、RIKKAは頷いた。
頷きつつも、柳生に問い質すような視線を送る。
「わかっておる」
視線で促され、隠しようも無い悔しさを露わに柳生は付け加えた。
「あれはまだ、片鱗に過ぎぬ。全力など、出してはおらぬ……いや、出せぬのであろう。我らが相手では、な」
それを聞いて、隅の方でぐったりとしていた伊達が眉をひそめる。
「……あれ、で……?」
「げっ! マジかよぉ〜」
うんざりした表情で言うマッキー。
その隣で、ラッキーも難しそうな顔で肩を落とす。
「正直、困りましたね。グラウンドに持ち込めれば何とかついていけると思うんですけど、そこまで行くのが……」
「パンチもキックも、当たりゃしなさそうだしね」
近藤が、処置なし、とばかりにお手上げのポーズをとれば。
「見切れないでもないが、避けてばかりじゃ試合にならないしな」
斉藤は斉藤で、しかめっ面で唸る。
雁首揃えてため息ばかりのSPT選手陣。
ちなみに、2期生組は試合のダメージが回復し切れておらず、会話に参加することさえ出来ていない。
と、そこへ。
「みんなー、ちょっと……」
「キャァッ!」
「ちょっ! 社長ッ!?」
「あぅ…き、着替え……」
「控え室には入ってこないでって!?」

突然の社長来襲に、蜂の巣をつついたような騒ぎになる選手控え室。
「霧子エンドッ!!」
「あぅぶぁおぁっ!?」
"パキーン"とガラスが割れるようなイメージがカットインするかのような、霧子の鋭い変形フライングクロスチョップが炸裂。
幸い、社長はどっかの破壊部隊ではないので爆発するようなことはなかったが。
「もう、社長。着替えが終わる前の控え室乱入は立派なセクハラだと、あれほど言ってるじゃないですか」
ぷんすか怒りながら、社長をドアの外に放り出す霧子。
あなたのはパワハラです。
"パワー"が権力とかゆーイミじゃなくて、文字通り御自身のパワーなところが一般とは違いますが。
そんなことを考えつつ選手一同が震え上がっていることを知ってか知らずか、霧子はバタンとドアを閉めるとニッコリ笑って言った。
「ええと、伝達事項があります。シリーズ最終戦なんですが、メインにチョチョカラス選手対ジョーカー・レディ選手のAAC世界ヘビー級選手権が組まれることが決定しましたので、取り急ぎお伝えしますね」
「む……つまり、我らSPTは蚊帳の外、というわけか」
さすがに面白くなさそうに言う柳生。
よりにもよってSPTの興行のメインで、SPT以外の団体の選手同士がSPTのものではないベルトを賭けて対戦する、というのだ。
つまり、会社として自団体の選手よりも他団体の選手の方が商品価値が高い、と判断したということ。
これは、さすがに選手たちにとっては面白い話ではない。
「まあまあ。AACがトップ選手を送り込んできたのも、皆さんの実力があちらに評価されたからこそなんですから。胸を張っていいと思いますよ?」
取り繕う霧子の言葉にも一理ある。
これまでAACが送り込んできた選手は、せいぜいジュニアのチャンピオンだとか中堅どころから抜け出せずに伸び悩んでいる選手、あるいは既に年齢的に厳しく衰えを隠せない選手など、言い方は悪くなるが第二線級の選手たちだった。
彼女たちではもうSPTの選手に対応できない、との判断が、確かにあったのかもしれない。
AACの威信を保つためにはエースであるチョチョカラスが出陣せざるを得ない、と。
ルチャリブレの最高峰を引きずり出した、と言えば聞こえはよいのだが。
「霧子さん。それは、取り急ぎ連絡するようなものなんですか?」
渋い顔で、斉藤が訊く。
AACの目的が威信の回復・保持ということであれば、それはまんまと達成されたことになる。
SPTのシリーズ最終戦メインイベントをAACが占拠する、という事態によって。
それはある意味、SPT所属選手のやる気を削ぐ事実であろう。
それを何故、シリーズ第一戦が終わった直後の控え室で告げるなどという、少々配慮に欠けることをするのか。
「私も、そう思わないでもないんですが」
霧子は、幾らか困った顔で続けた。
「社長が、例によって舞い上がってしまいまして。『トップイベンターの試合をよく見ておくように伝えないと』とか言って出ていっちゃったんですよ。すみません、霧子スペシャルに捕え損ねて……
ちょっと発言が黒く、あるいは赤く染まり始めた霧子を、選手一同が慌てて遮る。
「いや! まあ、長の助言も悪気があってのことではなかろうしな!」
「……うむ」
「押忍ッ! 社長の訓戒は胸に刻み込んでおきますので!」
「あたしも! うん、社長の親心でしょ、きっと!」
「もちろんですッ! 自分も、しっかり見させてもらいますッ!」
「あ、アタシもさ! 目ン玉丸くして見とくから!」
「…あの…これ以上は……その」
「社長には、お心遣いありがとうございます、とお伝え下さい!」
突然一致団結して社長擁護に乗り出した選手一同に怪訝な顔をしつつも、霧子は頷いた。
「はあ、わかりました……では、霧子ダイナミックは保留、ということで
これ以上バイオレンスな事態に発展しなかったことに胸を撫で下ろす選手一同。
その様子を見ながら、ベンチに横たわっている草薙は同じくグロッキー状態の葛城に語り掛ける。
「社長は、随分慕われていらっしゃるようですね……」
「そうか?」
横になったまま首をひねる葛城。
「むしろ、中間管理職の悲哀を感じるが。いや、経営責任者ではあるのはわかっているが。黒幕に操られる小悪党というか、影の首領に頭の上がらない大幹部というか。先輩方のは、むしろ判官贔屓だとか弱者へのいたわりだとかではないのか?」
それ、概ね正解。

そして迎えたシリーズ最終戦。
メインイベントは、予定通りのAACヘビータイトルマッチ。
世界最高峰のルチャリブレを見られるとあって当然のように話題となり、SPTの持つ会場施設資材を最大限に用いてもなお、出遅れたファンの入場を断らねばならないほどの超満員札止め御礼となった。
リング上には王者チョチョカラスと、挑戦者でありAACでは彼女と抗争を繰り広げるルードのトップでもあるジョーカー・レディ。
SPTの選手一同及び社長と霧子は、社長の提案で三人一組となって四方のリングサイドに陣取り試合の行方を追う。
セコンドにはデスピナとシウバが付き、SPT勢はまさしく蚊帳の外という、一種異様な雰囲気の中で試合が開始された。
試合は、大方の予測通りチョチョカラスが先行。
ドロップキックやローリングソバットといった飛び技を中心に、常に先手を取り続ける展開だ。
しかしながら、ジョーカー・レディもさすがに上手い。
不意をついてエルボーを当てたかと思えば、ロープに振ろうと伸ばしてきた腕を素早く手繰り脇固めに持ち込む。
それでもチョチョカラスの優位は揺るぎないが、あの手この手でプレッシャーを掛け続ける。
痺れを切らしたチョチョカラスがジャンピングニーパットに来たところに、狙い澄ましたかのようなトペ・レベルサ。
実際、狙っていたのだろう。
間髪入れず、ジョーカー・レディがコーナーポストに飛び乗る。
一瞬、カードを切るポーズを決めて、鋭い角度で突っ込むミサイルキック。
もんどりうって倒れるチョチョカラスに、会場からは悲鳴と歓声が巻き起こる。
観客たちと同様、チョチョカラスもこれで一気にヒートアップした。
立ち上がりざま、不意を突く重い裏拳。
この技を得意とする斉藤や近藤も、思わず唸るほどの見事なインパクトだ。
畳み掛けるように、ふらつくジョーカー・レディのバックを取りジャーマンスープレックスが炸裂。
割れるような歓声が響くが、ホールドはしない。
チョチョカラスは、もちろん観客が求めているものを正確に把握しており、そして彼女自身もそれを望んでいたのだから。
「おおっ!!」
リングサイドの真田が、思わず叫ぶ。
重力など感じていないかのように一気にコーナーポストに駆け上がったチョチョカラスは、少しの間もおかずに投げ捨てられたままのジョーカー・レディめがけてダイブ。
チョチョカラスの代名詞でもある、必殺のムーンサルトプレス。
リングアナウンサーが、天使光臨、などと叫んでいるのが聞こえる。
あれを指して言っているのなら、なんとも物騒な天使もいたものだ。
「す、すげぇ! コレはすげぇッス!」
ひたすら感動したかのように口走る真田。
その声に、試合終了を告げるゴングの音が重なった。

「すごい試合でしたね、社長。ファンの評判も上々のようですよ」
インターネットアンケートの仮集計など見ながら、霧子が顔をほころばせる。
まあ、興行としても大成功で、まずはおめでとうというところなのだが。
「あー……否定的な声は?」
社長が気に掛けていたのは、どちらかといえばそっちの方だった。
「え? 確かに、SPTの選手を見せろ、とかいう意見もあるみたいですけど」
「だろうねぇ……」
呟いて、ため息をつく社長。
AACのトップレスラーが相争って、いい試合をするのは当たり前。
ただそれは、やはりSPTという"会社"が"AACの試合"をプロデュースしているに過ぎない。
当然、純粋にSPTを見に来てくれているファンには納得できない部分があるだろう。
そして、当座は収まったとしても、選手たちのモチベーションを下げる結果ともなりかねない。
何度も使えるような手ではなかったし、社長としても積極的にやりたい手法ではなかった。
それでも、敢えてこのカードを組んで見せた意味。
こればかりは、選手たち自身に考え、結論を出してもらわねば、それこそ意味がない。
「AACも両選手の継続参戦を認めてきてますし、興行上大きな武器が出来ましたね」
「うん、そだね」
ホクホク顔の霧子に生返事を返す社長。
と、そこへ。
ドダダダダダッ! と廊下を走る爆音。
「……真田」
「真田選手ですね」
もう、その行動だけで見抜かれている真田、勢いつけてノックもせずにドアをバーンと開く。
「社長ーーーッ!」
「うん、言っても無駄だと思うが、廊下は走らないようにな?」
いつから俺は小学校の先生になったんだろう? などと思いつつ一応釘を刺す社長。
もちろん、真田はそんな言葉は一向に気にせず社長に詰め寄る。
「社長ッ! 特訓お願いしますッ!」
次の言葉を聞いた瞬間、さしもの社長も椅子からずり落ちた。
「自分は、ルチャをやるッス!」
無茶だ。
そう思いはした。
思いはしたのだが。
「あ、ははは! そっか。じゃ、ま、ひとつやってみるか?」
「ハイッ! 手加減抜きでお願いしますッ!!」
何となく方向性は違うが、まあ、あの試合から何か感じ取ってくれたことは評価したい。
真田がこれなら、他の連中も大丈夫だろう。
「んじゃ、早速ジムに行くかね」
言いつつ立ち上がる社長。
「あっ、と。霧子ちゃん」
「はい、何か?」
ドアに手を掛けた状態で振り返り、社長が告げる。
「次シリーズからは、ウチの選手をチョチョカラスにブチ当ててくから。予定は、それで組んどいてね」
悪戯小僧のようなウインクひとつ残して、バタンとドアを閉じる。
「……変なところだけ、ちゃんと社長してるのよね、あの人」
残された霧子は独りごちてため息をつくが、その表情はむしろ微笑みに近かった。

ああ、なんだか大変なことに……