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  SPT流星記  その9 新年度の風景〜新人入団、また和風〜
 

「何の騒ぎです、社長?」
井上霧子は、所用で不意の有給をとった翌日、出社するなり社長に問い質した。
いや、その目を見れば"問い詰めた"という表現の方が適切かもしれない。
「ん? ああ、霧子ちゃん」
霧子の目の色に気付いてか気付かずか、いつも通りのノホホンとした顔で社長は答えた。
「頼んどいた宿舎の拡張工事がさ、業者の都合で急遽今日からになって」
窓の外の、トンテンカンテンと大工さんたちが慌しく動く現場を指しつつ付け加える。
「突貫工事で、明日には終わるって。つか、次の予定があるから明日までに終わらせる、ってハナシ」
ふむ。建築業界も色々あるものだ。
まあ、それはいいとして。
「社長。そんなの、いつ頼みました?」
霧子は、ドスの効いた声でそう訊いた。
さすがに、社長もヤバいものを感じて後ずさりつつ答える。
「えと……一昨日?」
霧子が一歩踏み込む。
「ほほぅ。それは誰が?」
社長が後ずさる。
「もちろん俺が」
霧子ちゃん、一歩前へ。
「聞いてませんね」
あ、もう後がないや。
「言わなかったっけ?」
諦めて開き直る社長に向けて。
「敏腕ラリアットッ!!」
「ぉぶぅはぅっ!?」
豪腕敏腕秘書井上霧子の必殺ラリアットが炸裂!
首は大丈夫かーーーっ!?
「そんな資金、どこにあったんですか?」
更に組み付きつつ尋ねる霧子。
「いや、銀行融資で……」
弱々しく答える社長を脇に捕えて。
「バイオレンスネックチャンスリーッッ!!」
「ぅあぶぅはぁっ!!」
巻き込むようにして、思い切り床に叩きつける。
霧子得意の変形ネックチャンスリードロップ!
これは堪らないーーーっ!!
「このタイミングで借金してどうするんですか!? 契約更改はどうするんです!?」
慌ててまくし立てる霧子に、社長は息も絶え絶えながら愛想笑いを浮かべて応じた。
「あ、それみんな現状維持で。サインはもうもらってるし」
「……そうですか。一応、そこは押さえてくれてましたか」
まあ、それなら心配は無いか。
と霧子がホッと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「うん。新人テストの広告も発注済」
にへらっ、と笑って告げる社長を、霧子はすかさずスタンディングストレッチプラムの体勢に持ち込む。
「霧子スペシャルッッッ!!」
「うががぐぁがぁーーーっ!!」
霧子スペシャルでグイグイ絞り上げるッ!
ぶっちゃけ冬木スペシャルとどう違うのか不明だッ!
しかし、これは効いているーーーッ!!
「そんなお金がどこにあるんですっ!? いったい、幾ら借りたんですか!?」
「ぎぃっ、ギブッ! ギブッ! 霧子ちゃん、なンか当たってキモチイイけど苦しいッ!! ギブアップーーーッ!! 書類は霧子ちゃんの机の上ーーーっ!!」
カンカンカンカンッ!
試合時間2分15秒、霧子スペシャルで井上霧子選手の勝利!!
敗残者を床に投げ捨て、霧子は慌てて自分のデスクに駆け寄り書類を確認する。
とりあえずノートパソコンの電源を入れつつ鬼のような勢いで電卓を叩いて。
「はぅ……マイナスの二千万円……昨年度の収益が、パーどころかマイナス……」
ふらふらと、頭を抱えて机に突っ伏したのであった。
社長は、そのまま病院送り。

「新人テストが終わりました」
「早っ! どうしていつも俺が来たときには終わってるの!?」
病院から帰ってきた時には、既に終了していた新人テスト。
霧子が出てくると、ホントに社長が働く余地が無い。
「社長が絡むと、余計な選考基準を持ち出しますから。メガネとか、バストとか」
ジト目でバッサリ斬り捨てる霧子。
もう、いっそ名前は"斬子"にしない?
「とほ〜〜〜、そこまで信頼ないのかい?」
「ありません。で、今回の合格者はこの二人です」
自分の行動を顧みてからものを言え、とでも言いたげに冷たくあしらい、霧子は新人に自己紹介を促す。
二人揃ってレスラーとしては幾らか小柄な部類。
シャンプーの使用量が半端じゃなさそうな、物凄いボリュームの長い黒髪の少女が、静々と頭を下げる。
「草薙です。よろしくお願いします。これでも、長年修行を積んでまいりました」
「おお、長年修行を積んできたと言う辺りが凄い」
素直に驚く社長に、草薙は付け加える。
「巫女として」
「巫女かよ」
また和風ですか、そーですか。
つか霧子サン? メガネとかバストとかより、巫女さんのほーがよっぽどマニアックだと思うんですけど?
軽く頭を抱える社長の前に、草薙ほどではないにしても長い黒髪の少女が歩み出る。
「葛城です。よろしく」
それっきり、我関せずと無関心を決め込む葛城。
「うむ。取り付く島もないクールビューティ。これはこれで!」
「どこまでストライクゾーンが広いんですか、社長?」

呆れ顔で霧子は付け加える。
「まあ、二人とも借金してでも獲得するだけの価値はある逸材だとは思います」
借金、という部分にやたらと重きを置いた霧子の言葉に苦笑しつつ、社長は二人に手を差し出した。
「うん。ま、とりあえず、SPTへようこそ」
とりあえず、後に実力派として知られることになる、2期組、入団。

なお、借金の方は鬼の形相で営業努力と経費節減に努めた霧子の働きにより、その月の内に完済した。
その過程で、"巫女さん入団〜和風と言えばSPT〜"とかいうキャッチコピーが踊って、社長が頭を抱える羽目になったことなど、ごく些細な問題である。

結局、そこか。