「すいませんッ! やってしまいましたーーーっ!!」 首にカラーを巻いた真田が、涙ながらに詫び言を叫ぶ。 元気な怪我人だなぁ、と幾らか呆れに彩られた感想を浮かべつつ、社長は苦笑した。 「いやまあ、何とか無事でよかったよ。不幸中の幸いだな」 デビュー直後の面白愉快型負傷の記憶も覚めやらぬ12月、近畿シリーズにてまたもや真田が負傷。 その原因に思いを馳せれば、さすがの社長も頭を抱えたくなる。 真田は、無謀にも師匠RIKKAを真似て空中殺法にチャレンジし、コーナーポストに飛び乗ったまではいいが勢い余ってつんのめり、そのまま場外に頭からダイブ。 ゴスッ! と会場に響き渡るイイ音に、対戦相手のジュリア・カーチスが心配して駆け寄ってきたぐらいだ。 顔には、またか、と書いてあったが。 ギャグ漫画のようにリング下でノビる真田。 18分24秒、オーバーラン不注意ダイビングヘッドバット自爆からのTKO。 首がイヤな方向に曲がった割に診断結果は頚部亀裂骨折"のみ"。 それも、よくよく目を凝らさなければ確認できないほど軽微で、かつ割れ方が奇妙に綺麗なため継続的な影響はナシ。 ホント、どういう身体の構造をしているのか、一度CTスキャンで徹底検査してみたい。 まあ、それでも場所が場所だけに危険ではあるし、もちろん重傷には違いないのだが。 「うぅ……しかしッ! 自分が情けない……」 「しかしまあ、ホント気をつけないと、お前首に爆弾抱えることになるぞ?」 呆れながらも心配する社長に、真田は瞳に炎を宿して宣言する。 「はいッ、承知してますっ! 今度の今度こそ、しっかり鍛えてッ!」 「いや、鍛える前に、まずは治そうよ、それ」 若干うんざりとした顔で、社長がツッコミを入れた。
1月の九州シリーズ。 沖縄以外は言うほど遠くまで足を伸ばすわけでもなくスケジュールは幾らか余裕のあるものだったが、真田は通院などの関係から巡業自体を外されお留守番、ということになった。 ここ最近の超満員札止めが続くという嬉しい事態に鑑み、少々強気に打って出た方針が大当たりし、興行は霧子がホクホク顔になるほどの成功を収めたのであるが。 なんとなーく、最後の最後まで居残りを渋っていた真田のことが気になり、社長は福岡に戻ってくるなりオフィスではなくジムの方に顔を出した。 あの真田が、居残りだからといってジッとしているとは思えなかったからだ。 そう、ジッとしているとは思っていなかったのだが。 「ただいまー。真田、調子は……ってナニやっとんじゃーーーっ!?」 案の定、ジムで見つけた真田の姿に、さしもの社長も絶句した。 「はい? もちろん、首を鍛えなおそうとッ!」 真田美幸、脂汗流しながらブリッジ姿でお出迎え。 ただ今、絶賛頚部負傷中。 「アホッ! 悪化したらどーするつもりだ、このおバカッ!!」 さすがにものすごい剣幕で詰め寄る社長に、真田も反射的にブリッジを崩して正座する。 「いやっ! しかしっ! ここでのんびり休むわけには!」 それでも強固に主張する真田に、社長はスパッと業務命令。 「休めっ! つーか治せ! 何のために試合から外してると思っとるんだ!?」 「くうぅ〜〜〜、ホント、自分が情けないッス……」 男泣きに泣き出しかねない様子の真田に、いかに脳みそお花畑の社長といえども思わずふらつく。 と、その社長の肩を支える誰か。 ぐるりと首を巡らせれば、そこには真田の師匠たるRIKKAが、やはり呆れ顔で突っ立っていた。 「RIKKA、面倒見てやって……」 力尽きたかのように後事を託す社長。 「…………うむ……」 仕方ない、とでも言いたげな表情を浮かべてRIKKAは頷く。 そして。 「あ、痛いッスよ、師匠! ちょっ、首ッ! 首ぃ〜〜〜!」 むんず、と真田をアイアンクローに捕えて引きずっていったのであった。
「あの〜、師匠?」 「…………」 居心地が悪そうに喋りかけてくる真田に、黙っていろ、と視線で釘を刺してから瞑目するRIKKA。 渋々、真田もRIKKAに倣い手を合わせて瞑目する。 ジムから連れ出され、まず着いた先は箱崎八幡宮。 快気と戦勝を願ってお参りである。 プロレスラーのように勝負の世界で生きる者は往々にして験をかつぐ傾向にあるが、RIKKAもまたご多分に漏れない。 どれほどの信心があるのかはわからないが暫し瞑目し、ついでとばかりにおみくじを引く。 凶。 金運、出費は控えよ。 勝負事、急いては事を仕損じる。 病気、長引く。 待ち人、来たらず。 RIKKAは、おみくじを丸めて捨てた。 全くもって下らない迷信だ。 「……うむ」 自らを納得させるためにひとつ頷き、RIKKAは本来の目的である場所へ真田を連れ出した。
福岡県某所。 九州とはいえ雪が積もる程度の山間部にある片田舎のこの場所には、見るべきものとてない――温泉以外には。 「おおっ! なるほど、温泉療法ッスね!」 「…………うむ……」 挿絵でもあれば読者サービスになるところだが、生憎と一応健全サイトで絵心も多寡が知れている以上、想像だけで我慢していただきたい。 はい、今どっちをメインに想像したかで、あなたの性癖が概ね説明できますので注意しましょうねー。 とにかくジッとしていることが出来ない真田、掛かり湯もそこそこにバタバタと走って湯船にダイブ。 首のこともだが、周りの迷惑を考えろ。 まあ、平日の真昼間から温泉に浸かってる人間なんて、そうはいないのではあるが。 一方のRIKKAは、特段急ぐ様子でもなく、ゆっくりと歩いてくる。 静々と、と表現してもよい。 マスクが全てを台無しにしているが。 「むむっ!」 掛かり湯を済ませ湯船に向かってくるRIKKAを眺め、真田は唸った。 二人は、もちろん女子プロレスラーであるから相応に引き締まったよいスタイルをしている。 しかし、だ。 何かが、違うのだ。 決定的に。 背は、僅かにRIKKAの方が高い。 プロポーションでも大差なく、幾らかRIKKAの方がスラリとしている気がする、という程度である。 しかし。 しかし、しかし、しかし! 何故だろう、明確で歴然とした差があるのだ。 そう、"色気"というモノに……! 「むむぅ……?」 「…………?」 珍しく難しい顔で唸る真田に首をかしげ、RIKKAも湯船に浸かる。 身体の芯に届く心地よい熱に、ほぅ、と吐息をついて、うっとりと目を細めるRIKKA。 「おおっ!」 そうか、これだ。 この一つ一つの仕草が"女"を演出しているのだ! しかし、これは難しい。 真似ようとしても、なかなか身につくものではない。 そういえば、歳では二つだけRIKKAが上。 自分も、歳さえ重ねれば―― 「そう、自分もいつかはっ!」 ザバァッ、と立ち上がり握り拳など作る真田。 だから、拳握っても色気はつかんとゆーに。 「…………」 隣にいてまともに飛沫を受けたRIKKAは、迷惑そうな顔をして、無言で足払いを掛けた。
「いやぁ〜、気のせいかチョットよくなった感じッス!」 うん、それバッチリ気のせいだから。 ファンタジーじゃあるまいし、少々温泉に浸かっただけで骨折が治るものか。 それでもご満悦の様子で、コートを羽織った真田は薄っすら積もった雪の中を歩きつつ歳相応の楽しげな笑みを浮かべている。 なんだかんだといって、寝ても覚めてもプロレス一途の真田に息抜きをさせることは出来ているようだ。 その姿は、RIKKAにとって少しだけ眩しい。 自分であのようにはしゃぎたい、というのではなく、純粋に好意的に思える。 まあ、真田のように振舞えと言われても無理な気はするから、それが無いものねだりの憧憬だ、と言われても敢えて反駁しようという気も無いが。 RIKKA自身のトレーニングや試合の都合もあるので泊り込みというわけにもいかないのがなんだが、そう遠い場所でもなし、暇を見つけて連れてくればいいだろう。 それは、RIKKAにとっても、ていのよい息抜きになるようだった。 もっとも。 「この調子なら、すぐにでも――」 などと言いつつ腕をぐるんぐるん回しているようなヤツを、放っておいたらどんな事態になるか知れたものではない、という事情もあったが。 「…………」 騒ぐ真田を、ガシィッ、とアイアンクローに捕え、ジトリとした視線で睨むRIKKA。 「あ、う。ハイ、自重するッス……」 途端、縮こまる真田。 ホント、手の掛かる弟子だこと。 しかしまあ、出来の悪い子ほど可愛い、ともいうし。 「……うむ」 幾らか苦笑気味だったけれども、RIKKAは、ニコリ、と微笑んでおく。 「……おおっ!」 感心したように唸る真田。 なるほど、この落差。 ギャップが生み出すお得感。 コレが大人の女ッスね! (違う) 「……?」 真田の愚にもつかない思考など読めるはずもなく、怪訝な表情を浮かべるRIKKA。 「あ、いや、何でもないッス! 自分、まだまだ師匠には及ばないと思っただけっすから」 「…………??」 今の遣り取りの、どこをどーやって、その結論に達するのか。 RIKKAの混乱は深まるばかりだったが、まあ、真田が納得しておとなしくしているならよしとしよう、と肩をすくめた。 再び上機嫌で歩き出す真田の後姿を見守りながらRIKKAは微笑む。 いささか面倒だけれども、こういう関係も悪くは無いか、と。 あと。 「あれ、なんね? 強盗やなかろね?」 「昼間っからね? "こすぷれ"とかやなかと?」 地元住民の皆様、私は不審者ではありません。 不審者は大概そう主張するけどな。
せめて、十八になったら免許取ろう。うん。 |