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  SPT流星記  その6 結成、ジューシーペア〜または良心の入手法〜
 

一日。
「社長! あと一人、宿舎に入るよな!」
突然のマッキー上戸来襲に、例によってオフィスでだらけていた社長は大いに驚いて跳ね起きた。
「うぉぅっ! ってマッキーか。いきなり目の前で叫ぶなよ」
「いいから、宿舎って空いてるよな!」
社長のリアクションなど一切気にしている風でもなく、ニカッ、と笑ってマッキーは再度尋ねた。
頭の上に疑問符を浮かべつつも、社長は答える。
「……まあ、確かに。運営の方が忙しくて、人集めをサボってたからな……で? 物置にはさせないぞ」
「誰が物置なんかにするかよ。で、もう一人雇うんだよな!?
だぁっ! 迫るな! 叫ぶな! 確かに、今年度中にあと一人は増員するつもりだったが」
社長の答えに満足したように頷くマッキー。
彼女の中では、何かしら話の筋が上手く通ったようである。
「いや〜、ならラッキーだぜ、社長! ラッキーとって来てくれよ」
「何がラッキーなんだ? ラッキーとって来るって、日本語おかしいだろ?」
残念ながら、社長の脳味噌には通用していないようであるが。
「いや、だからラッキーをとってきてくれって!」
「だからラッキーって……」
不毛な会話に、傍らの秘書机で事務作業にあたっていた霧子が割って入る。
「ラッキー内田選手のことでしょう」
「そうそう! そのラッキー!」
我が意得たり、とばかりに笑みを浮かべて頷くマッキー。
ここに至り、漸く社長もマッキーが何を言いたいのかを理解する。
「ラッキー……内田? 人名かよ。はぁ、でマッキーラッキーでペアでも組もうってか?」
「っつか、もともとペアなの! 学生時代に! その名もジューシーペア!!」
その言葉を耳にした霧子が、ん? と怪訝な表情を浮かべて呟く。
「あ……聞いたことがあるかも。確か、どちらかのパワーが有り過ぎて、中学レスリングの余興イベントで使った手作りリングが崩壊しちゃったとか言う伝説が……」
それ、絶対目の前にいるバカ。もとい、馬鹿力。賭けてもいい。
そう思いはしたが、珍しく賢明にも口には出さず社長は豪腕敏腕秘書に問う。
「んで、今はどこに?」
「社長……基本的な業界情勢ぐらい、ちゃんと把握しておいてくださいよ」
呆れ顔でため息をつき、霧子は続けた。
「ラッキー内田選手は、先月WARSからプロデビューしてますよ」
「え? つことは、引き抜きになるの?」
少々腰が引け気味の社長。
霧子は、何を当たり前のことを、と顔に書いて応じる。
「当然引き抜きになりますね。この業界では割と普通に行われていることではありますが……上手くやらないと団体遺恨です」
「うあ……出来たばっかで遺恨ってのはキツいなぁ。そもそも、引き抜きに応じるかね、ラッキー選手は?」
あまり乗り気ではない様子の社長。
それに苛立ったのか、マッキーがハッパを掛ける。
「抜いて来い! さもなきゃアタシがWARSに行く!」
いや、それはそれでWARSが引き受けてくれるかどーかという問題があると思うが。
そう思いはしたが、とりあえず社長は腰を上げた。
「ま、チャレンジはしてみるけど……ぶっちゃけ、どんな感じだと思う?」
話を振られた井上霧子、手元のノートパソコンをパチパチと操作して何事か確認。
「んー、結構上手くいくかも知れません。現状には不満があるみたいですよ」
そのデータ、どこから入手してるんですか?
そんな考えに至りダラダラ汗を流す社長。
謎な女や変な女は身の回りに群れているが、一番謎で変なのはこの秘書かもしれない。

そんなこんなで都内某所。
WARSのジムが見える公園で、社長はラッキー内田がジムから出て来るのを見張りつつぼんやりしていた。
既に確たる団体に所属している選手を引き抜くとなれば、これまでやってきたフリー選手や新人に声を掛けるのとはワケが違う。
霧子が言ったように、下手をすれば団体間の遺恨勃発なんてことになりかねない。
そうなった場合、まあ、プロレスの世界だから"団体抗争"てな流れになるんだろう。
そうすると、"クラッシャー"サンダー龍子という絶対のエースを抱えるWARSの有利は動かない。
柳生やRIKKAは頼りになるし、ここ最近は伊達をはじめとする新人たちもグングン伸びてきてはいるのだが、正直SPTに勝ち目は薄い。
新女ほどではないにしても、今のところ正面からぶつかり合うなんて事態は避けたい相手だった。
まあ、そんなコトを言ったら、ビューティー市ヶ谷のJWIも、ブレード上原の太平洋女子も、未だSPTの敵う相手ではないのだけれども。
経営が軌道に乗ってきたとはいっても、結局のところSPTは有象無象のインディーから一歩抜け出た程度でしかない。
それも、初期資金を上手く活用しての商売上の話に過ぎず、プロレス団体としてのリング上での実力はメジャーと呼ぶには物足りないものであった。
選手・スタッフ一丸となって頑張ってはいるものの、未だファンの過半はSPTというよりは提携相手であるAACを見に来ていると言うべきだ。
性格的にはおバカな社長ではあったが、その辺はリアリストというか、きちんと現実をわきまえている面があった。
そんなわけで、WARSとはコトを構えたくない。
でもラッキー内田選手とはコンタクトをとりたい。
となると、寮住まいの彼女の部屋を訪ねていくわけにもいかないし、ましてやWASRの事務所を通すなんてわけにもいかない。
偶然を装って、街中で接触するしかないのである。
いい歳したオッサンが平日の昼間から公園でダベっているからといって、遊んでいるわけではないのだ。
だったら、その足元に転がっている猫缶のカラは何なんですか? という質問は、控えていただけるとありがたい。
仕事の合間に猫と戯れるくらいの自由、許してくれてもいいじゃないか。
ちなみに、さっきニャンパしたトラ柄は、餌の切れ目が縁の切れ目でどっかいっちゃいました。
と、割とどうでもいいことを考えていると。
「お? あの娘かな?」
それらしき人物が携帯片手にジムから出てくる。
丁度トレーニングの合間なのだろう、タオルで汗を拭きつつ何事か電話で話している模様。
おあつらえ向きに、この公園の方に来るようである。
「さて、どうするかね?」
あれこれ考えつつ観察していると、彼女はあろうことか社長が待ち構えている公園に足を踏み入れてきた。
まことにもって、おあつらえ向きのチャンス。
どう交渉するか、という辺りで考えはまとまっていなかったけれど、とりあえず声を掛けてみることにする。
ま、初交渉だし連絡先、それこそ携帯の番号でももらえればいいかな? などと思いつつ。
「あー、すみません」
「はい?」
丁度電話を切ったところに声を掛けられたラッキー内田、少し驚きつつ振り返る。
「私は、女子プロレス団体の社長をしているものなんですが」
「社長さん? ああ、じゃああなたが……」
思わず、正直にお決まりの台詞を言ってしまった社長に、ラッキーは妙に納得したような表情で応じる。
「は? ご存知なんですか?」
さすがの社長も、怪訝な顔で訊いてしまうのだが。
「さっき、マッキーから電話がありまして。『ウチの社長が引き抜きに行くからよろしくなっ!』と……」
「オゥ、シット! 情報はダダ漏れでした!」
社長の隠密作戦、マッキーの暴走により崩壊。
「えっと……続けましょうか?」
なんとも名状し難いツラで声を掛けるラッキーに、社長は疲れた表情で応じる。
「あ、そうね。一応ね」
以下双方棒読みで交渉開始。
「それで、私に何かご用ですか?」
「ぜひウチの団体に移籍していただけないかと思いまして」
「うーん」
「よろしくお願いします」
「わかりました。お世話になります」
交渉終了。
「……」
「……」
「マジ、マッキーのこと頼みますから」
「わかってます……どうせ、最後は私のところに来るんですよ、その話
涙ながらに頭を下げる社長の肩に、慰めるように手を置いてラッキーも諦念を漏らす。
かくして、交渉は成立したのであった。
が。
「へぇ……そういうこと」
悪いことは出来ない。
「あっ!」
「いっ!」

思わず驚愕するラッキーと社長の視線の先には。
「何か、コソコソしてると思ったら……ウチの選手を引抜きとは、社長さん、アンタもいい度胸してるね」
「サンダー龍子……」
呆然と呟く社長の言葉通り、泣く子も黙る"クラッシャー"サンダー龍子ご登場。
「りゅ、龍子さん……」
突然周囲を満たしたトンでもない緊張感に、何とかとりなそうとラッキーがなんとか声を絞り出すが。
「アンタもアンタだね。二つ返事で移籍を承諾するほど、アンタにとってWARSは軽かったのかい?」
当たり前の話だが、ラッキーも当事者。
火の手が回らぬはずもなし。
「そ、それは……」
言葉に詰まるラッキー。
睨みを利かせてくる龍子の、怖いこと怖いこと。
とてもではないが、デビュー間もない新人にいなせるような代物ではない。
「いや、やっぱこじれちゃうかな、お話は?」
脱力気味に言う社長に、龍子は僅かに毒気を抜かれたようにため息をついた。
「あのね……当たり前でしょ? どこの世界に、前途有望な新人を引っこ抜かれて平然としてる団体があるのさ?」
「あー、ウン、確かに。そりゃそうだ」
のほほん、と、とぼけた口調で納得する社長。
さすがに、龍子もいささかならず肩の力が抜けるのを感じた。
「わかんない人だね。余所の選手にいきなり声を掛ける度胸があったり、他人事みたいに構えてみたり。ここまで来たってことは、ウチと遣り合おうって覚悟は当然あるんだろ?」
「んー……出来れば遠慮したい。今のウチじゃ、てんで勝負にならないし」
その言を聞き、龍子の瞳が危険な光をはらんで細められる。
「ふざけんじゃないよ。そんな半端な覚悟で……」
しかし、社長は柳に風で飄々と龍子の怒気をいなす。
一年後なら、オッケー。そんだけありゃ、アイツらも充分サンダー龍子に対抗できる選手になってくれてるさ」
龍子は、虚を突かれたように、きょとん、と目を瞬かせ。
「あ、あはははは! なんだい、そりゃ!」
腹を抱えて爆笑したのであった。
「一年で、アタシを超えるって? どんな連中だい、そいつらは?」
笑いながらも、僅かに漏れる殺気。
その笑い声の中に、返答次第じゃ団体ごと叩き潰す、という気迫さえもこもっている。
「うん?」
社長は、何でもないかのように、胸を張って答えた。
「前途有望な若者たちである」
「はっ! そりゃいいや」
漸く笑うのを止めて、龍子は社長にギロリと鋭い視線を送る。
すわ、宣戦布告か、と思われたが。
「うんうん。だから、今潰されるワケにはいかんのよ」
にへらっ、と笑って応じる社長。
瞬時に毒気を抜かれ、龍子は呟く。
「……ホント、わかんないヤツ。そんなんで、よくここまで来たもんだね」
「まあ、選手の希望だし。社長なら、努力せんとね。無謀でも」
ちょっとだけ疲れた顔で、社長は肩をすくめた。
「そんなわけで、ラッキーちゃん。さっきの承諾は、ちょっとだけ保留しといてくれる? 一年後は、正面から引き抜きにくるからさ」
「え? し、しかし……」
事態の成り行きから取り残されて呆然としていたラッキー内田、突然話を振られて少々うろたえる。
再び、面白くなさそうに憮然とした表情をする龍子。
その龍子が何事か言う前に、社長は軽く笑いながら彼女に言った。
「あー、でも、その前にマッキー上戸ってのがソッチに行ったら、よろしく面倒見てくんない? アイツの場合、説得してもジッとしてない可能性もあるんでね」
さすがの龍子も、これにはあっけにとられる。
「はぁ? 今度は、自分トコの選手の売り込みかい?」
「俺だって手放したくはないけど」
幾らか自嘲気味に、お手上げ、とジェスチャーしてみせて、社長は言った。
「選手の方から出てく、って言ったらしょうがないじゃないか。希望を叶えてやれない俺がダメ社長だってコトだし……ま、だからって物理的に不可能なコト要求されても困るんだけど。とりあえず、飛び出した挙句路頭に迷うよーなコトにならんように、予防線ぐらいは張っておいてやんないとね」
勢いだけで行動して路頭に迷うマッキー……ある意味リアルに想像出来過ぎて、社長は軽く頭を抱える。
龍子は、完全に肩の力が抜けるのを感じた。
マッキー上戸の名が出てくると言うことは、この社長はあの新興団体の人間だろう。
本当に、噂通りの"バカ社長"だ。
「……アンタが、悪い人間じゃないことはわかったよ。正直、頭は悪いけどね」
龍子の言葉に、社長は面白くなさそうに口を尖らせる。
「悪ぅござんした、バカ社長で」
クスリ、と笑って、龍子は応じた。
「キライじゃないけどね、アンタみたいなのは」
その仕草に、社長は思わず、ドキリ、とする。
うぁ、普通に笑ったら、普通にイイ女だ。
そんな感想を知ってか知らずか、龍子は続ける。
「見逃してやるよ。その代わり、来年を楽しみにしてるからね」
「うぃ。奮闘努力いたします……ウチの選手が」
割とどうでもよさげにヒラヒラと手を振る社長から再び取り残されて呆然と事態を眺めていたラッキーに視線を転じ、龍子は彼女らしいぶっきらぼうな口調で言った。
「アンタは、さっさと荷物をまとめな。事務所に電話ぐらいは入れるんだよ」
「えっ!? 龍子さん?」
話についていけず目を白黒させるラッキー。
龍子は、チッ、と短く舌打ちをして付け加える。
「レスラーが、一度吐いた言葉を飲み込むんじゃないよ。経緯はともかく、お前自身が決めた事だろ?」
ラッキーは、不機嫌そうな龍子に、うつむき加減にボソリと言う。
「……すみません、龍子さん」
途端、龍子の鉄拳がラッキーの頭上に炸裂。
「っ!」
「人と話すときは、相手の目を見て話すもんだよ!」
「す、すみません!」
再度聞く詫びの言葉に一層不機嫌そうに顔を歪めつつ、龍子は静かに言った。
「それと、アタシが教えてやる最後のことだ……こういう時は、すみません、じゃないんだよ」
「え?」
きょとん、とするラッキーに、龍子は不意にやさしく笑いかける。
「ありがとう、だろ? 間違えんなよ」
「え…あ、はい!」
道場でもリングでも、厳しい部分ばかりがつい目に付いてしまうサンダー龍子。
その彼女の、素顔の優しさを、ふと、感じたラッキーは、ほんの少し涙目になりながら深々と頭を下げた。
「ありがとうございます! 龍子さん!」
龍子は、ふん、と肩をいからせ、さっさと行け、と顎をしゃくる。
その遣り取りを、社長は感心しながら眺めていた。
「さすが……マッキーのパワー近藤の鋭さ、更には斉藤の重さすら兼ね備える鉄拳……! やはりエースは違うっ!
感心するの、そっちかよ。

ちなみに、この移籍劇、WARS事務側では事態をさほど深刻には受け止めず、新人にはありがちな団体からの逃亡、ということで片付けられたようだ。
その後のラッキーの活躍を考えると、WARSにとってはなんとも惜しい人材を手放したというところだろうか。
もっとも、とりあえずのところラッキーの活躍は、レスラーとしてのそれよりもSPTの良心としてのそれが大きかった、という気もするが。
WARSが数度に渡りSPTへの殴り込みを決行するのは数年後、ラッキー内田がトップレスラーの一人として君臨するようになった後のお話である。
とりあえず、その月の興行でジューシーペア結成。
まあ、AACのデスピナ&ジュリアにコテンパンにのされる結果となったわけだが……このコンビの真価が発揮されるのは、やはり数年後のことである。

 

 

 

余談。

福岡へ向かう飛行機の中で、ラッキー内田は心底感心したように言った。
「それにしても、社長、勇気があるんですね。正直、あの時私は龍子さんの迫力に圧されて何も出来ませんでした」
「ん? まあ、慣れかな? ウチにはもっと怖い人がいるもんでね」
「りゅ、龍子さんよりも怖い人……? いったい、どんな選手なんですか?」
さすがに驚くラッキーに、社長は少々引きつった顔で応じる。
「いや、事務所に、ね……」

同時刻、福岡。
SPT本社。
「くしゅんっ!」
「ん? 霧子さん、風邪ですか?」
僅かに眉を寄せる斉藤に、霧子は首をひねって答える。
「いえ、そんなことはないのですけど……くしゅんっ!」
「誰か、噂でもしてるんじゃない? 社長とか」
冗談めかして言う近藤に、霧子はニッコリと笑ってみせた。
「そうですね。帰ってきたら問い質してみましょうか」

社長、命が危険です。