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  SPT流星記  その5 初めてのサイン会〜ワビ、サビ、そして〜
 

「…………」
無言で佇むRIKKA。
「ふむ。まだ始まらぬか」
ぴしりと姿勢を正し茶などすする柳生。
そして。
「さぁ〜〜〜! どっからでもかかってくるッス!」
気合充分の真田。

何をしに来た、お前ら。

福岡市最大の繁華街天神に突如出現した異空間に、行き交う人々は相当ヒキ気味である。

SPT設立より3ヶ月が過ぎ、漸く運営も軌道に乗ってきた。
とりあえず、御当地団体、西日本にSPTあり、というカラーを強く打ち出していくのが社長の方針で、九州を機軸に中国・四国、近畿県内までをローテーション巡業するという計画になっていた。
それらの計画の中で、今月始まるものがふたつ。
ひとつは、念願のテレビ放送。
霧子が担当して以前から調整を進めていたが、阿蘇噴火放送をキー局に九州一円で放送されるらしい。
何故熊本のテレビ局がキー局かというと、費用の問題なのだとか。
福岡の放送局だと、中央局の絡みとかで費用がドーンと上がるらしい。
お金にうるさい、というか、SPTで唯一コスト意識のある、霧子ならではの切り口だろう。
ま、経緯はともかく。
これには選手たちも大いに沸いた。
まあ、伊達はひたすら恥ずかしがっていたし、RIKKAや斉藤はいつもの調子、柳生は「真田やマッキーのバカが地上波に流れるのか……」と頭を抱えていたが。
それでも拒絶反応が出なかったということは、各人それなりに嬉しくはあるのだろう。
そして、もうひとつが現在進行形で天神にて行われているコレ。
つまり、選手によるサイン会、というイベントだった。
OK。
サイン会自体は、別におかしいものでもなんでもない。
まあ、アイドルほどの集客力は無いにしても充分宣伝になるし、ファンにとってはリング下の選手たちと触れ合える機会は嬉しいものだろう。
OK、OK。
それはいいとして、だ。
RIKKAと柳生が座る机に置かれた、墨と硯はいったいどういうことだ?
真田もコレに倣いたかったらしいのだが。
「あー、真田? 前衛芸術ってのは、一般に受け入れられ辛いものなんだゾ?」
と事前のサイン練習を見た社長に諭されたとあっては致し方ない。
柳生には。
「お主、墨を使うのは正月の羽根突きの時だけにしておけ」
などと、本気で心配そうな顔をして忠告される始末。
それでも、せめてもの意地で筆ペン持ってきていたりするのだが。
「社長」
「なんだい?」
整理役として参加している霧子と社長が、選手たちに聞こえないように言葉を交わす。
「我々は、対象選手を見誤ったのかもしれません」
さすがに、頭を抱える霧子。
「うん? それは、出かける前に気付こうな?」
どーせ明日のスポーツ新聞にゃ、SPT純和風サイン会、とか書かれるんだろーなー、と達観している社長。
仮設テントの前には"SPTサイン会会場"と看板が立てられているのだが、それすら柳生の手による実に流麗な草書体で書かれているため、それと判別するのは結構難しい。
いや、ある意味ファンにとってはこれほどわかりやすい状況もないが。
つまり、こんなことしでかすのはSPTぐらいしかない、という認識が、早くもファンの間では定着しているのであった。
そんなわけで、ぼちぼち人が集まり第一回SPTサイン会が開催の運びとなったのである。

「ありがとう」
ニコリと笑ってファンと握手する柳生。
まあ、比較的普通なサイン会の風景である。
が。
「では、次の御仁」
色紙を受け取ると、雰囲気が一変する。
一筆一筆が真剣勝負、といった塩梅の緊張感が走り、そのひと時は音さえも彼女に触れることを遠慮するほどだ。
で、書き上げると。
「ありがとう」
ニコリと笑って握手、というわけだ。
サイン会なのか剣術の立会いなのかわからなかった、と後々までファンの間では語り草となったとか何とか。
柳生は、まだしもマシな方である。
「……」
無言で色紙を受け取り、サササッ、と筆を走らせてRを大きく意匠化したサインを書くRIKKA。
「……」
神業のごとき手早さで書き上げると、無言でファンの手に渡し、じぃ〜〜〜っ、と睨みながら(見詰めてるだけかもしれないが)握手。
正直、声を掛けるのが躊躇われる、とは集まったファンの言である。
それでもまだ、RIKKAは表面的に混乱が巻き起こらないだけよかった。
「ハイッ! どうぞっ!」
お世辞にも上手いとは言い難い字で"さなだ"と何故か平仮名でサインを書く真田。
いや、実は漢字で書いてみたところ、潰れ果てて解読不能、という惨状になることが判明しているためなのであるが。
「いや〜、ありがとうございますっ! 自分、感激ッス!」
などとまくし立てつつ、握ったファンの手を激しく上下に振る真田。
相手の関節がイヤな音を立てていても、気にしない。もとい、気付かない。
これが、技をかけられても嬉しい、というコアな格闘技のファンでなければ、あるいは既にSPTの誇るバカの双璧の一人として認知されている真田でなければ、クレームのひとつも来ようかという乱暴さである。
三者三様、なんだか微妙に問題があるような気もするが、サイン会自体は、まあ、そこそこ盛況ではあった。
「いや、どうなることかと思いましたけど、何とかなるもんですね」
ファンの列を整理しながら、霧子はそう社長に声を掛ける。
「そりゃそうさ。幾らアイツらでも、ファンに対して無茶はしないだろ?」
社長も、ホッと胸を撫で下ろしつつ相槌を打つ。
次のサイン会はいつだ、とか、お目当てのレスラーはいつ来るのか、とか、ファンからの問い合わせもあって、彼らにとっては、SPTもそれなりに認知されてきたなぁ、という手応えのようなものも感じられる。
少々異空間なのはおくとして、充分意義のあるイベントだったなぁ、などと思っていたのだ。
この時点では。

崩壊の足音は、例によって真田の方から聞こえてきた。
「お? あれ、インク切れか?」
筆ペンのインクが切れたらしく、ブンブンと振り回して確認する真田。
隣で色紙に向かっていた柳生が、迷惑そうな顔で舌打ちをする。
まあ、真田がそれに気付けるようなら関係者も苦労はしないのであるが。
「あ、チョット待ってくださいッ! 代えのインクは、と」
ごそごそ紙袋を漁って、カートリッジ式のインクを取り出す。
「むむ? これを、こうやって……とぉっ!?
で、思い切りインクカートリッジを握りつぶして、筆ではなく顔面にインクをぶちまける。
その余波は、両隣にいた柳生とRIKKAにも及び。
「……真田。私は、お主は墨なんぞ使うな、と忠告したはずだ、な?」
白い頬に筆ペン用のインクを滴らせ、恐ろしく怖い笑みを浮かべる柳生。
「…………」
口には出さないが、RIKKAも気分を害していることは、誰の目にも明らかだった。
「あ、いやっ! 申し訳ないッス!」
顔面真っ黒にしながらも、素直に詫びて頭を下げる真田だったが。
半端に机の近くで思いっきり動いたもんだから、ただでさえ不安定な長机が倒れかける。
「うおっ! ととっ!」
それがファンの側に倒れそうになったから、思わずカバーに入ったことは褒めてやってもいいだろう。
しかし、柳生とRIKKAが使っていた硯を、よりにもよって彼女たちの方に弾いてしまったのは致命的だった。
「むっ!」
「……!」
もちろん、二人ともレスラーなわけで、飛んでくる硯を叩き落す程度のことは難なく出来たのだが。

バシャ。

中に溜まっていた墨までは、さすがに止め得なかった。
結果、頭から墨をかぶって、真田とお揃いの顔面黒づくめと化す柳生&RIKKA。
「ふ……ふふふ、真田?」
明らかに目が笑っていない笑顔で、柳生が真田の肩をつかむ。
「あ、いやっ! 事故ッス! これは不幸な事故でーーーッ!?」
「ぃやかましいーーーっ! お主のサインなぞ、これで充分だーーーーーっっ!!」
勢いをつけて真田を振る柳生。
「…………」
その先にはロープでななく、仮設テントの奥の方に掛けてあった物好きの為に販売用意していたサイン用掛け軸をマタドーラよろしく構えるRIKKA。
「な、なんとーーーーーっ!?」
ベシャン、とイイ音が響き。
魚拓ならぬ"真田拓"完成。
「RIKKA殿。墨汁は、まだあったな?」
柳生が問えば。
「……」
無言で頷き、スチャッ、と神業のように墨汁と掛け軸台紙を取り出すRIKKA。
「あ、いや!? 師匠、柳生サン!? このネタは、一度っきりで……」
ふらつきながらも逃げようとする真田だったが。
「材料が切れるまでエンドレスだーーーーーっっ!!」
「ひ、ひえぇぇぇーーーーーっっ!?」
最早絶好調の柳生とRIKKA、"真田拓"の量産体制に突入。
たちまちにして阿鼻叫喚の地獄絵図と化した惨状に頭を抱える社長の隣で。
「えー、真田選手の"真田拓"今ならお安くなっておりますよー」
逞しくも、商売を開始している霧子がいた。

だめだ、こりゃ。