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  SPT流星記  その4 師匠と呼ばせてください!〜無口な師匠と喚く弟子〜
 

「くっ! おのれぇーーーぃっ!」
真田の放ったエルボーが空を切る。
捉えたと思った相手、AACのジュリア・カーチスは既に間合いの外にあった。
「うぉっ、とと……」
勢い余って、つんのめる真田。
そこへ、充分に遠心力を効かせたローリングソバットが叩き込まれる。
「うわっ!」
思わず仰け反る真田。
「クスッ。威勢はいいのね、サナダ」
嘲るようなジュリアの声。
相手はAACの中堅選手、こちらはデビュー間もない駆け出しのペーペー。
そもそも、まともに遣り敢え無くて当然。
本来なら、選手の側から文句が出てもいいような、少々無理が過ぎる対戦カードだ。
しかし、SPTは若い、本当に若い団体。
人が、いないのである。
本来ならジュリアと好勝負を演じられるであろうRIKKAや柳生は、デスピナ・リブレやらミレーヌ・シウバやらといった、更なる実力者とカードが組まれていた。
苦しくても、真田が何とか踏ん張らなくてはならないのだ。
「さあ! 行くわよ!」
掛け声と共に、ジュリアがコーナーポストに飛び乗る。
ミサイルキックか!?
それを喰らうのは、さすがに拙い。
「なんのっ! やらせるかぁーーーっ!」
間合いを外す!
いや、敢えて間合いを詰めて、相手が加速する前に叩き落してやる!
あわよくば雪崩式に!
そんな意気をもって、雄たけびを上げて突進する。
そして真田は。
「うわっ、たったたぁっ!?」
散々痛めつけられていた足がもつれて、コーナーポストに顔面タックル。
「おぶぅっ!?」
「キャッ! ちょっとぉっ!?」
その震動で、コーナーポスト上のジュリアがバランスを崩し。
落ちた先には、跳ね返ってきた真田がいたりして。
試合時間12分5秒。
なし崩し式ギロチンドロップでジュリア・カーチスのKO勝利。

「あのなぁ、真田……」
「め、面目ないっす……」
さすがに呆れ顔の社長に、真田は極限まで小さくなる。
ため息混じりに、社長は苦笑。
「いや、試合の方はいいんだけどな? お前、もう少し自分の身体のこと考えろ?」
「いやしかしっ! 負けを認めるわけにはっ!」
「いいから、負けとけって。そのうち勝ちゃいいサ」
軽くいなす社長。
「なんと!? 幾ら社長でも、それはっ! と、イタタ……」
詰め寄って、傷に響いたのか首を押さえる真田。
それを見て、さすがの社長も渋い顔を隠せない。
「ホレ見ろ。頑張り過ぎて、故障でもされたら逆に困る」
「うぅ〜〜〜、しかし……これしきのケガ、気合と根性でっ!」
「とにかく!」
この男にしては珍しく、問答無用で言い渡す。
「今月は試合禁止! おとなしくRIKKAの付き人やってなさい」
「う。わかりました……」
不承不承、真田は引き下がる。
この程度なら試合が出来ないほどだとは思わないが、確かに怪我を悪化させるのも拙い。
そもそも、この怪我自体が自分の不注意から負ってしまった、いわば身から出た錆だ。
社命が気に入らないからといって食い下がっても、それはそれで無様なだけではないか。

シリーズ直前。
「RIKKAさん、よろしくお願いします!」
「…………?」
SPT設立より3ヶ月目、とりあえずの巡業地域北端と決めてある近畿での初の興行を控え慌しい中訪れた真田に、RIKKAは怪訝な顔をした。
RIKKAは、変り種揃いのSPTでも"とっつきにくい"という点では余人の追随を許さない人物である。
何しろ、感情を表に出さない。そもそも、喋らない。そりゃもう、徹底的に。
社長に言わせれば「アレはアレで感情表現は豊かだぞ? 言いたいことは、慣れれば判るし」ということなのだが、真田にはその辺理解できない。
今も、眉を寄せているところから少々困惑しているらしい、と判ぜられる程度で、到底何を言いたいのかまでは想像できなかった。
と、そこへ先頃選手会長を仰せつかった柳生美冬がツカツカと歩み寄りRIKKAに声を掛ける。
「RIKKA殿、長より伝言だ。次の巡業にて真田を貴下に付ける故、善く指導せよとの仰せ。……確かに伝えたぞ」
それだけ言って、RIKKAが頷くのを確認すると、柳生は踵を返す。
酷くつっけんどんな言いようだが、柳生はだいたいこんなものだ。
まあ、前のシリーズでせっかく奪取したAACジュニアのベルトを斉藤に獲られた直後とあって、微妙に機嫌が悪いという可能性も否定は出来なかったが。
こーゆー先輩たちに囲まれていると、さすがの真田もちょっぴり先行きが不安になる。
「あ、えっと、そういうわけで、よろしくお願いしますッ!」
改めて言って、頭を下げる真田。
「ぁう、イタタ……」
あんまりにも勢いがよすぎて首に障る辺り、真田のギャグ体質も根深い。
RIKKAは、ふ、と短くため息をつくと、不意に真田の首に掌を当てた。
「はい?」
何事かと思ったが、RIKKAはポンポンと軽く真田の首筋を叩いただけで、すぐに自身の準備に戻る。
真田は、やはり意図を量りかねて、痛む首を傾げるばかりだった。

SPTには、他団体では当たり前に存在する練習生という概念が無い。
設立間もない若い団体で、そこまで手が回っていないとも言えるが。
とにかく、最低限の受身やレスリングの型を教え込まれると、即座にデビューとなる。
人手が足りていないのだ。
所属するレスラーたちも、ほんの僅かな年齢の差はあるにしても、全員が旗揚げ当初から一緒にいる仲間という意識の方が強く、上下関係は驚くほど緩やかだ。
これには、秘書に頭が上がらないバカ社長、という、ある意味ありえない人物の性格も反映されているのかもしれない。
そういうわけで、SPTには付き人というものも本来存在しない。
自分のことは自分で、というのが、暗黙のルールだ。
個性と独立心の強い選手が多いこともあり、その風習は概ね好意的に受け入れられている。
そんなものだから、付き人、と言われても、真田にはそれほどやるべきことがあるわけでもなかった。
せいぜいが、ちょっぴり荷物が増えたり、巡業先でちょっとした使い走りをしたり、といったものである。
それすらも、RIKKAの要求で、ということは全く無かった。
真田の方からRIKKAが持っている荷物――それも、他の選手に比べるとえらく少ないが――を引ったくり、飲み物を切らしている――もっとも、RIKKAは人前でマスクを外さないので、実際飲んでいる瞬間を真田が目にしたことは一度も無いが――と思ったら買ってきたり、といった活動をしているだけである。
その度、RIKKAはちょっぴり困ったような顔をして、しばしの後に諦めたようなため息をまじえて肩をすくめ渋々受け入れる、といった塩梅だった。
そうやって付き合ってみると、なるほど、社長の言う通りRIKKAもそれなりに感情を表現する。
それが、余人とは少しばかり違う、あるいは非常に微細な形になってしか現れない、というだけで。
まあ、それでも言葉を発することは、ほとんど無かったが。
試合前に、RIKKAは必ず入念なストレッチをこなす。
もちろん、真田も試合前の準備運動ぐらいするのだが、RIKKAのそれは真田とは比べようも無いほど徹底していた。
四肢の関節、首から背まで、少々どころでなく汗を噴くまで徹底的にやる。
何かを確かめるように控え室の中で軽くジャンプしてみて、納得がいかなければ更に身体を伸ばす。
最初、どうしてそこまで、と思って眺めていた真田だったが。
――あっ!
ある瞬間、RIKKAが重点的に"確かめている"場所が、試合で痛めつけられる場所だ、と気付く。
気をつけていても、やられるときはやられるものだろうが、ともかくも、RIKKAは自分の身体に対して執拗に気を使っていた。
5戦目、デスピナの執拗な低空ドロップキックで僅かに脚を痛めた。
次の日から、ストレッチのメニューが変わる。
試合運びも、同様にごく僅かな変化を見せる。
あからさまに傷をかばうような、無様な真似はしない。
ただ、いつもとはほんの少しだけ違う戦いを演出する。
それが、RIKKAの戦士としての矜持であり彼女なりのやり方だ、と気付くのには、さすがに真田でもそれほどの時間は掛からなかった。
――これを、これを自分に教えたかったんッスね、社長ッ!
いや、あのバカにそこまでの考えがあったかどうかはわからんが……ともかく、真田は試合を休んでいながらも着実に何かを吸収していた。
最終戦。
RIKKAは、セミファイナルで打撃戦を得意とするミレーヌ・シウバとの対戦だ。
「RIKKAさん、脚は……」
連日の戦いで、さすがに誤魔化し切れず少しばかり脚を引くようになったRIKKAに、真田がいかにも不安そうな顔で声を掛ける。
ただでさえ格上のシウバ相手に、脚を止めるのは自殺行為。
今のRIKKAに充分な動きが出来るのかというと、少々疑問であった。
しかし、RIKKAは不安がる真田にクスリと笑って見せて、自身の脚を一度、真田の首筋を二度、ポン、と軽く叩いて肩をすくめる。
それが、傷の度合いを示すジェスチャーだと気付けたのは何故か、お主の半分ほどだ、心配するな、と言いたいのだと理解できたのは何故か、真田には説明がつかなかった。
ただ、社長の言う通り、慣れれば判るものだなぁ、などと妙な感慨を抱いただけだ。
その試合、RIKKAは最終的にシウバに捕まりニーリフトに沈んだが、最後までRIKKAらしい空中殺法にこだわり観客を沸かせた。
試合後。
「RIKKAさんッ! いやッ! 師匠ッ! 師匠と呼ばせてくださいっ! 自分、師匠の戦いに惚れましたッ! 是非ッ、今後ともご指導願いたいッス!!」
他の選手たちもいる控え室で土下座なんぞしながら真田に詰め寄られたRIKKAは、逃げ場を失い心底困り果てたような顔で戸惑う羽目になった。
――恨むぞ、主殿。
その視線が試合後の事務手続きに追われている社長に向けられているのは間違いなかったが、選手一同、面白そうだったのでとりあえず無視してRIKKAを祝福しておいた。

なぜ、こうなる?