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  SPT流星記  その3 殴り屋さんとバカ二人〜離れられない和風から〜
 

「なんか宿舎が手狭だね」
とある一日。
いつも通りデスクでぼーーーっとしていた社長が、ふと、そんなことを口にした。
「いきなり何をおっしゃってるんです、社長?」
意図を量りかねて訊き返す霧子。
社長は、少し表現に困ったかのように頬を掻きつつ答える。
「いや、もっと賑やかにしたいなーっとか。もう少し宿舎スペース借りて、人増やした方がよくね?」
「あー……それは確かに」
なにぶん、SPT所属選手の半数は、人前でまともに喋らない。延々黙っているか、あのその言っているかの違いはあるが。
一人は凄まじく時代がかった偉そーな口調で喋ってくれるが、それでも無駄口を叩く趣味はないらしい。
残る一人は、趣味・トレーニングとか書きそうな勢いで、格闘以外の話題がろくすっぽない。
つまり、コミュニケーションに多大な問題があるのであった。
「そうですね。選手は団体の財産ですし……今のうちに投資しておくのもいいかもしれません。特に、ムードーメーカーが最優先ですね」
控えめに言って割とケチな井上霧子の賛同を得て、社長も頷く。
「だな。あと、近藤の相手だよなぁ……どうにもアイツにルチャは無理っぽいから、誰か打撃系の人材が要るかな?」
言いつつ、旗揚げシリーズでの近藤の勇士を思い起こす。
AACの華麗な空中殺法を恐れることもなく、ローキックと正拳で渡り合う近藤。
あれは、絵にならないにしてもあんまりな惨状だった。
格闘自体に不慣れな伊達は仕方ないにしても、RIKKAはもとより空中殺法タイプでAACのルチャドーラとも華麗に渡り合っていたし、柳生も近藤と同じく打撃技をメインにしているとは言え上手いことプロレスしていた。
近藤の周囲だけが、異空間だったのである。
柳生辺りに指導を任せるのも手だが、それが効果を上げるまで遊ばせておくのももったいない。
いっそのこと、もう一人ぐらい殴る蹴る系の人材を手配して、端から別次元で試合を展開してもらった方がいいんではないか?
社長としては、そんなことを考えたのである。
なお、この時点で彼は、トレーニング中に近藤からあれこれ口を出された伊達が着実に殴る蹴るの方向に進んでいることを知らない。
「打撃系なら、確か空手の全日本チャンプが遊んでいたような……」
言いながら、霧子はデスクに立ててあるバインダーのひとつを手に取りパラパラとめくる。
「ありました。斉藤彰子選手ですね。現在は、三重の実家で家事手伝い、とのことですが」
「家事手伝いって、花嫁修業中?」
「それは社長の幻想でしょう。家事手伝いなんて、女の子がプータローするための言い訳に決まってるじゃないですか
「あンたの言動は幻滅に繋がるんで控えてください。ま、いいや。とりあえず行って来ましょう」
「お気をつけて。斉藤選手に不審者と間違えられたら、骨の1本や2本はもっていかれますので」
「どんな物騒な人間だ!」

こんな物騒な人物でした。

「お、折れてはないけど……折れてはないけどぉっ!」
「いきなり『いい体してるね』とか言って肩に触れてくる変質者に同情の余地はないよ。警察が来るまでおとなしくしてるんだね」
虫ケラを見るような目でねめつけ、冷たく言い放つ斉藤。
その瞳には、警察を呼ぶのもまどろっこしい、いっそこの手で闇に葬るか? なんてカンジの負の感情が宿っている。
お願いですから暗黒面から戻ってきてください、斉藤さん。
「誤解だ! アスリートらしいいい身体をしているね、って意味だし、そもそも声掛けても気付かなかったじゃないかぁっ!」
「見苦しい言い訳を……いったい、何者なんだ?」
呆れたように問う斉藤に、社長は条件反射で答える。
「あー……私は(今度は本当に稼動中の)女子プロレス会社を経営しているものなんですが」
「女子…プロレス?」
怪訝な表情の斉藤。
社長は、痛む顔面をさすりつつボヤく。
「うぁ、マジ痛ぇ……近藤でも護衛に連れてくりゃよかった」
「近藤?」
「近藤真琴。ウチの選手。つか、キックボクシングの選手って言った方が通りがいいかも」
「キックの近藤……確かに、聞いたことはある」
なるほど、と頷く斉藤。
漸く、パズルのピースがはまってきた模様。
「で、ぜひウチの団体に入っていただけないかと思ってスカウトに来たんだよチクショウめ!」
ほとんどヤケクソで言い放つ社長に、斉藤は眉を寄せて確認する。
「私に、プロレスをやれ、と?」
「ぶっちゃけ、近藤の相手をして欲しい。もちろん、プロレスしてくれた方が有難いんだけど」
「む……」
斉藤は、しばし腕組みして考える。
確かに、修行が行き詰っていることは事実。
このまま続けても、己の目標に届かない可能性は高かった。
そして、もうひとつの事実。
自分が結局最後まで勝てなかった相手が、今はプロレスをやっている、ということだ。
キックの近藤にも、興味はある。
異種格闘には違いないが、キックボクシングとならプロレスよりは垣根が低い。
最悪、そちらに流れることも出来るわけか。
それに、このままプー……家事手伝いというのもどうか? と思っていたことも事実。
つか、ゴメンナサイお母さん。彰子は悪い娘です。

「わかりました。その話、お受けしましょう」
僅か数秒の間にあれこれ考え、最初とは180度反対の結論を出す斉藤。
さすがの社長もびっくりである。
「うわ。人のことイキナリ殴ってきた割に即決!?」
「まあ、修行の相手が欲しい、とは思っていたところですし……その、済みませんでした。不審者だと思ってしまって、つい」
斉藤は、バツが悪そうに赤くなりつつ詫びる。
気に病むことはありません。不審者なのは間違いないですから。
様子からして、悪い子ではないんだろうけど。
「……ウチの秘書の言葉は、今度から軽く見ないことにしよう」
それだけは、固く心に誓う社長だった。

「ただいまー。痛いけどスカウト成功」
「それは何よりです。社長、新人来てますよ」
やっぱりね、という雰囲気で蒼アザ作ってきた社長の惨状を軽く流しつつ報告する霧子。
「早っ! 今回は最終選考もナシか!?」
「どうせ全員採るんでしょう? 見込みがある娘たちは残しておきました。とはいっても、二人ですが」
「ふーん?」
霧子が言うことももっともなので、とりあえず社長は納得して頷いた。
まあ、こうなれば早速その二人に会ってみたい。
「呼んできますね」
表情から社長の意図を汲んだのか、新人を呼びにいく霧子。
そして、程なくして件の二人を引き連れて戻ってくる。
「真田です! 気合と根性は誰にも負けませんっ!」
「マッキー上戸だ。よろしくな!」
馬鹿でかい声で威勢良く自己紹介するちっこいのとでっかいの。
にじみ出る痴性は隠せない。
「……何、このハイテンションにも程があるって人材は」
ムードーメーカー優先で募集掛けましたから」
いけしゃあしゃあと答えつつも、視線をそらす霧子。
自分でも、ちょっと無理がある主張だということはわかっているらしい。
「確かにムードメーカーが欲しいとは言った。ある程度ヌケててもしゃーないかなー、とは思った。しかしね、君。こりゃパーフェクトじゃないか
「早速お役に立てて光栄ッス!」
「ま、ミス・パーフェクトったぁアタシのこったからな!」
そっちのパーフェクトじゃない。
そう主張しようかとも思ったが。
まあいい、おバカはキライじゃない。
初期構想から、どんどん離れていってるのが気にならないと言えば嘘になるが。

んで、後日。
真田のリングコスチュームを見て、社長、絶句。
「ああ、その真田なんだ……出身は? 長野? そうだろうねぇ……何で武田武士団雇わにゃならんのよ

なんてこったい。