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  SPT流星記  その2 その設立の裏事情〜志とその結末〜
 

「つまり、社長はこうおっしゃりたいわけですね? 何から何まで、経験が無いし知りもしない、と」
引きつった笑顔で確認する秘書・井上霧子に、社長は情けなくも吊るし上げられながら頷いた。
「イエス。その通りでございます、マム」
どっちが偉いんだかワカラン構図である。
いや、構図的に見れば、明らかに霧子が上、社長が下。
吊るし上げられているからには、物理的にはその逆だけど。
しかし霧子さん、そのままレスラーに転向してもいい程度にパワフルである。
「はぁ……予想を上回る惨状ですね。いえ、絶対的な状況としては下回っているんでしょうか?」
ため息つきつつ、霧子は社長を下ろす。
両の足で地面を(床だけど)踏みしめる喜びを取り戻し、社長は、にへらっ、と笑う。
「だから、業界に詳しい人を募集したんじゃないか。おかげで、霧子ちゃんみたいな優秀な人材が手に入ったわけだし」
コホン、とひとつ咳払いをして、霧子は話を進める。
この社長は、本当に状況を把握しているんだろうか?
「とにかく。早いところ旗揚げして収入を確保しないと、すぐに資産を食い潰してしまいます。旗揚げ興行が遅れる分、経営的には厳しくなると思ってください」
「ま、早速取り掛かろうか。とりあえず、何から手をつけよう?」
あんまり深刻に受け止めた様子も無く訊いてくる社長に、霧子は気を取り直して説明する。
「人は石垣、人は城。特にショービジネスは人材が命。まずは選手の確保からです。既にデビュー済みのレスラーに対する移籍交渉、広く人材を募集する新人テスト、それから有望そうな人材に声をかける新人スカウト。概ね、手法としてはこのようなものでしょう」
霧子の示す指針に社長が頷く。
「うん。とりあえずは新人さんからだろうな。一から団体を作る、ってのが目的なワケだし」
「そうは言っても、経験者は必要ですよ? 新人に対する指導もありますし、ファンの確保に向けて相応のネームバリューも必要になってくるでしょう」
「む。では、どうしろと?」
「欲を言えば新女あたりから選手を引き抜ければいいんですが、これから立ち上げようという不安定な団体に業界最大手から移籍しようなんて酔狂な人間は、まずいないでしょう。一定以上の実績を持つレスラーも、敢えて協力してはくれないかもしれませんね。とりあえず、現在フリーのレスラーを何人かリストアップしておきましたので、適当に声をかけてみてください」
「そんなんでいいのかね?」
首をひねる社長を、霧子は笑顔で無視した。
「新人テストに関しては、こちらで手配しておきます。最悪、コーチを雇って鍛えれば新人でも何とか形にはなるんじゃないでしょうか? リング上での作法とか、その辺は保障しかねますが……あと、各界の有望そうな人材もリストアップしておきましたので、新人スカウトも社長にお願いしますね」
笑顔なんだけど、お前が言うな! と顔に書いてある。
「わかった。他には?」
少しばかり笑顔を恐怖に引きつらせながら社長が確認した。
どうも、この秘書にはあまり逆らわない方がいいようだ。
「海外団体との業務提携というのもありますね。個人でやってるレスラーもいますけど。まあ、こちらは状況を見て、でいいでしょう。必要になったら、アポと手続きをとります」
「うむ。では、早速出かけてこよう」
これ以上ここにいると心身ともに危機的状況に陥りそうだったので、社長は書類を抱えてそそくさと逃げるようにオフィスを後にした。

人それぞれ、物事に対するイメージというものがある。
プロレスに対しても、当然個々人が持っている"これぞプロレス"的なイメージがあるわけだ。
社長にとって、それは華麗な空中殺法であり、謎のマスクマンだった。
何の影響かといえば、漫画であり、アニメである。
何かトチ狂っているような気もするが、人間の感性なんて実際そんなもんだ。
子供のころの自分を笑うか、それとも憧れるか。それだけの違いに過ぎない。
ともあれ、社長のプロレスに対するイメージはそのようなものであった。
然るに、霧子が手渡した候補者リストの中から、これは、と思う人物を拾い上げるのに、そう時間は掛からなかった。
そんなわけで、社長は飛行機と電車を乗り継いで、甲州山梨を訪れていた。
「さて、カンタンに見つかるともいいんだけど……」
手元の資料を見る。
リングネーム、RIKKA。本名不詳。17歳。
出身、山梨県。現住所、山梨県のどこか(甲府で目撃例あり)。
「こんなんで探せるかーーーっ!?」
叫ぶ社長。
こんな、謎だらけでどーやってコンタクトを取れというのか。
だいたい、幾らマスクウーマンだからって、街中をこんな怪しいマスクをつけたまま歩くのか?
ありえないだろ、幾らなんでも。
そんな思いを胸に、甲府駅前で叫ぶ中年男。
たちまち、道行く人々の注目の的、である。
よくない意味で。
「あ、いや、何でもないんですよ? ええ」
ハッ、と我に返って周囲の人々に頭を下げる社長。
人々の視線が痛い。
サラリーマン風の男も、散歩中らしいご老人も、よくわからない覆面女も、買い物中と思しきおばさんも、連れられている小さな子供まで、み〜んなイタイ人を見る目でねめつけてくる。
……あれ?
なンか、変なのがいたような?
「って、イターーーッ!?」
ビシィッ、と変な男に指差され、僅かに困惑した表情を見せる覆面女。
まさしく、資料にある通りの風体。
ありえない、というか、出来れば信じたくないものだが、本当にこの格好で出歩いていたのかRIKKA?
周囲のボルテージが上がる。
映像タイトルに"変質者、発見"とかつきそうなあたりがナンだが。
「……あの、すみません」
もうこの際、周囲は気にしない(気にしたら泣いてしまいそうだから)ことにして、とりあえず声を掛けてみる社長。
「……?」
いかにも胡散臭げな目で見てくる覆面女RIKKA。
言っちゃあ何だが、アンタも充分怪しい。
「私は、(これから出来る予定の)女子プロレス会社の社長をしている者なのですが」
「…………」
胡散臭そうな視線、レベルアップ。
「ウチの団体に入団していただけないでしょうか?」
「………………」
胡散臭そうな視線、レベルMAX。
「ぜひお願いします!」
「……………………」
じぃ〜〜〜っと、上から下まで視線で嘗め回す覆面女RIKKA。
社長の顔でキッカリ5秒停止。
ふむ、と考え込むように顎に手を当て小首をかしげ。
「…………うむ……」
思考経路不明ながら同意の意味で頷いたのであった。
なんだかよくわからないが、覆面レスラーRIKKA、入団。

RIKKAの移籍交渉成功後。
「ああ、俺だけど。なんかルチャの団体あったよね。AAC? そこそこ。そこと提携しといて。詳しいことは任せるからさ」
すっかりルチャ団体を創るつもりになってる社長、とりあえず霧子にそう言付けて、もののついでと宮崎に飛ぶ。
RIKKAを伴っているもんだから、空港でひと悶着あったりしたのだが本編とは関係ないので割愛。
宮崎での目的は、伊達遥という新人だ。
霧子独自につけてあると思われるランクスタンプは、堂々のA評価が押してある。
となれば、かなりの有望株。
SPTのお膝元である九州にいる有望株となれば、出かけないわけにもいかないだろう。
幸い、今回は相手の所在不明などということも無く、陸上競技場でそれらしき人物を発見。
「あの、すみません。伊達遥さんでしょうか?」
「……は、はい? そ、そうですけど……あ、あなたは?」
うぁ、滅茶苦茶シャイでいい子っぽいぞ。
最近、どういうわけか一癖も二癖もある変な女ばっかだったから、なンか新鮮!
などと、口に出したら霧子に吊るし上げたれたところにRIKKAがフライングラリアットかましかねないコトなど思いつつ交渉開始する社長。
「私は、(今まさに設立途中の)女子プロレス会社の社長をしているものなのですが」
「へ……変な勧誘じゃないですよね?」
変な勧誘です。
もう、これ以上ないくらいバッチリ変な勧誘です。
「ぜひウチの団体に入団してもらえないかと」
「え…あの、その……」
さすがに突然過ぎて、視線を右往左往させつつ困惑する伊達。
「ぜひお願いします!」
「え、えっと……」
チラチラと社長の顔を覗き見しつつ、何故か赤くなる伊達。
ゴメンナサイ。
やっぱ変な女でした。
もしかしたらイイ娘かもしれませんが、社長を見て赤くなってる段階でヘンなのは確定ですから。
「や…やります……」
かくして、何をやるのかイマイチ理解していない可能性大の伊達遥、入団。

「ただいまー。いい人材見つけてきたー」
出かけた時とはうって変わって、意気揚々と帰還する社長。
お土産は、RIKKAと伊達遥、二人の新入団レスラーだ。
「そうですか。あ、AACですが丁度先方も提携先を探していたところだったらしく、破格の契約金で提携できましたので。必要なら今月から4人ほど来日できるとのことです」
社長がちゃんと成果を上げてきたことに満足したのか軽く微笑んで頷きつつ、霧子が出迎えついでに報告する。
「そりゃ幸先いいな。RIKKAと伊達と、あと4人もいれば何とか形になるだろう?」
「最低限興行は組めますね。それと、新人テストはこちらで行っておきましたので。最終選考2名を残してありますから、社長の判断で可否を決めて下さい」
「いや、さすがに仕事が早いね。採用採用。どーせ人はマダマダ要るんだし」
軽い調子で言ってのける社長。
たしなめようか、と思わないでもなかったが、その程度で治るバカならそもそもこんな事態にはなっていないだろう、と思い直し、霧子はため息をつく。
「即決にもほどがありますが……まあ、いいでしょう。では、二人を呼んできますね」
そして。
程なくして現れたのは。
「近藤です。この拳で世界をとってみせます!
いかにも殴り屋さん、といった感じの長身ポニー。
これからやるのはプロレスだ。
言っとくが、グーパンチは厳密には反則だぞ?
「柳生だ。お主が、長か。採用となったからには期待に応えてみせようぞ

何処の時代劇から抜け出てきたのか、という和風テイストなお侍ガール。
ポニー、というか、ちょんまげ。
「……何故だろう。何か、方向性が違うような……」
さすがに、ここに至って軽く頭を抱える社長。
RIKKAを採用した段階では彼女が空中殺法を得意としているという触れ込みから華麗なルチャ団体の創設を思い描いていたのだが。
そう思ったからこそ、ルチャの名門であるAACと提携を結んだのだが。
目の前で伊達相手にキック談義を始めた近藤(伊達はほとんど求めに応じて受け答えしているだけだが)や、さっきからじぃ〜〜〜と見詰め合っている(睨み合っているのかも)RIKKAと柳生を見ていると、何かが微妙にズレてきているような気がしてならなかった――ファイヤーバードスプラッシュの回転角度(450°)と同じくらい。
その後、善は急げとばかりにその月のうちに旗揚げ興行を行い、その旗揚げ興行で柳生がAACのアリシア・サンチェスからAACジュニアのベルトを奪取したりとかいうサプライズもあったのだが。
社長としては、次の日のスポーツ新聞に載った自団体に関して書かれた記事のアオリの方がショッキングだった。

福岡に"和風"団体現る〜SPT旗揚げ興行〜

何でやねん。