その男が、何を思ってかような行動に出たのかは、今ひとつはっきりしない。 そもそもが、考えを読みにくい男ではある。 が、しかし。 宝くじで当てたとかいう三億円の資金を手に始めたのが、女子プロレス団体の創設、とあっては、やはり常人の感覚では理解し難いとしか言いようが無い。 だいたい、働き盛りのいい歳した男が、何を考えてそれまでの人生を軽く脇へうっちゃってこのような行動に出るのか。 それも、既存団体の株を買い漁って買収とかいう、わりかし現実味のある手法ではない。 文字通り一から団体を創っていこうというのだから恐れ入る。 それが衆人の理解と賛同を得られるか否かは別として。 しかも、男は業界に関してズブの素人であった。 あまりにも、無謀。 だが、それを指摘したところで、男は悪びれもせずこう答えただろう。 「なぁに、参謀さえしっかりしてりゃ、司令官なんて掛け声だけでなんとかなるもんさ」 そんなわけで、地方のスポーツ新聞に広告が載ったりするのであった。
社長秘書急募。女子プロレスに詳しい女性。 経験者優遇。あとピチピチの若い美人さん希望。 私と一緒に1からつくっていきましょう。
ありえない。 いろんな意味で、ありえない。 文面もありえなければ、要件の後半あたりもありえない。 そもそも、こーゆー怪しげな広告をスポーツ新聞なんぞという贔屓目に見ても情報の信頼性に欠ける面白メディアに、その上三行広告として掲載すること自体がありえない。 つか、これではチョット変な愛人募集広告である。 なんぼ狂ったゆとり教育の弊害が蔓延しているとは言っても、こんなんで引っかかるマヌケがいるわけない。 「う〜、人来ないなー」 開設したばかりで家具類もほとんど無くだだっ広いオフィスの無駄に立派なデスクに頬杖ついてダベる社長。 やはり、せめて地方の就職情報誌に広告を出すべきか、とか根本的な解決策になっていない善後策をぼんやり考えていると。 コンコン。 とか扉が叩かれる。 「んぁ? どーぞー。開いてますよー」 半分寝ぼけた声で応えると、扉が開き一人の人物が入って来た。 「すみません。秘書募集の広告を見てきたんですけど――」 癖の少ない髪をショートにまとめた、若い女だ。 ルックスも、人並み以上に整っている。 「採用!」 若くて美人さん。 資格充分。 「あの……早すぎません?」 さすがにこめかみの辺りに冷や汗流しつつ、社長の行動に訂正を求める女性。 「あ、確かに。今お茶でも入れますんで」 いや、そーゆー意味ではなく。 「いえ、あの面接とか?」 「あ、そーか。一応ね。業界の経験とか、あります?」 とってつけたような問い掛けに、まずは席を勧めるとか、社長としての威厳はドコに置いてきたとか、やっぱりこの広告にのったのは間違いだったかなぁとか、いろんなことを考えないでもなかったのだが、とりあえず女性は答える。 「はい。以前新日本女子プロレスに勤めておりました。家庭の事情でこちらの方に越さねばならなくなり、退職して来ましたが――」 「採用!」 「いや、だから早いと」 再度ツッコミを入れる女性。 社長は、悪びれずに応じる。 「えー? だって業界最大手、泣く子も黙るあの新女で働いてたんでしょ? これ以上の経験は考えられないって」 「はあ……」 評価してくれるのはいいんだが、あまりに短絡的。 あの広告が、なンか勘違いしてるだけでこの社長がまっとうな人物だったとして、だ。 それでも、こーゆーいいかげん極まりない人物についていって、大丈夫なのだろうか? さすがに、そう思う。 そうは思うのだが。 「おっきな目標は置いといて、とりあえず御当地団体として認知されるのが目標だから。新女とかと比べて足りない分は、ノリと手数でカバーしようとか思ってるんだけど、どうかな?」 少年のようにキラキラ目を輝かせながら語りかけてくる社長。 まあ、これが悪い人間だったとしたら、よほど自分に人を見る目がないということだろう。 そう思って苦笑すると、女性は勝手にソファに腰掛け、唇に人差し指なんぞ当てるリラックスポーズで尋ねる。 「とりあえず、お給料も含めて労働条件なんですけど」 「あ、そね。そりゃ重要だわ」 社長も、さすがにはしゃぎすぎたか、と思い直して。 「秘書の相場とか知らないんだけど、週休二日としてこんなモンなのかな?」 電卓叩いて提示するが。 「社長。それ多過ぎ」 社長秘書(候補)、ジト目でいきなりダメ出し。 「ありゃ? そなの?」 「当たり前です。女子プロレス会社なんて、ただでさえ設備費と人件費で膨大なお金を使うんですから。スタッフの経費に、いちいちそんな金額かけてたんじゃ三ヶ月で破産です」 ダメだ。 人柄がどうこうはとりあえずおいといて、ダメ社長だ。 瞬時に人物鑑定を済ませる女性。 「そうですね……色をつけてもこんなもの。実際にはボーナスなどが入りますから、掛けるこれだけで。更に社会保険他の経費が掛かりますから、実際のコストとしてはこんなものですよ?」 ざざっと突貫工事で算定し、電卓を叩いてみせる。 何で、自分の雇用コストまで自分で計算しなきゃならないのか。 「うぁ。それでもそんなモンなのか。そりゃ、俺の給料安かったわけだよなー」 「社長が脊髄反射で生きていらっしゃることは、充分理解しました。それで、どうするんですか?」 改めて問う女性に、社長は、キョトン、として訊き返す。 「どうって、何?」 「あのですね……」 さすがにこめかみ押さえつつ、女性は答える。 「ですから、私を雇うかどうか、というお話です。面接をしてらっしゃるんでしょう?」 「ああ、そうか」 さすがに苦笑しつつ、社長は続けた。 「んじゃ、最後になっちゃったけどひとつだけ。お名前は?」 「井上霧子、と申します」 一応背筋など伸ばして女性――井上霧子――が答えると、社長は、うん、と頷いた。 「採用! 井上霧子さん、社長秘書として勤務を命ズ!」 こうして、新日本女子プロレスに勤めていたという、敏腕秘書井上霧子入社。 なお、彼女が以前新女に"事務員のバイトとして"勤めていた、という事実が発覚するのは、ずっとずっと後の話である。 お気楽社長と何か間違っている敏腕秘書から始まる、奇妙な、まことにもって奇妙極まりない女子プロレス団体。 その名も、スターレイン・プロ・トーナメント。 九州は福岡県福岡市内に本社を置く、名前に反してトーナメント形式の試合なんてほとんどやりゃしない間抜けな会社。 とりあえず、物語は動き始めたのであった。 このお話は、その阿呆な日々を綴るだけの、まあ、読み返すほどの価値も無い雑文である。 さてさて、SPTの運命や如何に?
そ〜ら〜にっ 蒼いりゅう〜せ〜いっ ♪
それ、違いますから。 |